0034
Side:橘八重
「ん? ……ん………」
エルトアリアさんの目が開いたので起きたのかと思ったが、どうやら寝惚けているらしい。
俺は上半身を起こしていたんだか、腰元に抱き着いてきて寝てる。
………いや、これ起きてるな? 起きてるから腰元に抱き着いてきたんだろう。
「もう少し寝ていても良かったのですよ?
そうすれば私の方が先に起きて色々としておいたのですが……」
「いや、うん。
それに関しては何とも言えないな。
助けてもらってるので本当に何も言えない」
「ああ、その事も記憶にあったのですね。
私が駆け付けた時には気を失っていたはずですが……」
「いや、なんか殴られたっぽい記憶があるだけ。
後ろからブン殴られたけど、多分あいつらが持っていた棒か何かだと思う。
いきなり後ろから殴りかかってきたし、信者どもはメチャクチャだよ。
まあ、それを言うと<ローズガーデン>の連中もメチャクチャだけど」
「ローズ……ああ、あの畜生どもですか。
アレなら私が<死爆の蔓>を使っておいたので、そろそろ爆発して死んでいると思いますよ。
もし生きていたとしても、耐えられないでしょうからね」
しばくのつる?
つるって多分だけど植物の蔓の事だろうけど、しばくって何だろう?
暴力をふるうっていう意味じゃないだろうし………
「死ですよ、生き死にの死です。
それと爆発という意味での爆。だから死爆です。
<死爆の蔓>とは私の持つ【処刑魔法】の一つで、分類は【呪魔法】。
つまり呪いの魔法ですね」
「こわ!! 魔法に呪いの魔法なんて分類があるとは知りませんでしたよ」
「まあ、物凄くマイナーですし、使える者はあまり多くありません。
怠惰系の悪魔は比較的得意でしょうかね?
【呪魔法】は他の魔法と違ってジワジワと殺す系統が多いですから、怠惰な連中にとっては便利なんですよ」
「便利?」
「あいつらは出来るだけ痛みや苦しみを与えたいが、でもいちいち自分の手でやるのは面倒。
そういう連中ですので【呪魔法】を好むわけです。
で、好むという事は使えるという事ですので……」
「他の系統の悪魔より得意になるってわけですか。
とはいえ他の系統の悪魔の人達でも使えるんでしょ?」
「ええ、使えますよ。知っていればね。
おそらくですけど憤怒と暴食は使い方すら知らないんじゃないでしょうか?
憤怒の連中は自分の手で殺す事を望む連中ですし、暴食の連中は肉や精神に魂が不味くなる【呪魔法】は忌避するでしょう」
不味くなるから使わないっていうのも凄いな。
徹底的に食欲に忠実というか、まず美味しいか否かで物事を考えている気がする。
あれだ、日本人が海産物を見て考えるのと同じだな。
という事は日本人って暴食の人達と変わらない?
「海産物ですか?」
「ええ。
西洋だとクラーケンと言って、巨大な蛸や烏賊をバケモノだと思ってきたんです。
とはいえ日本人にとっては蛸や烏賊なんて古くから食べ物ですからね。
だから最初に考えるのは美味いかどうかになるわけです」
「んー………まあ、なんとなく分かります。
あの女王が男を見て、まず精が多そうかどうかを考えるのと同じですね。
アレの基準は精が多いか否かでしかありませんから」
「まあ、色欲の悪魔の女王なんですから、そうなのでは?
<搾精の>なんていう二つ名がつく方だそうですし」
「そうなのですよね。あの者はまさしく色欲の権化です。
飢えが当たり前であった私とは真逆と言って差し支えない、そういう者なのですよ」
真逆って言う割には、飢えが満たされるようになったら同じ事をしているような?
「………………」
「なんで愕然としているのか知りませんけど、チャンスがあったら連れ込んでいる時点で、あんまり変わらないと思いますよ?」
「………………」
「そんなに愕然とする事だったんですね。
どっちか判断に迷いますよ」
結局のところ他のサキュバスと変わらなくて愕然としているのか、それとも女王と同じだという理由で愕然としているのか。
どちらかと言うと女王と同じっていう方だと思うけど、愕然として固まってるから分からないな。
「いえ、アレと同じだという事は関係ありません。
今までの私を思い出すと、確かに頭に靄が掛かっていた言いますか、あまり上手く頭が働いていなかった気がするのですね。
もちろん飢えているので当たり前なのですが」
「頭が上手く働かないって、本当に大変ですね。
飢えが厳しいというのも分かる気がしますよ」
「ええ。
だからこそ女王も宴を開いて精を吸収してから政務を熟すのです。
でなければ全くやる気が出ませんので。
しかし私はその状態でも頭を働かせ、普通のサキュバス程度には考える事が出来ていた訳ですね。
いえ、普通のサキュバスよりは上でしょうか」
「はぁ………」
「ところが先ほど貴方が言っていたように、今の私は全く飢えに耐えられなくなってしまっています。
あっという間に数千年やってきた事が、まるで無かったかのようになってしまっている。
その事に愕然としてしまったのですよ」
「あー………満足を知ったら、あっさりと耐えられなくなった」
「ええ。
まるで耐えて来た過去など無かったかのようになってしまっています。
まあ、今は満足出来るからいいのですが、貴方には早急に進化していただいて、私と共に永遠を生きましょう」
「急におかしな事を言い始めましたね?
進化は出来るっぽいですけど、その進化先の寿命がそもそも不明なんですよ。
もしかしたら80年が120年ぐらいになるだけかもしれませんし」
「は?」
「いや、は? ではなくてですね。
そもそも人間の寿命なんて悪魔の人達に比べれば圧倒的に短いんですから、40年増えるだけでも相当に大きな事ですよ?」
「40年など誤差でしかないでしょう。
いったい何を訳の分からない事を……」
「うわぁ………
人間にとって40年って大きいんですけど、悪魔の人達からしたら誤差とは………
でも数千年生きる方からすれば確かに誤差でしかないか」
流石に数千年生きるっていうのは全く理解できないけど、それでも人間の感覚と同じじゃないだろうな。
っていうか、今度は人間の寿命の短さに愕然としてるみたいだ。
「まさか我々にとって誤差程度の寿命しかないとは……
下っ端でも1500年は生きますよ? それが、たった80年?」
下っ端でもという言い方がアレだけど、それでも1500年は生きるんだ?
流石は悪魔と言うしかないなぁ。
「は、80年………それは駄目です!
早急に永遠の命を得なければいけません!!」
「急に秦の始皇帝風味が出てきたな?
名前忘れたけど、東の方に使者を遣わすのかも。
そして辰砂から作った錬丹の薬とかいう劇物を飲まされる?」
「???
……それはなんですか?」
「地球には昔、秦という国に始皇帝と呼ばれる人物が居たんです。
世界で初めて皇帝を名乗ったので始皇帝と言われてるんですけど、その人が不老不死の薬があるとか言った人物を東に遣わすんです。
そういう事が大昔にあったんですよ」
「はぁ………」
「で、その不老不死の薬だとされたのが、辰砂とかいう物から作られた錬丹の薬だったわけです。
この辰砂っていうのが水銀、つまり液体状の金属だったんですよ。
それを飲むわけですから……」
「肉体に依存する者であれば普通に死にますね?」
「ええ。
とはいえあくまでも伝説に語られているだけで、本当に水銀を飲んでいたかは定かじゃないらしいです。
単に病気で亡くなったとも言われていますし。
ま、その後を継いだ子供は自害に追い込まれたそうですけどね」
今思うと、おかしな人生送ってるなぁ。
始皇帝も。
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