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#7「勇者抹殺計画」【2】

 色とりどりの外壁の家屋が整然と立ち並ぶここ王都ロザリアーネは、ロマール王国の中でもひときわ華やかな街として知られている。しかし夜の帳がおりるとカラフルな彩りは曖昧になる。夜の街から魔術的な輝きが失われ、どれほどの歳月が流れただろう。街角を照らすのは炎の灯りのみだったが、これでも昔に比べると随分明るくなったものだ。長い間、人間社会は飛行能力を有する魔族の目を警戒し、夜になると街や村から光を消していた。その結果、治安の悪化が深刻化し、挙げ句の果てには魔王軍の内通者が光を利用した信号を夜空に向けて放つ有り様。そんな人間社会の夜に光が戻ったのは、紛れもなくレイの功績だった。学者である彼は、聖柱結界の防護機能を強化した。それは結界に触れた物質の衝突速度を算出し、値が大きければ大きいほど強い力を返すというもの。それまでの結界は魔の因子に対してのみ作用する性質で、上空からの攻撃にはほとんど無力だった。せいぜい天使の光魔法攻撃を軽減できる程度。しかしレイの発明によって人類は夜の空を恐れる必要がなくなった。大地の精霊力の消費量の大きさを理由に、一部の学者が聖柱結界の改良に反対したが、来るかどうかもわからない未来の心配をするよりも今をより快適に楽しく、それが社会の総意だった。人間誰しも追い詰められるとろくなことを考えない。しかし快適な環境で生きていけば、精霊力が尽きる前にそれに変わる大いなる力を発見できるに違いない。人々はどこまでも破滅的でポジティブだった。

「今日はありがと。すごく美味しかったよ」

 ヴァルグリンデ帝国の華やかなドレスに身を包んだリリエムは、倍近い年齢の男の背に手を回し、彼をわずかに俯かせ、背伸びしながらキスをした。

「喜んでもらえて何よりだ。君のような子には縁のない場所だろうからね」

「えへへ。しばらくロザリアーネを離れるけど、あたしのこと忘れないでね」

「忘れるはずがなかろう。こんな可愛らしい子はアルフレジア大陸のどこを探しても見つかるまい」

「そうかな。ディアス先生はモテそうだから、もっと可愛い子が……」

 男はそれ以上言わせなかった。長身痩躯の身を屈め、リリエムを抱き寄せると、上を向かせて唇を塞いだ。

 リリエムが勇者レイの従妹であることを彼は知らない。法王の弟に当たる高位聖職者の娘であることも。とはいえリリエムは華やかな上流社会で生きてきたわけではない。彼女は妾腹で、母親は高級娼婦だった。しかもチェンジリングと呼ばれる被差別人種であり、その血はリリエムにも現れている。尖った耳と高い魔力がその特徴だ。チェンジリングとは、かつてのエルフの奴隷種族であった妖魔の血を引く人間の中でもその特徴がはっきりと身体に現れた者のことで、彼らはわずかではあるものの魔の因子を持っている。そのため聖柱結界を通過する際には強い痛みを伴う。チェンジリングに対する差別は禁じられているものの、彼らに対して抱く恐怖も、彼らの抱く疎外感も、消し去ることはできないままだ。

 リリエムはディアスに別れを告げると、王立魔導学院の学生寮を目指して夜の街路を歩く。学生寮には同じ母から生まれたセリムが住んでおり、リリエムはその部屋を間借りしていた。

 近道をするために細い路地に入ったとき、まとわりつくような粘っこい声が彼女を呼び止めた。

「……おい。リリエム。今の男は誰だ」

「お客様よ」リリエムは冷ややかな声で答えた。

 相手がどこの誰なのか、すでに見当はついている。リリエムは嫌悪も露わに振り返り、ゴミを見るような目を相手に向けた。暗がりに立っていたのは、醜く肥え太った五十歳前後の男だった。一目で貴族階級だとわかる豪奢なコートを纏っているが、だらしなく伸びた髪や幼稚な表情に釣り合っておらず、かえって安っぽく見える。彼の名はギデオン。酒場で給仕と踊り子を務めるリリエムにつきまとうタチの悪いストーカーだった。

 ギデオンは歯茎をむき出しにし、唾を飛ばしてがなり立てた。

「せっかく俺の嫁という栄誉を与えてやろうとしたのに裏切りやがって、この売春婦が!」

「よくわかってるじゃない」リリエムはせせら笑った。

 彼女の仕事は実質的には娼婦を兼ねていた。ロマール王国では、法で定められた地区以外の場所で売春をおこなうことは固く禁じられている。しかし王都ロザリアーネの売春可能地区は高級娼館に占められており、庶民には手が届かない。平和な時代だったならば他の街に出かけることもできただろうが、街道に魔物が出没し、人々を襲うこのご時世、命懸けで女を買いに行く者はそういない。そんな社会情勢の中、一部の大衆酒場が売春の斡旋をするようになった。法に反することだから、表向きはあくまでも自由恋愛ということになっている。酒場で出会った踊り子と客が恋に落ちた、その後の二人の関係に酒場の営業主は関与しない、というのがお上に対する言い分だった。そしてリリエムの勤務先は、そのような酒場だった。

「あたしと恋人ゴッコをするには対価が必要なの」

 リリエムは心底馬鹿にした声でギデオンを挑発した。

「お貴族様のくせに。高級娼婦に貢ぐ金もないから安く済ませようとしてるんでしょ。この乞食が」

「黙れ黙れ黙れ、栄誉の価値はプライスレス、栄誉は何ものにも勝る。世界でたった一人しか得られん、いや、歴史上たった一人しか得られん唯一無二の俺の嫁という栄誉を与えてやるというのになんだその態度は。これだから底辺酒場で下級賤民に股を開くような売春婦は……」

「その下級賤民の遊び場の底辺酒場で嫁探し?」

「わが、わがが、わからせてやる!」

 ギデオンは奇声を上げながらリリエムに掴みかかる。かかったな。リリエムは冷笑し、観客の前で踊るように片膝を高く上げる。スカートに深いスリットの入ったヴァルグリンデ帝国のドレスは動きやすい。

「少しは食費を削りなよ、デブ」

 リリエムは勢いよく足を伸ばし、ギデオンの股間に鋭い蹴りを打ち込んだ。ギデオンは声を出すこともできず、その場にうずくまる。リリエムはギデオンの背中を踏みつけると、それ以上彼に構うことなく、靴音を響かせながらセリムの待つ学生寮に向かった。しかし実際に彼女を出迎えたのは、異母姉のミリアムだった。ミリアムはにこりともせず、いつも通りのよそよそしさで、母親の違う妹を弟の部屋に入れた。

リリエムの着ているドレスは中華ロリータをイメージしています。

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