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#6「ヴァルハラの虜囚」【1】

「……わたしを殺して」

 魔族の姫フラムディーヌは淡いピンクの水晶球に囁きかけ、口付けた。光のない部屋の中、天蓋のついた一人用のベッドの上でフラムディーヌは淡く輝く紅水晶に白い指を這わせながら、もう一方の腕で夜着の中をまさぐっていた。紅水晶には一組の裸の男女が映っている。男の姿は見慣れているが、女は初めて見る顔だった。魔族の姫は紅水晶に映った男に懇願した。

「レイ……お願い……」

 薄手の黒いネグリジェの中をまさぐる彼女の細い指はレイの動きに呼応していた。フラムディーヌはレイの触れた場所に自らの指で触れた。それがたとえどれほど抵抗のあることであっても彼女はその通りにした。紅水晶に映ったレイはエルフの美女の首を絞めながら犯している。彼女はどうやら魔王軍の刺客のようだったが、戦力として期待されることのないフラムディーヌには知らされていないことだった。それでも彼女は紅水晶に映る女と同じ目に遭ったとしても決して死ぬことはないし、なんの後遺症も残らない、そしてそれを自覚している。ただ、苦痛を感じるだけだ。

 フラムディーヌは不老不死だった。実験体に選ばれた彼女は、融合試験に失敗し、その未来を奪われた。魔族の言葉ではヴァルハラ、エルフ語ではアヴァロン、古代竜族語では高次元世界、或いは四次元空間。フラムディーヌの半身はそこに固着し、囚われている。ゆえにこの世の物質、魔術、物理法則では死に至ることがない。いかなる病にもかかることはなく、時間すらも彼女を死に近づけることはできない。彼女の姿は人間でいえば十七歳の少女のまま、変わることがなくなった。たとえ太陽と大地が消え失せ、すべての生命が死に絶えても、彼女の肉体は永遠に再生され続けるだろう。ヴァルハラ、アヴァロン、高次元世界の物質でとどめを刺さない限り。そしてその物質は、レイの持つ聖剣だけだった。

 フラムディーヌの呼吸が乱れ、うっすらとビンクがかった雪のような白い肌に大粒の汗が浮かぶ。

「レイ……」

 紅水晶の中の男がフラムディーヌに応えることはない。レイは刺客の首にかけた両手の力を緩めては、女に空気と希望を与え、直後に首を絞めるという仕打ちを何度も繰り返していた。女の豊かな乳房が揺れる。ほとんど膨らみのないフラムディーヌのものとはまったく違う。嫉妬を感じることはなかった。エルフなど魔族の敵ではない。エルフは次元侵略者の成れの果てだ。彼らはヴァルハラでの闘争に敗れ、下位世界に逃げ込んだあげく、古代竜族を騙し討ちにしようとして失敗した敗北者だ。それにレイ。この男はただの下等な獣に過ぎない。いつ見ても交尾ばかりしている。こんな男に犯されるなんて、どれほど屈辱的だろう。フラムディーヌの背が仰け反り、全身が痙攣する。

 フラムディーヌは先代の魔王ヴァルトゥースの姪だった。しかし魔族社会において血筋はなんの意味も持たない。適性の有無を判断する材料になることがあるくらいだ。そして実験体としての適性があると判断されたフラムディーヌは融合に失敗し、魔族としての力の大半を失った。彼女に期待されていたことは、この世界にありながらヴァルハラの力を行使する超越的な存在になることだったにもかかわらず。それを成し得なかったどころか、処分すらできないとなっては、もはやただのお荷物以下だ。継承の儀によってヴァルハラの星となり、魔族に無尽蔵の魔力を与える先代魔王ヴァルトゥースの姪であることを理由にフラムディーヌの存在が顧みられることはない。

「もうやめ……、レイ……」

 フラムディーヌの声に悲鳴が混じる。しかしレイにその声が届くことはなく、仮に届いていたとしても彼が魔族の姫の願いに従う可能性はきわめて低い。もしも従ったとしてもそれはさらに非情な結果を相手にもたらすときだけだ。フラムディーヌ自身もそのことはわかっていた。レイが聖剣に選ばれた日からずっと彼を見ているのだから。

 癖のない白髪が顔にかかり、フラムディーヌの視界を覆う。それでも紅水晶から漏れ聞こえる息づかいが魔族の姫に聖剣の使い手の興奮のほどを伝える。肉を穿つ粘着質な音が、不老不死の肉体に開いた癒えることのない傷口から溢れ出す血の音のようだ。早く願いを叶えてほしい。赤い瞳に涙が滲む。

 フレデリカが衛兵を伴い寝室に踏み込むまで、フラムディーヌがレイから解放されることはなかった。

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