#9「追跡者」【1】
新しい靴は気に入った。高いヒールはメリハリの利いた足をさらに長く見せるし、歩くたびにコツコツと心地よい音を立てるのもいい。ヒール部分に施された細やかな細工には、劣等種特有の卑しい視点が生き生きと現れており、エルフの高貴な美しさを引き立てる役割を受け持っていた。しかも靴には浮遊魔法の力が秘められており、彼女の意思一つで音を立てずに歩くこともできれば、天に舞い上がるように跳躍することだってできる。ただ美しいだけでなく、隠密行動にも向いている。フェイは上機嫌だった。
衛兵の元から逃げ出す際に少しばかり手間取ったが、慈悲深い(自称)フェイは彼らの命を奪わなかった。陰茎を切り落として口の中に突っ込んでやったが、勃起したそれでフェイの顔を叩き、おいしいものだと主張したのは彼らの方なのだから、感謝されることこそあれ恨まれる筋合いはない。腹いせに手首と足首をすべて切り落としてやったものの、根元から切断するような野蛮人がいることを思うと、細やかな配慮に満ちていると言わざるを得なかった。なにせ四肢を切断されたらヴァルグリンデ産の義手や義足を買う羽目になりかねない。それらはとても高価な上に、使い方が難しく、強力な武器を仕込んだものも珍しくないというのだから、頭の出来のかわいそうな卑しい劣等種のことだ、復讐心に取り憑かれて人生を棒に振りかねない。しかし手首や足首だけならそのようなことにはならないだろう。エルフの娼婦を監禁し、NGプレイを強要した劣等種どもの愚かしさを思うと、とてつもなく慈悲深い。自分の優しさに陶酔しながら、フェイは木製の階段を上がり、劣等種のひしめく幌馬車に乗り込んだ。
勇者一行は専用の馬車ですでに王都を発っていた。その様子をフェイは鳥の目を通じて盗み見た。エルフの国にいた頃のフェイは狩人だったから、狩りを補助するたぐいの魔術を彼女はいくつも知っていた。そして彼女の狙う獲物は今も勇者レイだった。
幌馬車の内部には、進行方向に向かって左右に向かい合う形で座席があり、定員は十二名程度と告知されていた。ところがフェイが乗り込むと、一人でゆうに三人分の座席を占有するような肥え太った巨漢が足を広げて座っていた。その両隣には彼の仲間とおぼしき二人の男がおり、周囲の迷惑も気にせずに大声で喋っている。うち一人は、真ん中の男ほどではないにせよ、でっぷりと肥え太っており、人の良さそうな顔つきと一目で聖職者だとわかる品のある法衣がかえって男の堕落を印象づける。もう一方の男は年若く、日に焼けた肌と鍛え上げた肉体を誇示しているが、耳や唇に光るピアスと派手に染めた長い髪が遊び人であることを如実に物語っていた。彼らはたった三人で六人分の座席を占めている。乗り合い馬車は運賃を乗客全員で折半するというルールだから、このような連中は運賃を吊り上げる迷惑な存在でしかなかった。しかし背に腹は代えられず、フェイは巨漢の向かいに座った。顔はフードで隠したままだが、程良く肉の付いたすらりとした足は彼らの前に伸びている。
「うっわ。すっげ」遊び人風の男が聞こえよがしに声を上げた。
「見事なおみ足のお嬢さん。短い時間ですが共に旅を楽しみましょう。これも神のお導きですからなぁ」と肥え太った聖職者。
フェイは何も言わなかった。このような連中のために使ってやる時間はない。勇者レイを殺さなければ、魔王軍にすら戻れない。失敗作を産み落とし、刺客の任務すら果たせず、もはや兄モルガンに合わせる顔もない。絶世の美女として生まれ育ち、それを誇りにしていたが、自慢の美貌はこんな時なんの役にも立たないどころか劣等種の中の劣等種を引き寄せるような真似をする。腹立たしいことだった。しかしフェイの屈辱はまだ終わっていなかった。
「おい、無視してんじゃねえぞ」
三人分の座席を占める巨漢がフェイに凄んだ。
「なんだ、この足は。こんな足で馬車に乗っていいと思ってんのか。あ?」
言うなり男はフェイの足首を掴み、持ち上げた。巨漢の五指に握られたエルフの美女の足首は白い枯れ枝のように細く、男が少しでも力を込めれば折れるのではないかと思われるほど、頼りなく華奢だった。フェイはフードを外し、贅肉に覆われた男を見上げた。そして客を前にしたときのように微笑んだ。
「見苦しかったかしら。ごめんなさいね」
「あ……、いや……」
「お気に触ったなら馬車から降りるわ。放してくださらない?」
「放す。放すが、出て行くな。エルフを護るのは俺の務めだ」
男はニタニタと笑いながら言った。
「俺の名はアルヴィン。ヴァルグリンデ帝国に滅ぼされたアティルア王国の聖騎士だ。明日には勇者になっている。俺は世界を救う勇者、おまえは俺の嫁だ」
周囲の乗客は無言でうつむき、男やその仲間と目を合わせないようにしている。フェイは絶句した。彼女に結婚を申し込む男など珍しくもなかったが、流石に顔を合わせてすぐに嫁だなどと言い出したのはこの巨漢が初めてだった。ヴァルグリンデ産の麻薬で頭をやられてしまったのだろうか。考えあぐねているうちに、馬車がゆっくりと走り出した。




