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#8「愛と野心と生存本能」【2】

 聖柱結界を強化すればこの世界は二百年も保たない。百年後には大地の精霊はすべて死に絶え、大規模な自然災害が頻発するようになっている。そのような環境でどれほどの生物が生存できるのか。少なくとも人間社会、人類という種に関しては、魔族の侵攻を待つまでもなく壊滅しているだろう。そう指摘したディアスに対し、人々は誹謗中傷を浴びせかけた。曰く「即座にそんな発想になるのは、常日頃から世界を滅ぼすことばかり考えているからではないのか」「救世主たる勇者様に対して、破滅願望丸出しの終末論で揚げ足を取るのか」「発想も発言もすべてが反社会的だ。社会の進歩を阻もうとしている」……

 ディアスは表舞台から消え、その後の足取りが人々の口にのぼることはなくなった。彼と同じ名のうらぶれた男が優秀な学者だったディアスその人であったとしてもおかしくはないとリリエムは思ったが、本人に確かめることは流石に憚られた。彼について知りたいが、この関係を壊したくない。

 男に案内された場所は、意外にも貴族の屋敷とおぼしき豪華な邸宅だった。

「……以前よりも仕事の依頼は多くなった。出資者の数も桁違いだ。仕事場を貸してくれる物好きまで現れた。ただその研究内容は、社会に顔向けできるものではないがね。だがそれはお互い様だ」

「そんなに危ない内容なの?」

 やっぱりこの人があのディアス。そう確信しながらリリエムは男に尋ねた。

「どうだかな。売春よりは安全だろうが……、怖いのか?」

「ううん。怖くないよ。……実験は」

 リリエムはディアスに寄り添うように近づき、両手で腕に触れた。薄手のコート越しに感じる細い腕の感触は、思っていたよりも力強く感じられた。しかし彼にはリリエムの言葉の意味が理解できなかったのか、不思議そうな表情を見せただけで、それ以上は何も言わず地下へと続く階段を降りた。

 壁掛け型の魔導灯で照らし出された地下室は、無造作に散らばる写本の山や使用用途のわからない器具、得体の知れないものの入った瓶がそこかしこに散らばり、雑然としていて狭苦しかった。空気も澱んでいたが、さほど不快に感じなかったのは、ディアスの体臭が混じっていたからだろう。リリエムはディアスに好意を抱いていた。だから彼に蒸留水と丸薬を差し出されたときは何の疑いもなく飲んだし、服を脱ぐよう言われても二つ返事で従った。むしろディアスが自分に興味を示さないことが不満だったから、リリエムは挑発するように下着まですべて脱いだ。しかしそれでもディアスの顔色はまったく変わらなかった。

「脱ぐの、手伝ってくれないのね」

「そんな必要がどこにある」

「あたしは脱がしてほしかったな。ディアスさんに」

「子供のようなことを言うな。服を脱いだらそこに横になってくれ」

 ディアスの指し示した先には、ベッドと呼ぶにはあまりにも簡素な、X字の台が横たわっていた。四隅には枷がついており、拘束用の器具なのだということは一目でわかった。リリエムは混乱した。ディアスの淡泊な態度からは想像もできない指示だったが、それが単に自分の考え過ぎであろうことも察知できた。

「これ、自分で作ったの?」

 間抜けな質問だった。ディアスは呆れ声で答えた。

「……まさか。依頼主の置き土産だよ」

「そう。そうよね……」

 リリエムは髪をほどくと、ディアスの指示に従って台に身を横たえた。ディアスはリリエムの手首と足首をそれぞれ枷で拘束した。彼の指が触れるたびにリリエムの素肌に快感が走った。感覚がひどく鋭敏になっている。他人に触れられることを心地よく感じたのはこれまでの人生で初めてのことだった。

 台は可動式だった。ヴァルグリンデ帝国の精巧なからくりが組み込まれているようだった。リリエムを拘束し終えると、ディアスは台を縦向けにした。リリエムは開脚状態で磔になっていた。乱れた髪を直したかったが、両手の自由を奪われた彼女にはどうすることもできない。リリエムを見るディアスの表情は冷たくもどこか満足げで、ぞっとするような残忍な笑みが浮かんでいた。

「そろそろ効いてきた頃か……」

 ディアスは乗馬用の鞭を取り出すと、力任せにリリエムの乳房を打った。肌が破裂するような耐え難い痛みにリリエムは悲鳴を上げることすらできなかった。ディアスは立て続けにリリエムを鞭で打った。リリエムは息もできず、激痛に震えていたが、やがて悲鳴を上げ、激しく泣きじゃくった。

「た、助けて……こんな……、いや……」

「そんなに怯えるな。殺したりしない。君は可愛いからな……」

 ディアスの声はこれまでになく優しかったが、抑えることのできない狂気が滲み出していた。

「君に飲ませたのは痛みを快楽に変える薬だ。開発中の薬だが、すぐに効果が現れる。自分の体で試しても良かったのだがね……、ククッ、そうだ、何もかもすべてあいつらの言うとおりだ、わたしは破滅願望が強すぎる。こんな薬を飲めば最後、死ぬまで自傷行為をやめられなくなるだろう。ヴァルグリンデ帝国の犯罪組織に依頼されて作った薬で自殺するなど、まったく、どうかしている。わたしはこの薬の正体を知っているのだからね」

 ディアスはリリエムの顎に手をかけ、上を向かせると、身を屈めて軽く口づけた。

「……そうだ。君に飲ませたものは、人間の生存本能を破壊する薬だ。そんな薬を飲めば最後、わたしは死の誘惑に抗いきれなくなるだろう。死が快楽でしかないのなら、なぜ抗う必要がある? 生は苦痛でしかないというのに。……だが君なら問題ない。わたしは可愛い君を殺したりしないからね」

 ディアスは再びリリエムに口付けた。今度は貪るような乱暴なキスだった。

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