15.商談風景 前編
「――――はっ!」
俺は拳に瞬間の力を込め、それを突き出す。
すると目の前を遮っていた石壁は粉々に粉砕された。
それを見ていた周囲からはどよめきと共に、賞賛の拍手が鳴り響く。
「よっ! さすが、この村の用心棒!」
「頼りにしてるよ! リクの坊主!!」
「あ、いえ! どうもです!」
着々と村の改築は進んでいた。
いったんは更地に戻すことになった家も、俺がこのように破壊して、建築を生業としている村人が作業する。自覚はなかったが、魔族としての壊す力も、村のために役立てることが出来るのであった。
そのおかげか、急ピッチで物事は進んでいく。
しかしそれは何も、力仕事に限った話だけではなくて……。
「リクさ~んっ! ちょっと、いいかな~っ?」
「ん、どうしたユリア」
「これから商談なんだけど、同席してもらいたいな、って!」
「あぁ、この間言ってたやつか。分かったよ」
このように、外部との話し合いも進められていくのであった。
俺はこの村の用心棒として、そこに同席することになっている。相手方も念のためと、同じく用心棒を立てているらしかった。
そんなわけで、俺はひとまずその交渉の場に向かうことにしたのである。
◆◇◆
交渉のテーブルには村長とユリア。
そして相手方はちょび髭を生やした西方出身の商人と、どこか気の弱そうな東方からの商人であった。各々に屈強な男性を従えている。
場は独特の緊張感があり、俺はほんの少しだけ姿勢を正した。
「さて。本日はお越しいただきありがとうございます」
村長がそう切り出す。
すると「いえいえ」と言いながら、二人の商人は軽く会釈した。
「いや、驚きましたよ。久しぶりにヌタクサを買い取りにきたら、このような大事になっておったのですからな。なぁ、東方の?」
「……え、えぇ。そうですね、そして感嘆致しました」
「ありがとうございます!」
商人たちの言葉に反応したのはユリア。
彼女は満面の笑みで感謝を述べた。そして、単刀直入に切り出す。
「そこで早速なのですが、この村の発展のために御二方から助力をいただけないかと。本日はその交渉として、お声掛けさせていただきました」
「ほうほう。そう言えば、温泉の、という話でしたな」
「温泉ですか。我が故郷では、広く親しまれているものでありますね」
ユリアの言葉に、そんな返答があった。
どうやら二人とも興味を持っている様子ではある。
「はい。効能に優れ、また景色も良い。とても素晴らしいものです」
「先に見させていただいておりますよ。いやはや、素晴らしかったですな。なぁ、東方の?」
「え……えぇ! そうです、ね。とても美しい……景色でした」
「どうされたんですか?」
「い、いえ!」
なにやら言いよどんだ東方の商人。
その変化を察したユリアが、そう問いかけた。
それに彼は首を左右にふって、でもどこかぎこちない笑みを浮かべる。
「……? まぁ、それとして、です」
ユリアは話を進めることを優先したのであろう。
抱いた違和感はさておいて、彼女はこう言うのであった。
「そこで、なのですが。お二人にはこの村に……」
「しかし、それは難しいですなぁ!」
「……え?」
だが、その時。
突然に西方の商人が声を張り上げ、少女の言葉を遮った。
ふんぞり返って腕を組み、ユリアのことを見下すような口調でこう続ける。
「正直なところ、これでは私共に益がない。酷なことを言いますが、アコ村の皆様がなんと呼ばれているかご存じないことは、まさかないでしょう?」
「そ、それは……!」
「薄汚れた村。そして、そこに住む村人たち、ここに出資したところで我々には悪評しか付きますまい」
「………………っ!」
それは容赦のない言葉であった。
以前にユリアが言っていた村の呼称。それをこの男は、臆面もなくその人々の前で口にしたのであった。俺は思わず声を荒らげそうになるのを、ぐっとこらえる。
「………………!」
今、ここで反発しては商談そのものが駄目になってしまう。
それだけは、避けなければならなかった。
「なぁ? 東方の。お前も同じ意見だよなぁ」
「は、はい……」
そうしていると、今度はもう一人に同意を求める西方商人。
その矛先を向けられた東方の商人は、弱々しくそれにうなずくのであった。
「そういうわけなので、今回の話は少し考えさせてもらうとしましょう。なぁに、我々はあと数日はこの村に滞在します故、いつでも話は聞きましょう?」
「……あ、待って下さいっ!」
言って、西方の商人は部屋を出て行ってしまう。
ユリアは慌ててそれを呼び止めるが、少しのところで届かなかった。
「あ、では。わたくしも……失礼します」
「あっ……!」
呆然としていると、今度は東方の商人。
彼はペコペコと何度もお辞儀をしながら、申し訳なさそうに出て行く。しかしユリアはそんな商人のことも止めることは出来なかった。
「そんな……」
ぼそりと、少女は漏らす。
握られた拳は震えており、うつむいた横顔からは悔しさが滲み出していた。
俺と、そして腰に携えたアディアは、彼女のことを沈黙して見守ることしか出来ない。ただ静かな時間の経過を待つだけだった……。
◆◇◆
『もう、何なのでしょうね! あの商人たちは!』
「そうは言っても、仕方ないだろう。アディア……簡単にはいかないさ」
『それは、分かっていますが。あんな言い方……』
村の中をトボトボと歩きながら、俺とアディアはそんな会話をしていた。
ユリアを、そして村の人々を馬鹿にされ、珍しく彼女は激憤している。カタカタと震える姿からは、先ほどの少女のそれにも似たものを感じた。
『……はぁ。どうすれば、よいのでしょう』
しかし、その緊張もまたいつまでも続かない。
今度はくったりとした声色で、アディアはそう漏らすのであった。
「そうだな。こうなったら、難しい……ん?」
『どうしました? リクさん』
「いや、話し声がしないか?」
『話し声?』
その時である。
俺の耳に、微かな話し声が聞こえてきたのは。
きっとそれに気付いたのは、先ほどの男に怒りを持っていたからだった。
「間違いない。……こっちだ」
聞き覚えのあるその声を追って、俺は村のとある茂みに入る。
声は二人分。そして、その声の主たちはすぐに見つかった。
「あれは……」
俺は草葉の陰から覗き込む。
すると、そこにいたのは間違いなく。
「は、話が違うではありませんか!? 西方様も、あの温泉は良いと……」
「なぁに、気にするな。これはちょっとしたテクニックさ」
先ほど商談を断った二人の商人、であった……。
「魔法使い、追放される。~でも、ホントは最強の前衛だった~」
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