0026
Side:橘八重
(その白い靄が、新たに来たのは<精魂の雫>の所持者。
既に進化の方向性は決まっている。
各々方、捻じ曲げるか否か。答えを。
そう言っていたんです)
(進化の方向性?
いえ、それよりも捻じ曲げるという事は<精魂の雫>を失ったのですか!?)
(そこまで驚く事なのか知りませんけど、黒い靄は全員が否と言っていました。
それで白い靄が、それでは<精魂の雫>の先へと進化が決まったと言ったんですよ)
(<精魂の雫>の先? ………それはそれは、相当に期待できますね。
まさか<精魂の雫>に先があるとは思いませんでしたが、私が契約をしたのは何も間違っていなかったようで何よりです)
(無表情じゃなくなっているので相当なんでしょうけど、いったい<精魂の雫>って何ですか?
そもそも名前しか分からないので、どういうものかサッパリ分からないんですけど)
(<精魂の雫>とは、簡単に言うとサキュバスの間に古くからある伝説の存在の事です。
強い魂の力を持ち、その魂の力が精にまで溶け出すと言われているのですよ。
そしてその精を受けたサキュバスを狂わせると言われているもの、それが<精魂の雫>です)
(はぁ………。
よく分かりませんけどサキュバスだけなんですか?)
(私達サキュバスは男性体の精に対して敏感なのです。
インキュバスは女性体の淫気に敏感なんですけどね。
ですから<精魂の雫>の精を受けても、サキュバス以外は鈍感ですから効果は無いでしょう。
しかしサキュバスにとっては効果が非常に高い。
簡単に言えばサキュバスキラーとも言える存在です)
(わぁ………殺されそうな予感……)
(それはないですね。
私は特にそうですが、サキュバスの飢えというのは厳しいのですよ。
私はあえて飢えている状態を普通にしてきましたので大丈夫なのですが、女王などは飢えを感じるとやる気が完全に無くなるのですよね。
それぐらいサキュバスにとって飢えは厳しいのです)
(はあ………それと<精魂の雫>に何の関りがあるんでしょう?
サキュバスキラーなんですよね?)
(そうです。
私は特に許容量が大きく、若い頃にどれだけ精を吸収しても満足する事はありませんでした。
女王も許容量が高いタイプですが、それでも通常のサキュバスの3倍から4倍程度です。
かつて若い頃調べた事があるのですが、私の許容量は通常のサキュバスの10倍を超えていたのですね。
だからこそ飢えが普通という慣れを持つ必要があったわけです)
(………なんとなく話の先が見えたんですが、それでもあえて聞きます。
つまり<精魂の雫>とは……)
(その強い魂の力でサキュバスの飢えを満たせる者という事です。
つまり満たせる相手だからこそ狂うとも言い換えられます。
とはいえ並のサキュバスでは持たないでしょうけどね。
許容量をオーバーし過ぎます。
場合によっては強すぎる力に破裂するでしょう)
(破裂って怖すぎるんですけど、そういう意味でも危険って事ですね。
となると、俺からバレないようにする為に契約をしたと?)
(ええ、そうです。
私が大丈夫でも、貴方からバレては意味がありませんからね。
貴方に余計な手出しをされても困りますし、あの女王が手出ししてきかねないのです。
そのうえ、あの女王なら貴方を地下牢に監禁する可能性が高いですし)
(ゲッ!? 監禁!?)
(ええ。それぐらい<精魂の雫>という存在が貴重なんだと理解して下さい。
伝説の存在ですよ、<精魂の雫>は)
(それはそうかもしれませんけど、俺にそんな自覚ないですし。
なにより今日初めて知ったぐらいですよ? 無理に決まってます)
(だからこそ契約をして洩れないようにしたのですよ。
契約内容は対等なものですから、他の者に契約を上書きされる事はありません。
受けた側が不利な契約は上書きできるのですが、対等に結ばれた契約は相当の技量が無ければ上書きも解除も出来ないのです)
(相当の技量があれば上書きや解除が出来る?)
(最高位悪魔である私の技量の遥か上であれば可能かもしれませんね)
(それは無理ですね。
まあ、俺としては心を読まれなくなるというのは助かりますけど。
でも代わりに目立ちませんか? 心が読めないとして)
(それは問題ないでしょう。
もし何か言われたら、胸に付いている契約印を見せればいいだけです。
そこには私の名であるエルトアリア・ウェル・デヌートゥラ・アロハヌスと刻まれています。
それを見れば大半の悪魔は黙りますよ)
俺は再びアイスコーヒーを飲みつつ、自分の胸をチラリとみる。
ローブを来ているので見えないが、どうやら胸に契約印とやらがあるらしい。
毎回毎回胸を見せるというのもどうなの? と思わなくはないな。
(それより急に俺の所に来ましたけど、なんかありましたか?
急いで俺から情報が洩れないようにしたのは分かりますけど、微妙に焦ってた感じでしたから)
エルトアリアさんもソーダを飲みながら、俺の質問に答えてくれた。
(実は女王の所に行ってきました。
異界探索者の装備が悪すぎるので、少しは改善した方がいいという要望ですね。
その話の際に貴方の存在と<精魂の雫>である事がバレた可能性があります。
あの者は異常なほど勘がいいのですよ。
その所為で急ぐ必要があったのです)
(そうだったんですか。
それならまあ、分かりますけど……なんでそんな要望を出しに行ったですか?
いきなり行ったら怪しまれると思いますけど……)
(それは貴方の手助けになればと、そう………)
エルトアリアさんはそう言った後、顔を真っ赤にしながら横に向けた。
あれー? 食われたものの好かれてる?
……ああ、<精魂の雫>の影響か。
(そこで俺の魅力が、と言わないところが貴方の良いところです。
確かに<精魂の雫>の影響は大きいようですね。
私自身に自覚が無かったところが驚きですが、流石は伝説の存在だと改めて思います。
貴方に言われるまで自覚していませんでした)
(サキュバスを狂わせるというのは伊達ではないようですね。
となると<精魂の雫>の影響で契約をしてしまった可能性もあるのでは?
契約した本人ならば解除できると思うんですが……)
(解除はしません。
そもそも女王に狙われるというのは間違いのない事実です。
女王の二つ名は<搾精のアルヴェーダ>。つまり徹底的に搾り取る者なのですよ。
わざわざ手加減して生き残らせているだけで、本気ならあっという間に干からびて死ぬほど。
それに狙われたいですか?)
(激しく遠慮します)
(でしょうね。
それなら私に囲われた方が遥かにマシというもの。
私も貴方とまぐわって生涯で初めての満足を得ましたし、それ故に手放す気はありません。
それに、私は女王と違って尽くしますよ?)
(それが激しく怖いのは気のせいですかね?
二十四時間、三百六十五日、追いかけ回されそうな気がするんですけど……)
(心配ありません。私が満足するまで尽くします)
(それ絶対に尽くすって言わないですよね? 普通は)
またもや顔を背けたけど、妙な存在だとバレると危険なので心が読まれないのは素直にありがたい。
なのでその事については感謝してる。
それにサキュバスらしく食うのが目的だと言われれば、「そりゃそうでしょうね」としか言えないしな。
むしろ食う価値があったからこうなってる訳だし、価値無しよりは余程マシかな?
(そうですよ。そのついでに私の夫になりませんか?)
(それは遠慮します、そもそも俺人間なんで。
後アロハヌス家の初代なんでしょ?
だったら夫か妻が居たんでしょうに)
(居ませんよ?
そもそも私と番になった存在など、どこにも居ません)
(え? って事はアロハヌス家の人って繋がってないの?)
(ええ。繋がってませんよ?)
………どういうこと?




