#5「よみがえる救世主」【2】
「どこに行くつもりだ?」
「それは……」
男の問いかけにアプサラは口ごもり、視線を落とす。
彼の話によると、生まれ故郷はすでに滅んだ。もしも嘘なのだったとしても、あの場所に戻るつもりはなかった。アプサラはエルフの国で疎外感を感じていた。エルフ族も人間も表向きはアプサラに親切に接してくれていたが、それが真逆の本心を隠すためであることをアプサラは感じ取っていた。それに北の最果てのエルフの集落に閉じこもっていてはいつまで経っても世界を救うことなどできないだろう。アーサリア女王の駒になるつもりもない。しかし選ぶべきではない選択肢が明白でも、今からどこに行き、いったい何をすればいいのか、アプサラにはわからなかった。
服を着ていないことが急に心細く思えてくる。救世主になるために必要だったはずのものを紛失してしまったことに今更ながら気が付いて、アプサラはランスロットと同じ顔の男を見た。
「わたくしは『影』の剣を探しに行かなければなりませんの」
「聖剣の『影』は君と共にある。あの世界に戻ればいつでも喚び出せるだろう」
「ですが宝玉の欠片をなくしてしまいましたわ」
太腿に巻き付けていたベルトの存在を思い出す。聖剣の『影』を収納していた貴石を固定するためのベルト。あるはずのものがないことを強く意識すると、心細さは胸に開いた空洞のように大きくなる。サラのようにランスロットに甘えてみたかったが、アプサラは凍り付いたようにその場から動けなかった。そんな内心を知ってか知らずか、ランスロットと同じ顔の男はこともなげに答えた。
「あの石はただの補助装置だ。君はすでに聖剣の『影』の掴み方を知っている。補助装置など君にはもう必要のないものなのだよ。だが、不安があるならば、ここで復元すればいい。君の身につけていたものは何でも復元できるだろう」
「宝玉の欠片を復元する前に『影』の剣の召喚を試したく存じますわ」
アプサラにとってはそれが精一杯の求愛だった。聖剣の『影』を無から引き出せるようになるまで付き添ってほしいとアプサラは言いたかった。しかし彼女と同じ顔の女が彼女の希望を砕いた。
「ここに聖剣の『影』はないわ」
「どういう意味ですの?」
アプサラはサラを警戒した。彼女とはあまり話したくなかった。彼女が嘘をついているとは思わない。ただ、彼女と向き合うと惨めな気分になるだけだ。サラは男にしなだれかかり「教えてあげて」と促した。ランスロットと瓜二つの男は穏やかな目でアプサラを見た。
「聖剣はアヴァロンで鍛えられた。アヴァロンの物質はアヴァロンにしか存在し得ない。異なる世界に運ぶ際には再構築が必要になる。その世界の法則に合わせて作り替えるのだよ。聖剣と『影』はもともとは同一の存在だった。しかし次元の境界を越える際に分解され、移動先の法則に合わせて聖剣と『影』に分離した。聖剣の『影』に実体はない。逆に言えば、『影』の掴み方を知る者であれば、その世界のどこにいても『影』を引き出せる。世界から隔離されたこの場所では不可能だが。……正確ではない箇所もあるが、わかりやすく説明するとこんなところだ」
「アヴァロンは四次元、あなたの世界は三次元、ここは次元の狭間にあるの」
サラの補足はアプサラには意味がわからなかった。ただ彼女の声色はどこか自慢げで、相手の理解を促すために言っているのではないのだろう、同一人物だからこそそれだけは理解できた。
男はサラを無視してアプサラの名を呼ぶと、彼女の後方を差し示した。
「下界の様子を観察してから行き先を決めるといい。転移門を使えばどこにでも行ける。ただし一方通行だ。死ぬまでここには戻れない。もしも君が長期にわたって監禁されるような事態になれば、予備のクローン体に記憶を移植して、新たな救世主として地上に派遣する」
「わたくしはどうなりますの?」
「自力で脱出するまで監禁されたままだ。わたしが君の救助に向かうことはない。無論、新たな救世主に救助を命じることもない。不死身だと思って油断をするな。君は『影』の剣を扱えるだけの、生身の人間に過ぎないのだからな」
「承知しておりますわ」
それだけ言うと、アプサラは男の示す方を見るべく二人に背を向けた。そこには何もなかったが、アプサラは振り返らなかった。別人だと知っていても、初恋の相手と瓜二つの男に情けない顔を見せたくなかった。今は二人から離れたかった。何もないとわかっていても、部屋の隅まで行きたかった。しかし数歩進んだところで、空中に絵が現れた。いや、ただの絵ではない。地上のどこかの室内の様子が宙に映っている。そこにいるのは白衣を纏った一組の男女だった。男がレイであることにアプサラはすぐには気づかなかった。




