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#10「星辰の神殿」【2】

 ミリアムは石柱の調査をすると言ってレイのそばから離れた。レイは星図の描かれた壁を一巡することにした。リリエムとセリムはレイから一定の距離を置いた上で、彼のあとをついてきた。セリムが口を開いたのは、ミリアムの気配が完全に消えてからのことだった。

「ねぇ、レイ。今すぐ聖剣のところに戻って。先を急ごう。みんなのためにも……」

 彼の声はいつになく切迫していた。レイは振り返り、セリムを見る。従弟を視界に捉える直前、リリエムと目が合った。彼女は軽く腕を組み、探るような目でレイを見ていたが、レイはあえてそれを無視した。

「なぁ、セリム。おまえ、何か隠してるな?」

「違うんだ、僕はただ、その……」

 口ごもるセリムの代わりにリリエムが煽るように言った。

「隠し事の一つや二つ、誰にだってあるでしょ?」

「そうだな。俺の乳首にピアスがついていることとか……」

 レイがにやりと笑うと、リリエムは蛙を潰したような奇妙な声でうめいた。

 リリエムと関係を持ったのは、勇者になったばかりの頃、たった一度きりだった。リリエムにとってそれは、初恋の終わり、失恋だったのだろう。やがてリリエムは王都の酒場で働くようになり、再びレイの前に現れたとき、彼女の乳首にはピアスがついていた。他の部分は確認していない。リリエムの抵抗は思いのほか激しく、自分自身を貶めるようなことまで言い始めたので、それ以上の関係は断念せざるを得なかった。女などいくらでもいるし、リリエムに対する執着もない。そんなことよりも、何が、或いはいったい誰がリリエムをそこまで変えたのか、そちらの方に興味を惹かれた。

 事情を知らないセリムがレイに無邪気な顔で尋ねる。

「そんなとこにピアスを付けて、レイは痛くないの?」

「……冗談だよ」

「レイの冗談は意味がわからないよ」

「そのうちわかるようになるさ。なんなら教えてやってもいいぞ」

「……ちょっと。セリムに変なこと、吹き込まないでよね」

「変なことは吹き込まない。変なことはな」

 レイが笑い、リリエムは再び奇妙な声でうめく。話についていけない様子のセリムはしばらく戸惑っていたが、やがて真剣な顔になり、レイに駆け寄ってきた。

「今はふざけてる場合じゃないんだ。早く聖剣を回収して、ここから立ち去らなきゃ」

 レイは何も答えなかった。セリムはレイの黒い袖を掴み、なおも言い募る。

「ねぇ、レイ。プラーナまで戻ったらこのパーティーを解散して。僕ら三人を二度と仲間に加えないでほしいんだ」

「……おまえがそこまで言うってことは、この人選で正解だったわけだ」

 セリムは弾かれたようにレイから手を離し、一歩、後ずさった。見開かれた緑色の目はレイを直視したままで、わなわなと震える唇からはなんの言葉も出てこない。レイはすっと目を細めた。

「逃げることはないだろ?」

「ち、違う、違うんだ、レイ……」

「まさかリリエムをこの場に残して一人で逃げるのか?」

「ぼ、僕は……」

 なおも後ずさろうとしていたセリムの足がぴたりと止まった。彼はレイに何事かを訴えかけようとしていたが、恐怖に圧倒されて言葉が出ない様子だった。そんなセリムの背後からリリエムの鋭い声が飛んだ。

「セリムを脅迫するつもり?」

「そりゃあ、効果のある相手なら脅迫くらいはするさ。まして俺を殺すつもりの相手ともなればな」

「違う!」セリムは即答した。「僕は誰にも死んでほしくないだけだ! だから……」

「……なるほどな。おまえの方が俺よりも勇者に相応しい……そう思う者がいたとしてもおかしくはない。実力はともかく大衆に愛されるのはセリム、間違いなくおまえの方だ。そしてそんなおまえの資質を利用しようとする者がいたとしてもまったく不思議ではないな」

 セリムもリリエムも何も言わなかった。ただ、セリムの見開かれた目は恐怖ではなく驚きと喜びによるものに変わっていたし、リリエムも意外そうな顔をしていた。やはりそんなところか。レイは追い討ちをかける。

「俺だって何も知らないわけじゃない。だが、場所が悪かったな。この神殿の真下には地霊脈が流れていてな……、地霊脈の力を聖剣に取り込み、放てるのは知っているだろう? これくらい大規模な地霊脈の真上では、聖剣を手放してしても遠隔操作でその力を武器として扱えるんだ」

「嘘よ」レイのはったりをリリエムは即座に看破した。「この下に地霊脈なんてないわ」

「へぇ、よく知ってるんだな」

「酒場で踊り子をしてるとね。いろいろな話が入ってくるの」

「なるほどねぇ。……そういや俺の計画に反対して失脚した学者がいたな。名前はなんていったっけ……」

「あの人は関係ないわ! ミリアムが勝手に決めたことよ! セリムだって嫌がってる! あたしだって、三発くらい殴れば気が済む程度の恨みしか持ってないんだから」

「……武闘家の三発か。人を殺せない数じゃないな」

「あら。あたしの言いたいことをわかってくれるようになったのね」

 リリエムは挑発的に笑ったが、レイに対する殺意はまったく感じられなかった。しかし三人の会話はここで打ち切られる形になる。なんの前触れもなく、空気を揺るがす咆哮が轟き、突風が三人を壁に打ち付けた。体勢を整え、顔を上げたレイが見たものは、柱の向こうの原生林に浮かぶ黒いドラゴンだった。それはこの世界から絶滅したはずの生物だった。いったいどこから現れたのか、レイは即座に理解した。竜言語魔法の秘術には、人間をドラゴンに変える竜化の術がある。そしてミリアムはその術を修得しているはずだった。

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