14.ひとときの安らぎ
野外での宴会。
それは夜通し行われ、明け方頃にようやく全員が酔いつぶれた。
「うぅ、息が酒臭い……」
魔族のため耐性が強い俺でも、少し呑み過ぎたと思う。
頭痛などの症状は残っていないものの、身体からはほのかにアルコールの匂い。それをどうにか取り去りたくて、俺は温泉に入ることにした。
「さて、男湯はこっち……と」
だだっ広く、一つしかなかった温泉。
それが今ではしっかりと仕切りが作られ、男湯と女湯に分かれていた。青色の暖簾をくぐって脱衣所に、そして服を脱いで温泉へと向かう。
するとそこには、数日前まではなかった風情ある景色が広がっていた。
「おぉ、改めて見ると壮観だなぁ」
俺は思わずそう漏らす。
湯船の向こうに広がっていた森は今、村へと向かって拓かれていた。
しっかりと舗装され、しかし無駄に木々を狩ることなく。自然と同化した一体感を覚える風景となっていた。昇り始めた日が地平線に見え、とても綺麗である。
「これは贅沢だな、よいしょっと……」
俺はそう言いながら、一番風呂をいただくことにした。
肩まで浸かると、昨晩までの疲労感が一気に解けていくのが分かる。
「ふひぃ~……」
すると自然に、そんな気の抜けた声が。
誰もいないからと、そう思って完全に気を抜いていた。
「ふふふっ! ずいぶんと、気に入ったのですね。リクさん?」
「……って、その声はアディアか!?」
だが、どうやら先客がいたらしい。
それは今や俺の相方、相棒と言っても過言ではなくなった聖剣さんだった。
彼女の声は仕切りで隔てた向こう側から。どうやらちゃんと、女湯の方に入っているようであった。
「そうですよ~。みなさん眠っておられるので、今のうちかな、と」
「なるほど、な。俺も同じような理由だよ」
「なら、仲良しですねっ!」
「……そうだな」
俺たちはそう言い合って笑うと、ふっと、唐突に静かになる。
しかしその沈黙は決して気まずいものではなく、むしろ心地良いだった。
おそらくは人化しているのであろう彼女が、すぐそばにいる。そう思うと、不思議と胸の鼓動が速くなる。だが、同時に安心するのであった。
……あぁ。最も信頼できる奴が傍にいる、と。
「そういえば、リクさん。一つだけ、お聞きしても?」
「ん? どうした、アディア」
さて、仕切りに背を預けて空を見上げていると、だ。
ちょうど背後から少女の声が聞こえた。問い返すと彼女はスッと、一つ息を吸う。そして、意を決したように、こう言うのであった。
「私と一緒にいて、楽しかったですか?」
そう、どこか緊張した声色で。
「……ん。それって、どういう意味だ?」
俺は予想外の質問につい、質問で返してしまった。
すると後ろからばしゃっと、水の跳ねる音が聞こえ、アディアの声。
「い、いえ! やっぱり、いいです。その……忘れてください」
ぶくぶくと、どこかイジケル音がした。
何となく、それを聞いていると笑えてくる。そして、意味なんてどうでもいいか、と思うのであった。なので、素直な気持ちを伝えることにする。
そうだな。
俺は、あの雨の日から……。
「……とても。毎日がとても楽しかったよ」
「えっ……!」
アディアが小さく声を上げた。
けれども俺は、それに構わずに続ける。
「魔王軍の頃は、本当に忙しかったからさ。こうやって、バタバタしてるけどゆっくり過ごすなんてあり得なかった。だから、その……ありがとう。アディア」
「――――――――――――ひんっ!?」
バシャンっ!!
すると、彼女の小さな悲鳴と共に水音がした。
「え、どうした? アディア!?」
「にゃ、にゃんでも、ありましぇん!! お答えいただき、ありがとです!!」
驚いて声をかけると、何やら舌足らずなそれが返ってきた。
なんでもないと言っているものの、その様子は明らかにおかしい。俺がそのことを心配していると、今度はアディアの番だった。
「えと、その……私もです。リクさん」
「え……?」
彼女の呟きにも近い声に、俺は聞き返すような言葉を返す。
すると彼女は、こう言うのであった。
「私も、とっても楽しかったです。女神様に創られてから毎日、お金のための戦いばかり。うんざりする毎日だったのです。だから私も、私は、この生活が大好き」
それは、なにか不思議な熱を持っている。
「だから、その……ありがとう、ございます。私を拾ってくれて」
アディアの言葉は、俺の頬を赤く染め上げた。
「お、おう。それじゃ、これからもよろしく」
「は、はい。できれば、末永く……」
「う、うん……」
「はい……」
「…………」
「…………」
その後は沈黙が続く。
少し恥ずかしく、しかし心地良かった
鼓動の音だけが、お互いの鼓動の音だけが聞こえる明け方のこと。
俺は思った。
この時間が、永遠に続けばいいのに、と……。
◆◇◆
さてさて。
村に戻れば、今度は増改築の時間だった。
これもまたユリアの手腕によって、テキパキと進められていく。
「その資材はこっちに、それとこちらは……」
今までにない、村の大きな変化。
それの先陣を切っているのが、若干十五歳の少女だというのだから驚きだ。そんな姿を遠巻きに眺めて、俺とアディアは小休止を取っていた。
『ユリアさん。とても、キラキラしてますねぇ』
「そうだな。ああいうのが、生まれながらのリーダー、ってやつなのかもな」
水を喉に流し込みながら、俺はそう言う。
すると聖剣も同様に『そうですね』と、相づちを打った。
「さて。この改築作業が終われば、今度は定期的に来る行商人との取り引きか」
『きっと、驚くでしょうね! この変化は……』
その辺のことは、村長が行うことになっている。
だが念のため俺とアディア、そして他でもないユリアも同席することとなっていた。ちなみに、俺がこの中に入るのは用心棒として、である。
力に任せて、不平等な取引が行われないか。
それの監視のためであった。
「それにしても、ここにきてようやくそれっぽい仕事がきたな……」
『まぁ、近くに魔王軍の末端支部があるにしても。前回のアレで壊滅的と聞きますからね。きっと手を出したくても出せない状況なのでしょう』
「だな。回復したら何するか分からないけど」
『大丈夫でしょう。トップが相当のバカでない限りは』
俺はアディアの言葉に頷く。
逃げ帰った奴ら、加えて後に解放した奴ら。
それらから俺の話は聞いているだろう。したがってアディアの言う通りに、相当な馬鹿でない限りは、この村も安全であろうと思われた。
「ま、とりあえずは目の前のことを片付けますか!」
俺は最後の水を飲み干し、腰を上げる。
そして、気合を入れるようにして頬を叩くのであった。
よし!
それじゃ一つ、今日もゆっくりといくことにしますか!




