#6「ヴァルハラの虜囚」【3】
我に返った聖職者たちは魔族の少女に狙いを定め、聖なる魔弾を放ったが、彼女に傷ひとつつけることはできなかった。正確には、彼女の腕を吹き飛ばし、身体にいくつも穴を開けたが、それらは即座に修復され、かすかな痕跡が黒いドレスに残るのみ。聖職者たちに勝ち目はなかった。しかも間の悪いことに彼らは一列に並んでいた。フラムディーヌが鞭を一振りしただけで、聖職者の首がいくつも大聖堂の宙に舞い、或いは床に転がった。
聖堂騎士団が駆けつけたとき、大聖堂の内部に生きた人間はいなかった。
ジャベリンを持った数名の騎士がフラムディーヌに槍を投げる。魔力を帯びた投げ槍は魔族の姫の四肢を貫き、華奢な身体を神聖な祭壇に磔にした。初老の女騎士が剣を抜き、前に進み出る。フラムディーヌの記憶に残る数少ない人間の女。魔族の姫は細い手で四肢に刺さった槍を引き抜き、一本、また一本、騎士に向かって投げ返した。魔族としての力の大半を失ったとはいえ、身体能力の高さは並の人間の比ではない。彼女の投げたジャベリンは騎士を正確に屠っていった。そうしている間にも魔族の姫の傷は塞がり、傷跡ひとつ見えなくなる。
フラムディーヌは鞭を手に、女騎士に向き直った。
「……聖堂騎士団長ラヴィニアね」
「化け物に名を呼ばれる謂われはない」
「勇者レイを産んだ女がわたしを化け物呼ばわりするのね。下等な獣には身の程をわきまえることすらできないのかしら……」
無感情に呟くと、フラムディーヌは炎の鞭を下から上へ、振り上げた。蛇のような炎の帯がラヴィニアの股を裂き、胴を二つに割り開く。しかしその攻撃が女騎士団長の頭部に届くことはなかった。鞭は右の肩に抜け、そのためにラヴィニアは死ぬまでにわずかな時間を要した。
魔族の姫は勇者の母に冷たい笑みを向ける。
「感謝なさい。顔は綺麗なままにしてあげたわ」
残った騎士が剣を抜き、フラムディーヌに襲いかかる。しかし彼らは魔族の姫の敵ではなかった。次元侵略者の振るう異界の炎の鞭の前では甲冑など薄手の布の服も同然だった。聖教会の誇る聖堂騎士団の本隊は、力の大半を失ったたった一人の魔族を相手に壊滅した。フラムディーヌは戦意を失った者たちに告げた。
「勇者レイに伝えなさい。神都イリュージュは魔族の姫フラムディーヌに陥落したと」
知らせを聞いた勇者レイは顔色ひとつ変えなかった。
彼にとって両親の死は復讐の機会を永遠に失ったことを意味していたが、この世界とそこに生きるすべての生命を滅ぼす、その目標の前では些細なことに過ぎなかった。自分の持ち物を奪われて破壊されたような不快感をまったく感じなかったといえば嘘になるが、それでも捨てるに捨てられなかったゴミを処分されたようなもの。むしろ彼の両親は息子の本性を知ることなく世を去ったのだから、魔族の姫の所行は慈悲深いとすら思える。フラムディーヌと名乗る少女には礼をしたいくらいだった。その内容が彼女にとって喜ばしいものなのかどうかを考慮する必要性はまったく感じていなかったが。
神都イリュージュへは少人数で向かうことになった。レイの従妹のミリアムとその妹のリリエム、そして二人の弟のセリムがレイに同行する。国の正規の軍隊は勇者一行とは別に動く。彼らには防衛しなければならない場所があり、動かすには莫大なコストがかかる。その負担を軽減し、効率的に戦果を挙げていくことが勇者に背負わされた役割でもあった。
魔王討伐に向かったリゼット王女一行が消息を絶って三年間、魔王軍には大きな動きは見られなかった。特に魔王ヴァルトゥースについてはいっさいの目撃情報がない。リゼット王女は魔王と相打ちになったのではないか。魔王ヴァルトゥースを失った魔王軍は撤退し、二度と攻めてこないのではないか。そんなことを囁く者が現れるほど穏やかな日々をあざ笑うように現れたのが魔族の姫フラムディーヌだった。




