#7「勇者抹殺計画」【1】
ミリアムはレイから身を離し、無言でベッドを抜け出した。ミリアムの中に精を放ったレイはベッドに手足を投げ出し、ぐったりとしているが、彼に対して言いたいことはミリアムには何もない。それにミリアムはこれ以上レイのそばにいたくなかった。
水の流れ落ちる音が絶え間なく聞こえてくる。ミリアムはつかつかと寝室を横切り、装飾性の高い間仕切りで区切られただけの広い浴室に移動する。精霊力を調整しているから、寝室に湿気はこもらない。聞こえてくる水の音は、石造りの浴槽の脇に佇む彫像の持つ水瓶からあふれ出す湯水の音だった。寝室内の声をかき消す効果も担っている。ミリアムは身体を洗い流すと、石造りの浴槽に身を浸した。レイとこのような関係を持ったのは一度や二度ではなかったが、何度経験しても汚辱感がまとわりつく。一刻も早くレイの痕跡を消し去りたくて仕方がない。しかしそれは彼女自身のやましさに原因があった。
ミリアムはレイを殺すつもりだった。セリムを勇者にするために。
レイが死んだからといってセリムが勇者になれるとは限らない。決めるのは聖剣と聖教会だ。聖剣が使い手を選び、聖教会が人類を代表して使い手を勇者に任命する。ミリアムの意向は関係ない。しかしレイが生きている限り、セリムが勇者に選ばれることはない。聖剣の主は世界に一人。そして聖剣は、一度選ばなかった者を再び選ぶことはない。つまりミリアムもリリエムも勇者になることはできない。しかしセリムにはチャンスがある。十六歳になったばかりのセリムはまだ聖剣の試練を受けたことがないのだから。
湯浴みを終えたミリアムはそそくさと服を着て、部屋から立ち去ろうとした。
その背にレイの声がかかる。
「なあ、ミリアム。頼みたいことがあるんだが」
「わたしに頼みごとを……?」
ミリアムは足を止め、振り返ってレイを見た。
二十七歳になった三つ上の従兄が誰かにものを頼むなど、ミリアムの記憶にはないことだった。幼い頃にはあっただろう。しかしメイシャが死んでからというもの、レイは誰かにものを頼むということがなくなった。ミリアムは怪訝に思ったが、深入りしたいとは思わなかった。レイとの間に絆はいらない。レイが死んだあとに引きずられるのは嫌だ。わたしは他人に自分自身の理想を歪められたくない。そしてそう思うのは、自分の弱さを自覚しているからに他ならない。何があろうと己を貫く自信がないから恐れるのだ。だけどいったい何を根拠に自信を持てばいい? レイですら変わってしまったのに。レイにできなかったことがわたしにできるとでも?
レイの表情は薄闇に紛れてよく見えなかったが、その声はどこか楽しげだった。
「ああ。薬草を調合して新しい薬を作ったんだ。試しに飲んでくれないか」
ミリアムはどきりとした。企みを見透かされ、毒殺されるのではないかと思った。そんなものはやましさの生み出す被害妄想に過ぎないと理屈ではわかっていても、心の隅に芽生えた不安をぬぐい去ることはできなかった。ミリアムは慎重に口を開く。その声は自分でも驚くほど弱々しかった。
「一緒に飲んでくれるなら……」
「よし。決まりだな」
レイが笑っているのがわかる。耐えきれず、ミリアムは無言で部屋を出た。




