0010
Side:橘八重
一通り納得できないものを言い終わると、俺は視界に見えているARの隅にあるメニューを念じる。
そしてそこから<帰還転移>というものを念じて選択。
すると1000SDが自動で消費され、一瞬後には異界に入る前の場所に戻された。
「おぉ………本当に一瞬で戻ってきた。
マジで凄いなぁ………これが魔法科学かー。
とはいえSCSも情報化端末も十分に凄いんだけど」
俺はそんな事を言いつつ、虚界に来た当初の場所を思い出しつつ移動して歩く。
ここはまだ虚界だから問題はそこまで無い。
ここで気分が悪くなったり狂いそうになった場合、日本に帰っちゃいけなくて、ここにある建物で療養する必要があるらしい。
ここ虚界ですら厳しい状態で日本に帰ると、発狂する可能性が高いらしく危険なんだそうだ。
死ぬ事も無いし治せるそうなんだけど………治療一回で10000SD以上掛かるらしい。
それも借金になって帰さなきゃいけなくなる。
なので、「虚界で厳しい場合は素直に休む事」と強く講習の時に言われた。
俺は何ともないので、おそらく問題は無いのだと思う。
まだ進めたけど、あえて帰還してきたぐらいだし。
そのまま進んで虚界と日本と繋がっている鳥居前に来ると、再びビキニアーマーの人が近づいてきた。
相変わらずだけど、恰好が際どすぎる。あとスタイルが良すぎ。
「そんなに褒められると今すぐに押し倒したくなるから止めておくようにね。
それはともかく初めての異界探索は終わったのかい?」
「ええ。余裕のあるうちに帰ってきました」
「それは良い事だ。命のあるうちに帰ってくるのが一番いい。
命さえあれば幾らでもやり直せる以上、何よりも命を大事にしなきゃいけないからね。
…………よし、問題は無いみたいだ。日本に行っても発狂はしないだろう」
「それを調べる為だったんですね。
ありがとうございます」
「いやいや、構わないさ。
それと………あっちにピンク色の建物があるのが見えるかい?」
「はあ、目立ちますし高い建物ですから見えてますよ。
あの建物が何か………?」
「あのピンク色の建物は風俗店だ。
戦いとは命が懸かるものだからね、その興奮を鎮めるのに使うといい。
私も含めてキャストが客を待っている。
それと、利用する際に支払うのはSDだから注意するように」
「えっ? ………もしかして店の宣伝?」
「そうだよ?
たまたま好みなうえ、精力旺盛な若者だったから声をかけただけさ。
それじゃ、いつか来てくれ。待ってるから」
そういってビキニアーマーの女性はピンク色の建物に歩いて行った。
………まさか風俗店で働いてるからビキニアーマーなのかな?
いやいや、それはともかくとして、まさか風俗店の宣伝で声を掛けられただけだったなんて……。
流石はサキュバスだと思うわ、本当。
なんか少々力が抜けたけど、さっさと日本に帰ろう。
そう思って鳥居に近づき、ピンク色の波紋に入った。
俺の目の前は日本の歌舞伎町の景色のはずなんだけど、今は目の前が真っ暗で何も見えない。
おまけに顔とか体を打ったのか、かなり痛い。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ!!
………体には特に異常はなさそうだな。
精神的に参って倒れただけか」
「……すみ、ま、せん………」
「おっと喋れるのか、なら軽症だな。
早く戻ってきた新人か、それとも慣れてきて失敗したヤツか。
どっちかは知らないが、少々横に退けるからな。
他のヤツの迷惑になるから」
「お、ねがい、します………」
「体に力も入らねえだろうから、仕方ねえさ。
おそらくだけど、お前さん新人だろ? 顔を見た事がねえからな。
それなら、この程度で済んで良かったと思え。
普通ならこっちに来た途端、嘔吐で腹の中のもんを全部ブチ撒けるぐらいだ」
目の前が真っ暗で碌に体が動かないが、何となくお姫様抱っこで運ばれてるのが分かる。
男性っていうか、インキュバスの人にそうされてるのは絵面としてどうなんだろうな?
なんとなくそんな事が気になった。
「そ、んなに、ひ、どいん、ですか………?」
「おう、普通はそんなもんだぞ。
お前らには草原とか平原とかに見えてるだろうし、オレ達だってそう見える事は多い。
だがな、あそこは狂った空間なんだ。
時折その狂ってる様が見えるが、あんなもんの中にいたら精神がおかしくなっても仕方ねえさ」
「そ、れで、はく………?」
「ああ。
よっと、ここに寝かしときゃ大丈夫だろ。
オレは見張りっつーか、見守りがあるからもう行く。
落ち着いて起き上がれるようになったら、後は自分の足で帰れ。
ここじゃ襲われたり奪われたりはしねえ」
「あり、がとうご、ざいます………」
「ああ、構わねえよ。これもオレの仕事だからな」
そう言ってインキュバスの人は離れて行った。
とりあえずここに居ると襲われずに済むらしい。
確かに持ち物とか奪われたらシャレにならないもんなぁ………
安全な場所に連れてきてもらえて良かったよ。
って、なに!?
「あら……コレはもしかして思った以上に………
うん、硬さも十分で精力も性欲も強いわ。
流石は若い男の子、食べ甲斐がありそう………♪」
ち、ちょっと待て、ここは襲われないんじゃなかったのか!?
性的に襲われるのは違うって?
いやいやいやいや、そんなサキュバス的な言葉遊びをされても困るぞ!
ゴン!!
「あいたっ!」
「何をやっているんだ、お前は。ここは救護所だぞ。
何より、この少年は倒れて起き上がれないようではないか。
そんな相手を襲ったとなれば、女王様直々のサンドバッグにされかねんぞ」
「あれはイヤ!」
「あれはって時点で過去にあったのか?
………相当の何かが無い限りにおいて、女王様から滅多打ちの刑に処されたりはしないはずだがな。
お前はいったい何をやったんだ?」
「…………えへ?」
「可愛くしても同じサキュバスに効くわけがなかろうが、まったく。
それよりも少年が寝ているのだ、いちいち邪魔をするな」
「えー………せっかく美味しそうな食事があるのに? それも爆発寸前よ?
むしろ搾り取るのは彼の為でもあるわ!」
「何か善い事かのように言っているが、単にお前が少年を食べたいだけだろうが。
うん? 我々が五月蠅くしている間に少年は治ったようだぞ?」
「チッ!」
「お前な………」
俺は目の前が見えるようになったので、寝かされていた所から上半身を起こす。
そして女性の話し声が聞こえたのでそちらを見ると、サキュバスの人が二人いた。
サキュバスの人もインキュバスの人も、頭に羊の角のような物があるので分かりやすい。
「少年、起きたか。邪魔をして済まなかったな。
私はウェルモネヌ・アロハヌスだ」
「私はリティオル・トムネアスよ。よろしく~♪」
「どうも。俺は橘八重と言います。
新人探索者で、日本に戻ってきた時に倒れてしまい………」
「ああ、やっぱりそうだったのね? 言ってくれれば介護してあげたのに。
こう見えて私、ここの救護所を預かってる責任者なのよ」
「救護対象を喰おうとするようなヤツだがな。
ああ、私は関係ないぞ。私はそもそも異界探索者だ」
「サキュバスの癖に異界探索なんてしてる、頭のおかしいヤツだけどね」
「流石に失礼過ぎないか? それに私は兄を探しているだけだ。
おそらく生きていないとは思うがな、それでも探すのと探さぬのは同じではない」
「そこまでするのは分かるけれど、自分が異界に呑み込まれたらどうする気なのかしらね?
第四位魔性貴族である、アロハヌス家の御令嬢なのに」
「私自身に令嬢という意識は無いさ」
2人の会話を聞きながら、「貴族って日本人には縁遠いよなー」なんて下らない事を思っている俺だった。
リアクションありがとうございます




