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 Side:橘八重



 休憩しつつ憤(いきどお)りも吐き出したので多少はマシになった。

 ちょっとモンスターが強かったからか、それとも命の危険があったからだろう。

 緊張と興奮で頭がグチャグチャだったらしい。

 今は分かるけど、少し前まで自分は冷静だと思い込んでいた。

 怖いね、本当。


 自分が冷静かどうかも分からなくなる。

 これほど恐ろしい事もない。

 やはり一旦立ち止まって休憩するというのは、精神の為にも重要みたいだ。


 こういうのも緊張と興奮で忘れるんだろうなぁ。

 色々と自分の粗が見えるが仕方ない。

 まだ初心者でしかないんだ。

 いきなり上手くいく事なんて無い。


 とにかく上達する為にも生きて戻らないといけないんだ。

 とはいえ今回はレアなヤツの事もあり、もう1000SDを超えている。

 その御蔭で精神的には随分と楽だ。


 針金人形だと1体辺り10SDぐらいしか貰えない。

 つまり100体ぐらい狩らなきゃ1000SDは貯まらないってわけだ。


 流石にこれはね、時間が掛かり過ぎる。

 1000SD貯めて外に出たら、それだけで苦しむレベルかもしれないんだ。

 なるべく中で素早くSDを貯めて、お金を稼ぐ必要がある。

 生活費が必要だから、お金を稼がないと探索者はやっていけない。


 住む所は政府から貰えるけど、そこが嫌ならお金を稼いで出て行くしかない。

 ちなみに東京には他の区にも探索者支援の為の家はたくさんある。

 すべて老朽化して古臭いのばかりだけどね。

 とはいえ家賃はタダなんだから文句は言えない。


 俺が住んでいるのも、ボロボロの四畳半の木造アパートだ。

 なんかギシギシ言うし、隣近所の部屋の音が聞こえるぐらい壁が薄い。

 とはいえ周りも探索者だから、ほとんど寝に帰ってきているようなものであり、部屋で五月蠅くしないので助かってる。


 やっぱり五月蠅いと眠れないし、そこを危惧してたんだけどさ。

 それどころじゃないくらいに疲れて、帰ってきたら泥のように寝てる。

 生活に余裕が出ると引っ越すらしいけど、そんなお金の無い探索者はタダのアパートに留まるしかない。


 ちなみにどれだけ異界で過ごしても、地球の時間は経過していない。

 そして虚界の時間の流れは、地球よりも緩やかだ。

 地球の1日は虚界での3日ぐらいだと言われている。


 なので2日帰ってこなかった段階で死亡判定を受けてしまう。

 そして俺の体にもあるSCSと情報化端末は、「生きていますよ」という信号をSCCに送っているんだ。


 これが2日間途絶えた段階で異界での死亡判定を受ける。

 そしてタダのアパートの部屋は空室になるわけだ。

 だから安アパートの数は今の数で間に合ってるらしい。


 毎月死亡者が出て、毎月新たに探索者になる者が出てくる。

 これが異界探索者だ。


 余計な事を考えていたからか、だいぶ精神状態も回復したと思う。

 それじゃ改めて探索に戻ろう。




 俺は分かれ道まで戻ってくると、今度は真ん中の道を進み始めた。

 左は地面の色が変わってるし、右は棒のあった部屋で行き止まり。

 となると残りは真っ直ぐの通路しかない。

 そして進んで行くと、通路で針金人形が出現。


 とはいえ針金束人形が強かったからか、こいつらには最早なんとも思わなくなった。

 確かに楽なんだけど、緊張感は持って戦おう。

 殺されたくないし、なにより盾が無い。

 一応は左手に金属バットを持っているので、最悪はこれで防ぐけども……


 「よっと……そして、おらぁ!!」


 敵の薙ぎをバックステップでかわし、そして灰色の棒で一撃を加えた。

 とはいえSPを込めてないのでダメージは微々たるものだ。

 これは実験でもあるのでこれでいい。

 SD濃度1、異界浸食率1%でどれだけダメージが出るか。

 それを調べておく必要がある。


 俺は何度も針金人形の攻撃をかわし、一切SPを込めない攻撃で倒した。

 その結果は10回。

 つまり灰色の棒の攻撃力はSP1の五分の一って事か。

 これでSPが乗るとどうなるかは不明だが、少なくともSPを込めなくても10回攻撃すれば倒せる。


 「いやいや。10回攻撃するって面倒臭すぎるだろ。

 SP込めて1回で倒した方が良いに決まってる。

 敵が減れば減るほど安全だし、疲れないに越した事はないんだ。

 SPケチって疲れるって、完全にバカ丸出しじゃん」


 そう、10回も攻撃する意味が無いというか、確実に損しかしない。

 むしろ速攻でモンスターを倒す方がよっぽど安全で有利になれる。

 ここは現実だ、ゲームみたいに継戦能力だけ考えるわけにはいかない。

 どうせ回復できるんだから、SPを注ぎ込んだ方がいい。


 俺は前へと歩きだすが、再び針金人形が現れた。

 今度は2体だが、交互にしてくる攻撃をかわしながら隙を探す。

 どちらかが薙ぐと、必ず残った方は突いてくるな? 逆も同じだ。

 つまり薙いだり突いたりを連続でしてくる事は無いらしい。


 そして俺は左が突いてきたのを左にかわしてから踏み込む。

 右の針金人形が薙ごうとするが、味方に当たるからか腕を上げたまま止まっている。

 俺はそのチャンスにSPを1だけ込めて灰色の棒で殴りつけた。

 すると一撃で針金人形は倒れて消える。


 この武器なら消費するSPは1で済むみたいだ。本当にありがたい。

 命を懸けて得た甲斐があった。

 そう思った矢先に薙いできたので、俺は左斜め後ろに倒れる。

 これは緊急措置的に習った方法だ。

 後ろに倒れる事で、割と多くの攻撃は回避できると習った。


 そして上手く回避できたので素早く起き上がり、再び攻撃される前に灰色の棒でブン殴って始末した。

 足で前蹴りしても良かったんだけど、相手を転倒させるには、そもそも足にSPを込めなきゃ無理だ。

 それではモンスターを倒せないんだから、1SPが無駄になる。

 だったらブン殴って倒した方が早い。


 「ふぅ。やっぱり盾が推奨されるだけあって、盾の有る無しで全然違うなぁ。

 盾が無いと踏み込むのは危険か。

 2体でも上手く回避して戦えないものかな?

 とはいえこの棒、思ってるよりも短いからなー……」


 俺は灰色の棒と呼んでいるが、実際には1メートルも長さが無いんだよ。

 太さは直径で5センチぐらい?

 勝手な目分量だから何とも言えないけど………って思ったら、ARが勝手に長さや太さを出してくれた。


 長さは98センチで直径は5.2センチらしい。

 なんか微妙だな? なんで綺麗に揃ってないんだろう?

 まあ、異界に落ちてる物だから文句を言っても仕方ないんだけどさ。

 とはいえ、こう、納得がいかない部分もある。


 妙にしっくりとこない長さと太さに納得できないまま、俺はさらに先へと進んでいく。

 すると正面の通路の先も大きな部屋になっていた。

 そして針金人形が7体から8体ほど見える。

 さっきの部屋と同じパターンだろうか?


 そう思って部屋の外から地面を見るも、何かが落ちているようには見えない。

 となると唯のモンスターが居るだけの部屋か。

 そう思って部屋に踏み込み、すぐに後ろを見ると通路が無かった。

 どうやらまたも閉じ込められられたらしい。


 「仕方ないけど、戦うしかないなら速攻だな!」


 先程の部屋と同じく、走りながらSPを込めて殴っていき、部屋の中の針金人形をどんどん倒していく。

 すると最後の一体が再び赤くなって針金が集結。

 そして針金束人形に変わった。

 またもや同じパターンかよ、何も落ちてないのに。


 そう思いながらも1000SDの為に俺は戦う。

 今のレートは1SD53円ぐらいだったはず。

 つまりは1000SDで53000円という事になる。

 大きな収入だ。

 命の値段と考えたら安いけど、一日の収入と考えたらそれなりに多いと思う。


 もちろん武具の買い替えとか色々とあるから、探索者の所持金はあっという間に吹っ飛ぶんだけどね。

 他の人が持ち帰ってきた武器なんかは、SCCのショップに並ぶんだ。

 すっごい高い値段でね。


 それでも良い武器を持てばそれだけ稼げるんだから、皆が血眼になってお金を稼ぐ。

 上手く出来てるなーって思うよ。本当。


 中には適当な装備で、お金を地道に稼ぎ続けてる人とか居るけどね。

 ああいう人が老後は勝ち組になるんだろうなーって思って、俺もそっちを目指してる。


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