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#5「よみがえる救世主」【3】

 初めて見たときと比べると、勇者レイの印象は随分と違っていた。先ほどの黒衣とは打って変わって──実際の経過時間はともかくアプサラの感覚では「ついさっき」のことだった──、白衣に身を包んだレイは、冒しがたい神性を有する清潔感のある青年に見えた。しかも今の彼は眼鏡をかけており、怜悧な人物であるかのような印象をアプサラに与える。エルフの国で育った彼女は眼鏡に触れたことがないが、それでも眼鏡の存在と用途自体は知っている。エルフ族にしか見えない精霊を見るための道具であり、人間の世界では学者や魔術師がよく使うと聞いていた。レイは傍らに立つ女と話をしていたが、その態度もまた、さっきとは違っていた。背後から抱きついて乳房を揉もうとしていないし、女の服を強引にはぎ取ろうともしていない。短時間で獣から人間に進化したかのようだ。

 アプサラは記憶の中のレイの姿と目の前の映像を結びつけ、この男は汚らわしい嘘つきだ、そう思い込もうとした。しかし目の前の知的な男にあのような本性があるのだと思うと、かえって後ろ暗い魅力を感じる。この男の本性を暴き立てて破滅させてやりたいとも、そんなことは決してせずに自分の中に大切にしまっておきたいとも思った。アプサラは魅入られたように映像の中のレイを見つめた。レイと女の交わす会話がどこからともなく聞こえてくる。

「……立ち寄りたい場所があるのです」

「おまえの言う宇宙の真理の解明とやらに必要な場所なのか」

「はい。古代竜族の遺跡です。ただし内部の調査がおこなわれたことは一度もありません。遺跡の奥に入るためには聖剣が必要なのです」

「それは妙だな。エルフが聖剣をもたらしたのは古代竜族の滅亡後ではないのか」

「その点はわたしも疑問でした。ですがその遺跡が古代竜族の時代に造られたものであることは確かだと考えます。遺跡内に描かれた星図が今のものとは違うのです」

「星図……か」

「古代竜族は天の軌道を変えようとして滅亡した……その言い伝え故に、今日では天の軌道を変えようと考えること自体が禁忌となっています。ですがわたしにはその判断が正しいとは思えません。真実の探求を放棄して、天の星々の軌道を変えうる可能性に背を向けて……、そのようなことでは人類は永遠に古代竜族を超えられない。遙か昔に滅した種に劣るのです。違いますか」

 女はかすかに微笑んだ。狡猾そうな笑顔だった。女の顔立ちはどことなくレイに似ていたが、顔の輪郭が丸い分、知性よりもずる賢さが際立つような印象だった。リゼットの方が遙かに美人だ。アプサラは素直にそう思った。それにリゼットは寂しそうで可愛くて、レイの隣に立つととてもよく似合うだろう。わたしの目は大きくて子供っぽい顔だから、レイにはきっと似合わない──

 レイは即座には返事をしなかった。彼は目をすっと細めて女の顔を観察すると、やがて彼女から視線を外し、しばらくのあいだ思案に耽った。アプサラの胸はざわめいた。彼の視線やその仕草の一つ一つに知性を感じる。しかし彼に宿る知性は残忍な刃のようで、近づけば全身を切り刻まれるような気がした。

「……ミリアム」

「はい」

「おまえは以前言っていたな。太陽も星なのだと……」

「古代竜族の天文学に従えばそうなります」

「ならば古代竜族の秘術を使えば太陽の軌道を変えることもできるのか?」

「断言はできません。ですが……、可能だとわたしは思います」

「そうか……」

 レイの浮かべた残忍な笑みをアプサラは見逃さなかった。脈拍が早くなり、息が止まりそうになる。彼の放つ存在感は白く輝く死の星のようだ。太陽を星と呼んでいいのなら、レイこそがアプサラの求める太陽そのものなのだろう。

 唐突に背後からランスロットの声がした。

「その男が気になるのか」

 からかうような声色だった。アプサラは軽く苛立った。なんて無神経なんだろう。やっぱりこの人はランスロットとは別人だ。ハイエルフのランスロットはそんな無粋な言い方はしなかった。

 アプサラは振り返らず、レイを注視したまま答えた。

「このような男の人となりに興味はありませんわ。勇者でなければ誰がこんな男を好き好んで見るものですか」

「ああ、説明を忘れていた。そこに映るのは君の望んだものだけだ」

「わたくしは何も……望んでなど……おりませんわ」

「その言葉が真実ならばそれはそれで興味深い。君は己自身を欺いているのだからね」

 早く服を着たい。そんなことを不意に思った。目の前の映像がかき消えて、アプサラは喪失感を覚えた。ランスロットと同じ声が背後から聞こえてくる。その言葉はまるでアプサラの内心を読み取ったかのようだった。

「衣服や装備品の復元は、その先の転移門の手前でできる。下界に存在するものであれば大抵のものは復元可能だ。好きな格好をすればいい。勇者レイとの初めてのデートなのだからな」

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