#3「遠い約束」【3】
「それはできない」
ランスロットはきっぱりと答えた。
「アヴァロンの鍵はエルフの至宝。部外者の手に委ねるわけにはいかない。たとえ永きにわたり大賢者として我々と共にあった恩人であっても。どうしてもと言うのならば、わたくしがお供いたしましょう」
「悪い案ではありませんね。ですが──」
エリオの表情は変わらなかった。ただ、彼を取り巻くように風の精霊の力が増すのをランスロットは感じ取った。黒衣の裾と一つに束ねた長い髪をなびかせながら、エリオは穏やかに言葉を続ける。
「ですがランスロット卿、あなたには荷物が多すぎる。わたしと共に来るのなら、この場で捨てていただきましょう。あなたの人格、あなたの意思、そしてその命を」
「なんだと……」
ランスロットはしばし絶句した後、剣の柄に手をかけた。
エリオの余裕は消えなかった。むしろ挑発するように軽く顎を上げ、エルフの騎士に優しく語る。
「……エルフ族には本当に申し訳のないことをしました。進化の秘法を使ったばかりにあのようなことになってしまった。わたしが未熟だったのです。進化の意味を履き違えていた。高次元生命体であるエルフ族を魔法の力で急速に進化させれば、この次元の現在の環境に適応し、ただの人間に成り下がる。進化の秘法を使ったところで、高次元生命体としての神性を取り戻せるわけではなかった」
「つまり、エルフを滅ぼしたのは……」
ランスロットは悟った。エルフ族の滅亡は自然の理などではなかった。たった一人の大魔術師の引き起こした人災だった。滅びは世界の意思ではなかった。すべての生命の総意ではなかった。エルフ族には復活の希望が残っていたはずだった。アーサリアの判断など信じずに、魔王軍との同盟を進言するべきだった。エルフを滅ぼしたのは、目の前の男などではなく、アーサリア一人に責任を委ねたエルフ自身だった。
剣の柄を握りしめるランスロットの腕が震える。
エリオの声は優しく穏やかなままだった。
「エルフを滅ぼしたのは魔王リゼットの率いる天使の軍勢です。あなたがここに来なくてもその運命は変わらなかった。ですがそれでもあなたは決してわたしを許さないでしょう。自分自身の判断を許すことがないように。ですからそのような心はここで捨てていただきます。……ご安心ください、あなたの亡骸は有効活用いたします。わたしはネクロマンサーの術も修得しておりますので」
エリオの言葉の意味に気づいてランスロットは剣を抜いた。自分の死後の肉体を兵士として利用するような輩を生かしておくわけにはいかなかった。ランスロットはエリオに切りかかる。その腕が吹き飛んだ。エリオの生み出す風の刃がランスロットの腕を切断した。ランスロットはバランスを崩し、その場に転倒する。即座に起きあがろうとしたが、うまくいかなかった。ただ、腕を落とされたことは、わずかではあるが慰めになった。これで戦士として再利用するには価値のない死体になる。
ランスロットは苦痛をこらえ、旧友に語りかけた。
「……哀れなものだな。主たる古代竜族が滅亡した後も、奉仕種族として奴隷のように生き続けねばならないとは……」
「何故わたしを哀れむのです? 自らの誕生を疑問に思うこともなく、その生を歩むことができる。知性ある者にとって……、いいえ、すべての生命にとって、これ以上の幸せがあるのでしょうか」
そう答えるエリオの表情を確認することはできなかった。エリオの生み出す黒い風がランスロットの四肢を切断する。今際のきわにランスロットは気づいた。エリオの膨大な魔力の源。エリオはアヴァロンのエリシャから魔力を引き出している。おそらくずっと昔から、大賢者マーリンだった頃から彼はエリシャと共にあったのだろう。エリオ以上の魔力の持ち主はこの世界には存在しない。その確信はランスロットに絶望をもたらした。そのような大魔術師にとって、ネクロマンシーに用いる死体に手足がないことなど、いったい何の問題になるだろう。
「また姿を変えたのですね」
エリオは宙に漂うエリシャの全身を嬉しげに眺めた。
「レイに似ている。それにリゼットにも。二人の間に子供ができれば今のあなたのような顔になるのでしょうね」
「あなたに似せたのよ」
エリシャは無表情のまま、ぽつりと呟いた。
「それは……気が付かなかった……」
エリオが言い終わる前にエリシャの姿はかき消えた。エリオは気にする素振りも見せず、儀式の準備を続行する。エリシャの気配が消え失せても、エリオは内なる魔力を通じて彼女の存在を常に感じていた。




