0065
Side:橘八重
エルトアリアさんが虚界十三傑の中でも最強という恐ろしい言葉を聞いたが、そっちに驚くのかと呆れられた。
なぜ……?
「色欲の最高位悪魔であり、十三傑で最強の我の淫気を受けているのだ。
普通の悪魔であればそれだけで暴走しておる。
あの女王もそうだが、我の淫気も極めて強いのだ。
地球に行っておる同胞は皆制御が完璧な者ばかりであり、制御できぬような木っ端はそもそも地球に行く事ができん」
「私達色欲の悪魔は、相手を性欲に狂わせる淫気というのが使えるんですよ。
他の悪魔にもそれぞれあって、傲慢は我気、強欲は奪気、嫉妬は羨気、憤怒は暴気、暴食は躁気、怠惰は呆気、そして色欲が淫気となります」
「それぞれの悪魔はそれぞれの内面を示した気を内包していると考えれば分かりやすいでしょう。
それを使う事で相手を自陣営に引き込む事が出来る、正しくは別の悪魔に変える事が出来るわけです。
かつての時代にはそういった争いもありました」
「そういった事があった故に、今は気を使った自陣営への囲い込みは禁止されておる。
やれば他の最高位悪魔達が敵に回るのでな、幾ら最強の我でも多勢に無勢となる。
ま、元々そんな下らん事などする気は無いのだがな」
「人間はそもそも肉体に依存していますから、気を受けたところで精神がそちらの方向に向くだけで、肉体に影響はありませんからね。
だから主様も使われたのですが、全く欠片も効いた気配が無いとは……」
「あれ? もしかして今も使ってるんですか?」
「ええ。使ってますけど、全く効いてませんねー……
ここまでだと逆に凄いと言えますけど、【精魂の雫】の所持者がコレだと大変ですよ」
「仕方がないでしょう。
主様が子を成すには、この方が欲望に忠実になるしかありません。
他に道などありませんし、何より【精魂の雫】の所持者です。
主様の因子と交じり合うと、どれほどの子が生まれるか分からないほど。
ぜひ子を成していただかねば」
「その子供が私達と子を成してくれるかもしれませんからね!」
「お前達………」
それっていいんだろうか? 千年単位で年齢が違うと思うんだけど………
とはいえ一万年を超えて生きるのなら、その程度は誤差なのかな?
悪魔の人って最低でも1500年は生きるらしいし。
「それは最下級の連中の事だ。
我だと寿命が存在せぬし、高位悪魔の中でも強い者は寿命が無い。
ここに居るエギルターサもグラドウェムも寿命の無い存在になっておるぐらいだ。
何故か我と同じく子を成しておらぬが……」
「流石にー、主様を差し置いて子を成すのはー、気の毒っていうほぁっ!?」
急に横から裏拳が飛んできたけど、ギリギリでかわしたのか当たった音はしなかった。
っていうか、俺だと反応も出来なかったな。
だって通り過ぎた後に裏拳だって分かったくらいだし。
それに、音がしなかったような………?
「それで正しい。
エギルターサの二つ名は<静止のエギルターサ>。
この二つ名は攻撃が静かすぎて自然だからという理由でついている。
つまり空気を極限まで乱さず動くのだ。
先程の裏拳もそこまで速い動きではないが、空気の乱れが無いので気づかなければ喰らうという攻撃になる」
「しかも空気が極限まで動かないので、攻撃の気配がしないんですよ。
普通は細かな動きで違和感を察知するんですけど、その違和感が気づけない程にまで落ちるという事です。
なので敵は気づかない間に殺されるんですねー。
それで<死を齎す者>という二つ名も持ってるんです、この方」
「そちらは好きではないので止めなさい」
「好きじゃないのは、堂々と正面から乗り込んだからでしょうに。
むしろ誇るべき事だと思いますよ。
正面から堂々と乗り込んで暗殺したんですし」
「え? 暗殺?」
「そうだ。
空気を極限まで乱さずに動けるという事は、当然潜入も同じように出来る訳でな。
それ故に堂々と入り込んで暗殺して出て行くのだ。
その事をして<死を齎す者>と言われた訳だな」
「へー………」
堂々と真正面から入って暗殺するとか、アニメやゲームの世界だなぁ。
実在するって事自体がビックリだけど、悪魔の人だから出来るのかな?
「悪魔の中でも、ここまでの動きが出来るのはエギルターサだけだ。
我でも一歩及ばぬぐらいだからな。
まあ、そこまでする意味も無いとも言えるのだが……」
「ですよね。メイド長の動きは変態的すぎてぇっ!?」
「チッ!」
「今、完全に本気でしたよねぇ! 最速の動きでしたよ!?」
何が起こったのか分からないけど、攻撃をしたんだと思う。
ウルフカットメイドの声が上擦ってるから、間違いなくシニョンメイドの攻撃は本気だったんだろう、見えなかったけど。
動きが変態的とか言われたら怒るのも当然だと思うけども、じゃれあってるようにも見える。
「お前達そこまでだ。
それよりまずは彼を地球に送らねばならん。
私達が預かる為にも、彼の祖父母に会わねばならんようだからな。
流石に向こうで色々とやらかしたので、我はメイド服で行く。
少々待っていてくれ」
そう言ってエルトアリアさんは屋敷に入っていったので、俺は再び戦闘訓練を受ける事に。
そして何故か相手がシニョンメイドことエギルターサさんに変わった。
なぜ……?
「教えるならば、なるべく上手な者が教えた方がいいのですよ。
それではお好きにどうぞ」
そう言われたので、再びジリジリと近づいて真っ直ぐ突く。
いや、突こうとした瞬間、俺の棒は突かれていた。
カァン!
突かれた俺の棒は、右手から飛ばされ地面に転がる。
が、俺は何となくやられた事が分かるだけで、理解できないのか困惑してしまう。
というより、さっきのはいったい何?
「あーあー、完全に混乱してるじゃないですか。
やり過ぎでしょ。
それも力が乗る前に潰すとか、それ普通に慣れてきてからの練習ですよ。
素人にやる練習じゃないです」
「素人だからですよ。
最初にこういう事もあると教えておいた方がいいのです。
現に貴女にも最初にそう教えたでしょう?」
「戦いに立ったとしても、相手が理不尽な存在なら何も出来ずに殺される。
……でしたっけ?」
「そうです。
武器を持って防具を持ち、そして戦いの場に出たとしても、何もさせてくれない相手というのは居るのです。
そして中には逃げる事さえ許さない存在すら居る。
この事実を最初に突きつけなければ、この世の理不尽から逃げられませんからね」
「虚界十三傑って、そもそも理不尽な存在ですからねー。
その中でも一番恐ろしい方の下に居るんですけど」
「主様は怒らせたら怖い方だというだけで、他の理不尽な方々よりはマシですよ。
傲慢の方はいきなり命令してきますし、強欲の方はとにかく寄越せとか言います。
嫉妬の方はこっちを見てブツブツ言われますし、憤怒の方は些細な事で機嫌が悪くなる。
怠惰の方は目の前を歩くだけで目障りとか言われますからね」
「暴食はそれよりも酷いから近づきませんしね。
いきなり食おうとしてきたりしますし」
「流石に相当に飢えていらっしゃらなければ、そこまでされませんけどね。
それでも厄介な方々に変わりはありません。
本当に面倒なので、なるべくは関わりたくないぐらいです」
「メイド長で嫌なくらいなんですから、私なんてもっとイヤですよ」
虚界十三傑ってそこまで個性的な人達ばっかりなんだなー。
会いたいと思わないから会いたくないけど、それでもエルトアリアさん絡みで会いそうな気もする。
俺も会いたくないから逃げるとか出来ないもんかね? 逃げられそうにないのがアレだけどさ。
でも最強はエルトアリアさんなんだからワンチャン………無いな。
人間如きが逃がしてもらえるはずも無いし、逃げると逆に食われそう。




