第45話『リゴン酒…!』
「…え?」
バッ!
女性は瞬時にカウンターのビールを確認する。
カウンターにはビールジョッキが二つ。
右側に残り少ないビールが入ってるジョッキ。
左側には飲み干したジョッキ。
(なんてことを…!!)
(私は人様の至福のひと時を邪魔した挙句!)
(それを気付かせてくれようとした人をナンパと勘違い!)
(そして殺そうとしてしまった!?)
この間0.5秒
シュバッ!
ソーンの頭に向けた銃口を気付かれる前に!と止まらぬ流れで太腿のホルスターへ銃を戻した。
ソーンは硬い苦笑いをしていた。
(危ない…一般の少年を撃ち殺してしまうところだった…)
「申し訳ない」
「私に一杯奢らせてほしい」
身体をソーンの方に向き返り目を見て言った。
「あっ!いえいえ!そんなつもりじゃ…!」
「もう残りも少なかったですし、気の抜けたビールじゃ美味しくないかなと思って」
「お姉さんの飲みっぷりがとても綺麗だったので、美味しく飲んで欲しなと」
これはソーンの本心である。
当然ナンパをするつもりはこれっぽっちもない。
(こんなに気を使える青年…)
(優しいな)
「マスター、私はリゴン酒を」
「彼にはこれをもう一杯入れて欲しい」
「料金は当然私に付けてくれ」
「いや!ホントに大丈夫です!」
「いや、このままでは私は私を一生許せなくなる」
(一生!?大げさじゃないか…?)
「だから飲んで欲しい」
「…なら」
「それなら、俺もリゴン酒がいいです!」
「承知した」
「マスター、ビールではなくリゴン酒を彼にも」
「かしこまりました」
「割り方はどうされますか?」
(割り方か…)
(オススメとかあるかな)
「私はロックで」
「君はどうする?」
「俺もロックでお願いします」
フッ
と口角が上がる。
「酒の飲み方を分かっているな」
「二つともロックで」
「はい」
(しかしよく見るととてもキラキラした服装だな)
胸元に光る剣の勲章も相まってより煌びやかに映る。
「失礼だが、君は何者だ?」
姿に興味をもち、お酒が入った事により言葉が進む。
「酒を待っている間の、ちょっとした時間つぶしだと思ってくれ」
店内には他にも客が居るため、提供は後の方になりそうだった。
(気を使って話しかけてきてくれてるのか)
(申し訳ないな、あまり広がらないようにしよう)
「ただの冒険者です。ホントに普通の」
「普通の?」
この違和感を見逃さなかった。
「はい」
「この服もこの勲章も、俺は別に望んでなんて居なかった…」
「普通で良かった…そこそこで…」
「俺にはもっとやりたい事があるのに…」
話を広げないつもりが、何故かいつの間にか本音を話してしまっていた。
(ヤバい、何かまた悲しくなってきた…)
酒のせいか感情が前面に溢れる。
目をウルウルさせながら、冴えない笑顔を作るソーン。
「お待たせいたしました。リゴン酒ロックお二つでございます」
そうこうしているとマスターがお酒を出してくれた。
「すいません、こんな事初対面の方に言って」
「これ飲んだら帰ります」
「…」
その女性は、ソーンの無理に作っている笑顔に言葉を失った。
「辛いことを聞いてしまったね」
「すまなかった」
「乾杯だけさせてもらってもいい?」
静かにリゴン酒の入ったグラスを傾けた。
「はい」
チンッ
小さくグラス同士を合わせる。
(今日は何か気持ちがグラつくな…)
「あの…」
「ん?」
「俺はソーン=クリーガーって言います」
「お酒を奢っていただくのに、相手の名前も知らないなんて失礼かと思いまして」
「…ああ」
(律儀な青年だ)
「私は《ミリティス=リット》だ」
「リットさん、ありがとうございます」
真剣な眼差しはミリティスを見つめた。
「いや、私が君のビールを飲んでしまったからな」
「お礼を言われることじゃないさ」
「それもそうですけど、愚痴を言ってしまって…」
「ハハハ、いいんだ」
「酒は普段言えないことを言えるように、少し力を貸してくれる魔法だからな」
(少し力を貸してくれる魔法…か…)
「言いたいことは全部ここに置いていくといい」
「私が聞く」
(この人は優しいな…)
「リットさんは、周りの評価とか気にしますか?」
「周りの評価か…そうだな」
言葉を探す。
「…実績と同じくらいに、人からの評価とは大事なものだとは思う」
「でも、その評価の中にはいい事も悪い事もあるだろう」
「だから私は評価に踊らされず、己の信念を貫いてれば結果は付いてくると信じてる」
(己の信念…)
今のソーンには、ミリティスの言葉がスッと入ってくる感覚があった。
「なあ」
「はい?」
「“普通の”ソーン君、せっかくのリゴン酒が氷で薄まっていまう」
「その前に味わってくれないか?」
小気味良い少し意地悪そうに口角を上げた。
(普通の…)
患部を優しく包んでくれるような言葉と表情に、ソーンの気持ちも軽くなる。
「あ!すいません!いただきます」
忘れられていたリゴン酒に手が伸びる。
ングッ
(!!)
「…美味しい!」
目を見開き驚くソーン。
「そうだろ?」
ミリティスもグラスに唇を当てた。
「リゴンの実の清々しい甘さが程よく感じられて、サラッとした口当たりで飲みやすいです」
「やはり、君は味の分かる青年だな」
(表情と感情が豊かだな)
少し言葉をためる。
「…これはソーダで割ってもまた格別だ」
「良かったら、もう一杯だけ付き合ってくれないか?」
原因は分からなかったが、ミリティスはソーンの事が気にかかっていた。
「ソーダ割り!それも美味しそうですね」
「じゃあ、もう一杯だけ」
「あ、でも!」
でも。と言う一言に少し不安を覚えた。
「でも?」
「それは俺に出させて下さい!」
「??」
「なぜだ?」
「美味しいお酒の飲み方と、話を聞いてもらったお礼です」
曇りのないストレートな感情と笑顔。
これが本心だと言うことは容易にわかった。
(これを断るのも無粋か…)
「ありがとう、では遠慮なくいただくとするよ」
「はい!」
ーーー
ーー
ー
その一杯は結果的に何杯にもなっていた。
「だから私言ったの」
「隠れたって無駄だって」
「全てを観てるんだもの」
どうやらこのミリティスは、お酒を飲み進めているとよく話す人だということと、冒険者で狙撃手をしているという事がわかった。
パーティーには所属せず個人で動いてるようだった。
「“ミリティス”さんは何でパーティーを作らないんですか?」
「“ソーン”」
「“さん”は要らないと言ってるだろ。それに敬語もだ」
「うん、わかった」
いつの間にかお互いを名前で呼んでいた。
「そうだな、私はそう言う縛りがあまり好きではないのかもしれない」
「あまり“やりたくない事”を続けるのは大変だからな」
心に刺さる言葉だった。
「ホントにミリティスは素敵な(生き方をしている)人だ」
ハッと身体の奥が反応するような感覚を覚えた。
(この青年は…何だ…)
(心を熱くさせるというか…気になるものがある…)
「確かにそのとおりだと思う」
「俺ももっともっと目標に向かって頑張らないと」
(そう、追放という自由の為に!)
笑顔でそう言うソーン。
(なぜだ!なぜそんな顔が出来る!)
(君は一体どんな絶望を味わってきたんだ…!)
(話していて分かったのは君は素直で真っ直ぐ)
(そして周りに期待され、それを超えられない自分に憤慨しているんだろ!?)
(なのにまだ頑張るというのか…)
(そんな辛そうで悲しい笑顔をしないでくれ…)
(せめて今だけは…私の前では…!!)
そしてミリティスは覚悟した。
ーー護る
ーーソーン
ーー君の全てを
「うわ!もうこんな時間だ!」
外は街灯の光がより強くなっていた。
「楽しい時間は早いな」
「ミリティス、今日は本当にありがとう!」
「楽しく飲めて良かった、また会ったら!」
マスターにも軽く挨拶をし席をたった。
「…ソ、ソーン」
喉がキュッと狭くなる。
リンリン♪
店の扉が開く。
ソーンは振り返り笑顔で手を振った。
「…待って」
バタン。
扉は大きな壁となって、固く閉じた。
(ダメだ!今ここで彼と別れては!)
駆け出したミリティス。
リンリン♪
「待ってぇ!!」
「ソーン!!」
恥も何も捨て心のままに叫んだ。




