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#8「愛と野心と生存本能」【1】

 ディアスと知り合ったのは二年前、リリエムが十八歳のときのことだった。

 その男は昼夜を問わず酒場に入り浸っていた。注文する酒は高価なものばかりで、金回りの良さは窺い知れるものの、癖のある黒褐色の髪には寝癖がついており、着ている服はどれも皺だらけで汚れていた。彼は踊り子にはまったく興味を示さず、テーブルを訪れた給仕の娘とも必要最小限の言葉しか交わさない。客の間でおこなわれるギャンブルに、ごくまれに参加しては圧勝することこそあれど、基本的には他人と関わろうとはしなかった。踊り子たちも自ら望んで彼に近づこうとはしない。いくら金を持っていても客としては不適格だ。このような男と交われば、深刻なトラブルに巻き込まれ、命を落とす羽目になりかねないと誰もが気づいていた。

 しかしリリエムは男に話しかけた。よく見ると男は端整な顔立ちをしており、彼の顔が単純に好みだったというのもあるが、理由はそれだけではなかった。リリエムには──そして弟のセリムには──奇妙な癖があった。じっと見てはいけない、目を合わせてはいけない、と言われるような部類の人を目で追ってしまうのだ。それについてセリムはこんなことを言っていた。「おかしな人を見つけると安心するんだ。なんだか僕の仲間みたいな気がして。一見するとおかしなところなんてないような人の中におかしな部分を見つけると、やっぱりすごく安心する。普通の人なら怒ったり、嫌だと思ったりするんだろうけど。僕はきっと人々の歪さが好きなんだと思う」……

 リリエムは男の背後から両腕を胸元に回し、耳元で囁きかけた。

「いつも来てるのね。好みの感じの顔だからすぐに覚えたの。一緒に座っていい?」

 男は何も答えなかった。リリエムは男の懐に器用に滑り込み、足の上に横向きに座った。ここまで大胆なことは普段なら決してしなかったが、男があまりにも無反応で、なんだか弱そうに見えたので、少し少しからかってみたくなった。リリエムは男の顔に両手を添えると、灰色の目を覗き込んだ。彼はひどくやつれていて、顔色は青白かった。

「あたし、リリィっていうの」

「……この仕事は本業じゃないな。ここにいないときは何をしている?」

 男は小声でつぶやいて、リリエムの剥き出しの腕を掴んだ。リリエムははっと息を飲み、男の顔から手を離すと、あわてて逃げ出そうとした。しかし男が微妙に体勢を変えていたせいで、リリエムの重心は尻に移動しており、思うように身動きが取れなくなっていた。武術の心得のある彼女には、振り払うことくらいできただろう。しかし男に怪我をさせたらと思うと、それだけで迷いが生じた。

 リリエムの腕に触れる男の手つきは、女ではなく商品を検分しているかのようだったが、下心のにじみ出た下品な手つきに慣れた少女にはかえって刺激的だった。そうなると、男が一目で相手の素性に切り込んできたことすらも恐怖ではなく魅力的なことのように思えてくる。リリエムの胸は高鳴った。男のことをもっと知りたいと思ったが、なんと答えれば相手の気を惹くことができるのかわからなかった。うろたえるリリエムに男が無感情に言った。

「……いや、答えなくていい。君の素性に興味はない。たとえスパイや暗殺者だったとしてもわたしには関係のない話だ」

 男は片手をリリエムの肩に添えたまま、もう一方の手で剥き出しの太腿に触れた。つられてリリエムも視線を落とす。男の手つきは相も変わらず事務的なままだったが、リリエムは男の肩に頭を預けていた。

「踊り子の筋肉の付き方ではないな。かといって重い武器を振り回しているわけでもなさそうだ」

 男の手が太腿から離れ、踊り子特有の丈の短い上衣の中に潜り込んだ。店内での性的な行為は禁じられているので、リリエムは慌てて男と交渉しようとしたが、その前に男の指がリリエムの乳首を乱暴につねった。足の小指をぶつけたようなひどい苦痛だった。リリエムは思わず悲鳴を上げたが、その口を男の手が塞いだ。

「痛覚も正常だな。金が必要なら実験に付き合え」

 男はディアスと名乗った。リリエムはその名に聞き覚えがあった。レイの発案した聖柱結界強化策に真っ先に反対した学者の名前と同じだった。

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