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#10「星辰の神殿」【1】

 星辰の神殿は、宿場町プラーナから南に一時間あまり歩いた場所にある。

 鬱蒼とした原生林に分け入ると、突如開けた場所があり、五本の石柱に支えられた巨大遺跡が現れる。石柱はいずれも黒く、なめらかな表面には細やかな細工が施されているが、風雨に曝されてもなおその鋭さを失っていない。屋根は奇妙な形をしており、その高さは人間ではなく何か別の巨大生物のために造られたかのようだった。柱の内側にはやはり同じ黒い石で造られた艶やかな壁があるが、入り口らしきものは見当たらない。壁には星図が描かれているが、昨日の昼間にミリアムがレイに話したように、現在のものとはまったく違っている。星辰の神殿と名付けられたこの遺跡は、およそ千年前に起きたという巨大地震の際に現れたと記録されている。しかし調査が行われたことはなく、或いは行われたとしてもその記録は残っていない。原生林の中にありながら、周囲には草木の一本も生えておらず、この黒い神殿は人ばかりかあらゆる生命を遠ざけているかのようだった。

 柱と壁の間は広く、漂う空気は冷たかった。レイは言いようのない安らぎを感じた。在るべき場所に戻ってきたような感覚だった。振り向くと、黒い柱の向こうに見える原生林の光景がまるで絵空事のように思えた。神殿を闊歩するレイの後ろでセリムがリリエムに囁く。

「ねぇ、もう帰ろうよ。僕、嫌だよ。レイに言ってよ。帰ろうって」

「子供みたいなことを言わないで。嫌でもやらなきゃいけないことはあるんだから」

「でもリリィ姉さん、なんだかすごく嫌な感じがするんだ。ここはまるで……」

 セリムは口ごもる。この場にいない誰かを警戒しているかのようだ。リリエムが弟をせき立てた。

「なんなの? ハッキリ言いなさいよ」

「ここはまるで死んだまま時が止まっているみたいなんだ」

「なに言ってるの。死んだら時は止まるものでしょ?」

「死者にとってはね。でも僕が言いたいのはそういうことじゃない。死んだあとも世界は続く。死者は腐って分解されて、もしくは生き物の腹を満たして、やがては大地や海に還る。そして新たな命を育む。でもこの場所は違うんだ」

「そりゃあ、最初から生き物じゃないからだろ」

 レイは横から茶化したが、セリムの言わんとしていること自体は理解できた。そしてここにいると心が安らぐ理由も。不変の死。永遠の暗黒。彼の求めているものの一片がここには存在する。

「生き物じゃなくても同じだよ」セリムがレイに答えた。「レイだってわかるでしょ。すべては変化し続ける。輪廻、循環と言い換えてもいい。だけどここは違うんだ。そういう輪から外れたところに存在しているような……。千年も風雨に曝されてまったく劣化していないなんて、なんだか気味が悪いな。今まで誰も調査しようとしなかった理由がわかる気がするよ」

「建材が違うだけだよ。今の人類の技術では再現不可能だから畏れを抱くんだ」

 レイはそう言って笑ったが、それは己の本心を隠すための軽口だった。

「レイの言うとおりです」とミリアム。「セリム、恐れる必要はありません。今は未知の技術でも、それをもって造られたものが既にこの世にあるのです。我々もいつかはこの領域に達することができるでしょう。その日のために調査を続けなければなりません。いいですね?」

「……セリム、返事は?」

 リリエムにせっつかれ、不承不承といった様子でセリムは頷いた。

 柱と壁の間の距離はロマール王宮の大広間など比較にならなかった。巨大生物のための回廊。規模と技術は明らかに古代竜族の時代のものだが、建材の艶や彫刻のエッジは真新しい建物のようにしか見えない。時の流れを超越した漆黒の神殿を壁づたいに進むと、やがてミリアムが剣の形のくぼみを見つけた。それはレイの胸のあたりから上に伸びており、建物の大きさを考えるとあまりにも低い位置にあった。

「これがおまえの言っていたくぼみか。確かに聖剣にそっくりだな」

 言うなりレイは聖剣を抜くと、迷いのない手つきでくぼみにはめ込んだ。壁に描かれた星図が淡い光を放ち始める。しかしそれ以上の変化は何も確認できなかった。異音の一つも聞こえない。レイは聖剣をくぼみに残し、神殿内の探索を始める。離れることに抵抗はなかった。聖剣を扱えるのはこの世界で彼一人だけ。選ばれなかった者には持ち上げることすらできない剣をいったい誰が奪うというのか。それに彼には軍用の格闘術の心得があり、武器を持った相手と素手で戦うすべも会得していたから、不測の事態に対処できるだけの自信はあった。

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