視線
「真、今日は授業がないよ?」
大きな赤い瞳で恋はこちらを見上げつつそう呼び止めた。
「え?何で?」
真は首を傾げつつ自分の手に持っていた授業で使用する教材を見つめる。
いつも通りの荷物を持って真は今まさに寮を出るところだったのだ。
「今日は、発表の日だよ?」
「発表?」
小テストの返却か何かかと聞くと勢いよく首を横に振る恋。
「キング」
とだけ言ってから少し興奮気味に言葉を続けた。
「今日は、私たちの学年で総合成績が上位十人の人達だけが与えられる称号『キング』の発表の日だよ!!」
ここまで聞いて真は一瞬頭の中が真っ白になる。
真が自分のポイントを確認して「キングになる可能性はない!」と喜んでから一週間が過ぎていたことはわかっていたのだが、まさかもうキングの発表日になっていたとは思わなかったのだ。
「恋、それ本当?」
「嘘なわけないっ!昨日中丸先生が話してたでしょ?」
「そうだっけ?」
「……真悪い子」
「ご、ごめんなさい」
恋は優しく真の頭を一回だけ叩くとふにゃりと笑って「許す」と言った。
(か、可愛すぎるぞコノヤロウッ!!)
こうして真は朝から恋に癒されたのだった。
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一旦、教材などを部屋に置いてから真は恋と一緒に体育館へと向かう。
体育館という呼び名ではあるものの公立高校の体育館数十個分程の広さの場所に学問中心クラスと実技中心クラスの一から三年生つまり全校生徒が集まることになっていた。
午前中に現在キングメンバーによるパフォーマンス(って何するのかさっぱり不明)があり、午後から一学年の新しいキングが発表されるという流れである。
時刻はキング発表式開始まで十分前になっていた。
真はクラスごとに用意されたパイプイスに腰掛けてから周りを見渡す。
(本当、広い場所だなぁ)
随分と遠くまで人で埋め尽くされており、オズ学園の大きさを改めて感じた真は小さくため息を吐く。
「真、具合でも悪い?」
そんな些細な真の動きも見逃さずに恋はこちらを見ていたようで心配そうな顔を向ける。
「大丈夫だよ。あ、でも、トイレ行ってこようかな~午前中ずっと座りっぱなしになるんだもん」
真は恋を安心させるようにそう言ってから微笑んで立ち上がり足早に動いた。
「…大丈夫」
真はトイレの鏡の前で自分を見つめながらそう呟く。
実は先程席についた時から何かの視線をずっと感じていたのだ。誰かはわからない視線。自意識過剰で済むならば嬉しいのだが、何か妙な違和感を感じる。
睨まれているような、ただじっと見つめられているような、兎に角、気味が悪い。
しかも今、トイレにいる時でさえその視線を感じるのだ。
確認してみても周りには誰もいない。
人が多すぎてわからないというのもあるが真を睨み付けているような人は目に映らない。
よくわからない視線によって真は嫌な汗が少し滲み出てきていた。
先生に相談しようか迷ったが、別に今のところ何も起こっていないのであまり気にしても仕方がないと思う自分もいた。
(少し様子見かな)
そう判断した真は自分の席へと戻って行く。
その時、真は自分を見つめている者に気づくことはなかった。
午前中は何の問題もなく進む。琴音が慕っている(むしろ世話を焼いている)東堂先輩や女の子大好き生徒会長の麗矢先輩などのキング達がステージ上に上がってオズを使ったパフォーマンス……劇をしていた。
それはとても美しい幻想的な世界観を作り上げており、真は感嘆のため息を漏らす。
麗矢先輩は煌びやかな王子様の衣装に身を包んでおり、周りに笑顔を振りまいては黄色い歓声を浴びているのが目に入って真は少し呆れてしまった。
東堂先輩は麗矢先輩とは違う衣装で海賊衣装だった。
そして東堂先輩と麗矢先輩が互いに剣で戦うという流れになり二人ともすごい速さの剣さばきでまたも観客からの黄色い歓声が強くなる。
どうやらシナリオはお姫様役の如月 友音先輩(麗矢先輩のお守をいつもしているイケメン女子)が海賊(東堂先輩らほか三、四人のキングの人々)に捕えられており、それを王子役の麗矢先輩が助けだす!というとてもありきたりなものだ。
でも、各々のオズを使って上手く工夫されており、見る者を釘付けにする劇だった。
劇の最中に一度だけ東堂先輩と目が合った。
何故か東堂先輩は真と目が合った時少し目を見開いていたように見えたのだが、気のせいだろう。
劇は皆の拍手喝采で幕を閉じた。
「面白かったね!」
真が恋にそう言うと目を輝かせて何度もうなずく。
「特に、友音先輩がかっこよかった」
「だね、まさか、最後王子様がピンチになった時にお姫様が助太刀するとは思わなかった…」
「でも、一番友音先輩がかっこよかった!」
「うん、王子様も途中から『姫様ファイトッ!!!』って応援してるだけだったしね…」
それでいいのか王子!とは思ったが友音先輩がかっこよすぎたのでもう王子の存在は忘れることにした。
そんなすばらしい劇が終わったあと二十分程の休憩が入ることになった。
その途端に真は先ほどまで何も感じなかったあの嫌な視線を再び強く感じ始めた。
恋が何かをしゃべっているのに自分の心臓の鼓動がうるさくて聞こえない。
嫌な汗が手に滲んできた。歯が小刻みに震えてカチカチと音を鳴らすのを止めることができない。
まるで動き一つ一つを監視されているようで呼吸すらしてはいけないような気さえした。
「ごめん、恋ちょっとトイレ行ってくる」
と言って真は返事も聞かずに席を立った。
真はトイレには行かずに人通りの少ない廊下に来て思わず壁にもたれかかる。
気が付けば呼吸は乱れており、先程と変わらずに心臓の鼓動は速いまま冷や汗もかいていた。
よくわからない。なんだろうこの気持ちは。誰かわからないがこんなに大勢の人がいるので調べようにも難しい。ただ、わかっているのはこの視線はとても嫌な予感を感じさせるということだけだった。
(どうしよう)
そう思った矢先に誰かに肩を叩かれた。
「っ!!」
思わず真はビクリと身体が跳ねる。
振り向いた途端に力が一気に抜けた。
「中丸、先生、こんにちは」
そこには見慣れた中丸先生の姿。真は本当に心底安心した。
「おぅ、どうしたんだ?こんな場所で、トイレなら向こうだぞ」
と言った中丸先生の服を真は夢中で掴んだ。
「中丸先生、視線が…」
「……どういうことだ?」
いつものだるそうな表情から一遍、真の必死な姿を見て中丸先生は真面目な顔つきになった。
真はギュッと手に力を込めて気味の悪い視線を感じながらも中丸先生に説明をするために頭を整理する。
「今日の、朝、体育館に入った時ぐらいからずっと、誰かに見られているんです。自意識過剰とかではなくて…なんか、気味が悪い、怖い、感じの…でも、全然わからないんです。探してもいないし、さっきの劇を見ている最中は視線を感じなかったのに休憩になってからまた視線を感じて…それで…それで…」
そう言って固まった真を中丸先生は自分の方に抱き寄せてまるで小さい子供をあやすように背中をポンポンと叩いた。
「わかった。だから、もう大丈夫だ。怖くない」
優しい声でそう言って中丸先生はずっと真の呼吸が整うまで背中をさすり続けてくれた。
真はいくらか落ち着いてから中丸先生にしがみつくような行動をした自分に対して妙に気恥ずかしくなってしまったので慌てて中丸先生の服から手を離す。
「あの、す、すみませんでした。突然しがみついて」
「?別に謝る事じゃないだろ。兎に角、その奥橋が感じる視線についてはこっちで調べてみるが、どうする?また体育館に残るか?気分が悪いなら保健室に行ってもいいぞ」
少し悩んだが、真は残ることにした。保健室に行ったら余計に視線を感じそうで怖かったからだ。
「わかった。お前の事は俺が常に結界張って見てるから安心しろ。その視線に耐えきれなくなったときは構わずに俺に言いに来い。いいな?」
真は頷いてから重い足取りで席に戻って行く。
そんな真の後ろ姿を見送ったあと、中丸は何かを考えながら歩いて行った。
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同時刻のある場所。
「キングとはそんなに良い者なのか?」
一人の女性がそう呟く。
「まぁ、この学園内での特待生といったところでしょう」
もう一人の女性はそう答える。
「ほぅ、まぁ、いい。キングにも興味があるが何より、奥橋真に興味がある」
そう言って女性は自分の身体を覆う黒いフード付きマントのフードを深くかぶりなおす。
「そんなに奥橋真に興味がおありだったとは思っていませんでした」
もう一人の女性が少し驚いたような声でそう言ったので偉そうな女性の方は低い笑い声を漏らす。
「あの子は私がじっくりと待ってあげたご馳走だからねぇ。十年、待ったのだ。もう、よかろう」
そう言って近くにあったガラス窓に彼女が手を触れるとガラスはたちまちサラサラと砂となり消えた。
「あぁ、どんな風に実ったのか…早く味見したいものだ」
そう言ってその女性は不気味に笑みを浮かべるのだった。
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