3ー17 舞闘演舞って何? 舞踊闘舞じゃないの?
時間をずらしましたが、連続投稿です。おきをつけて。
3ー17 舞闘演舞って何? 舞踊闘舞じゃないの?
結論として、まともに取り合ってはもらえなかった。
一応話を聞かれはしたが、そもそもが身分証を提示出来ないくせに身なりが良いとか、どこぞのお貴族様にしか見えないのである。いつ壊れるか分からない街灯などよりも、現実的に発生する喧嘩やらの対応に追われていて手が足りないらしく、事情聴取の間もひっきりなしに駆け込みがあって、彼らが追い出されたのもそのうちの一件だ。シトリが粘っている間に、周囲から漏れ聞こえてくる話をかき集めたので、多少の状況を掴むことは出来た。ただ、イーリスが”興図”を起動すれば分かる程度のことでしかなかったので、収穫はないに等しい。
予想の裡だったので、イーリスに落胆はない。だが、シトリも平気な顔をしているのは解せなかった。
その理由が分かったのは、翌日である。
※ ※ ※
「姐さんの紹介ならまあ、入団試験くらいはしてやってもいいですけどよ」
「ええ、お願いするわ」
朝も早くから馬車と連れ込まれ、何の了承も説明もなく訪れた先、商館での会話である。賄賂でも贈るのかと思いきや、何やら話が焦臭い。
(商館……だよな……?)
イーリスは周囲を見回した。外見は完全な商館――ただし、ちょっと古め――だった。隣接した雑貨屋は内部で繋がっていて、どうやらそこで商売はしているらしい。しかし、商館というのは確か、商品を保管するとか、商談をするとか、そのための建物だったはず。間違っても、一角の壁をぶち抜いて雑貨屋をやるとか、そういうことをする場所ではない。まして、武器商人の看板もないのに壁一面に武器が掛けられていて、しかも手入れを怠っているようには見えないとか、そんな商館があるものか。
とはいえ、これだけ一堂に数多の武器が並ぶのは壮観である。つい、それに見入ってしまう。ついでについつい自分の武器――鉄扇を探したくなった。
久々に触ったあれは、悪くなかった。けれど衣装と共にあの宿に置いてきてしまったから、当分はまたお預けである。何か荒事があったところで何の問題もないし、そもそも基本が遠距離から術を使っての必殺なので、あれは完全に趣味の品だ。だが趣味人の例に漏れず、その分の理解が深い。二刀流の相手にもあれで負けないだけの自信はあるのだ。
ただやはり、闘舞で勘を取り戻した程度なので、元の技量には程遠いと認識していて、あっさり勝てたのは相手の技量不足だと思っているイーリスである。よくよく考えれば、少なくともあの大会の頂点を極めんがための決勝戦なので、言うほど技量が浅いはずは無いのだが。
「で、兄さん。何を探してんだい?」
「ん? ああ、鉄扇をね。置いてあるか?」
「鉄扇? また珍しいもんを……ねぇぞ、流石に」
「そうか、残念だな」
せっかくだから、持ち歩いて勘を更に研ぎ澄ませたい。下手に術を使うとどこへ繋がるかわからないし、少なくともあの移動遊園地では御法度だ。素手の相手も出来なくはないが、やはり武器相手となると、遠慮したい。そんなことを考えながら、ゆっくりと見て回り、手に取ってみる。だがどれも、馴染むとは思えなかった。以前は何を使っていたのやらと、自分に苦笑する。
「……あんたまさか、他に得手の武器がないとか言わねぇだろうな?」
「得手の?」
と言われても、とイーリスは眉根を軽く寄せた。何しろ全ての武器を操り舞うことが真骨頂と言われる舞闘演舞の舞手である。そのためには各武器の演舞を修める必要があってもちろんそれをこなして来た身であるので、どれも扱える。まあ、腕のいい傭兵程度、には。
「は? そんな話、聞いたことねぇぞ?」
「舞闘演舞って何? 舞踊闘舞じゃないの?」
「え?」
三者三様に固まって、ついでに周囲からの視線も集まった。舞闘演舞ってのは、と商館の男がシトリに向かって告げる。
「そのまんま、演舞なんすよ。武器持ってやるのは一緒だけど、別に勝ち負けを競うわけじゃないっつーか……それじゃ面白くないってんで始まったのが舞踊闘舞だって言われてまさぁ」
「一応は勝ち負けというか、出来を競うんだが、実際に斬り合ったりはしないんだ。あくまで相手を誘い、乗せて、打ち合ってから離れるまでも舞い続ける妙技というか……」
「……ああ、あくまで演舞なのね。それで、どうして各武器の演舞って話になるの?」
何故と言われても、そういうものだと習っただけである。一応、各武器の動き体感で覚えておけという意味があったようだが、今の舞踊闘舞を見る限り、そこまでやらなくても立ち会えるようだったしと説明に困るイーリスに、不意に声が掛けられた。
「そこの若いの。…今はもう、舞闘演舞が廃れるとが、どこで習ったのかの?」
「え?」
「儂の若いころはまだ、幾つか残っておったがのぅ。もう今はどこも、舞踊闘舞に鞍替えしとるよ。未だに舞闘演舞を教える流派があるとは、懐かしいのぅ」
懐かしまれて、イーリスはちょっとだけ視線を反らした。もうどれほど昔のことなのか、思い出せないのだ。
と、そこへ耳打ちをしたのは、受付にいたらしき女性である。老人が驚いたかのように目を見開いた。
「これはこれは、すまんことを聞いたのぅ。そうか、シトリ嬢殿の連れ御じゃったか。そうかそうか……」
目の前の男もそうだったが、とイーリスはシトリを見た。内緒、と唇に指を当てる彼女はどうやら、自分が何者であるか彼らに明かしているらしい。頷く老人に何か悪いことをしてしまったような気がして、イーリスは短く息を吐く。ずいぶん前の話だからと前置きをして、流派を告げる。
「”旋舞千具”。主舞具は鉄扇だ」
ざわわっと周囲に動揺が広がった。
まあその反応自体は、当時からそうだったので気にならない。何しろ他流派仕合を推奨するし、傭兵を雇って武具の教えを請うし、主教国まで伝手もあるしと、違う意味で有名な集団だったのだ。
だが、彼らの反応の理由は違ったのだ。
「”千武一具”じゃねえのか」
「いや、それ傭兵団だろ?」
ずいぶんと紛らわしい名前の傭兵団があったものである。いや、傭兵として旅立った同門の徒もいたし、彼らが立ち上げた可能性はなくもない。それは御時世からして当たり前の話だが、そんな紛らわしい名前をつけたとなると、ちょっといただけない。無関係な人であってもそこは同様である。
「そうかそうか、”旋舞千具”じゃったか。それならお前さん、うちよりも”千武一具”のほうが性に合うやもしれんぞ?」
老人が笑いながら語ってくれたところによると、”旋舞千具”は舞踊闘舞の一門であり、”千武一具”はその門戸生が立ち上げた傭兵集団ということだった。おかげで様々な武器の玄人が集まっているが、傭兵団としての成績はあまり、よろしくはないらしい。どちらかというと、魔物退治や夜盗の撃退などに重きを置いており、戦地へはあまり出向かないせいだとか。
それならば納得だった。何しろイーリスの知る彼らは戦争嫌いで、やれ国から逃げ出した貴族の坊だの、徴兵逃れ中の商人の息子だのと、見つかると面倒な面々がかなりの数、在籍していたのだ。もちろん、そのうちの一人でもあるので、そこについて何かを言う気はない。
「だがそうなると……はて、変な風に覚えておらんか?」
「え?」
「儂の友人に"千武一具"の舞人がおるよ。「全ての武器と仕合える舞踊手こそが、舞踏演舞の真骨頂であるから、とりあえず好き嫌い言わずに一通り修めろ」と、いろんな武器を使わされると嘆いとったよ」
「え、いや、それは……あ、いや…そう……か……?」
思わず反論しかけたイーリスだったが、言われてみればその方が納得できると口籠もる。そもそも自分自身を思い返してみれば、鉄扇に出会うまで何を使っても馴染めずにいたのではなかったか。”旋舞千具”の扉を叩いたのも、身元を気にしないということに加えて様々な武具が触れるというその話に惹かれたためだ。どこで変な風に記憶が絡まったかと言えば、たぶん師匠のせいだ、きっとそうだ。下手をすると門主その人のせいかもしれないけれど、ほとんど接点はないから師匠でいい、うん。
そんな風に無理矢理納得したところで、最初の男が声を掛けてきた。
「で、話を戻すがよ。結局、武器は何がいいんだ?」
「……まあ、大剣かな」
「大剣ねぇ。邪魔だと思うぜ?」
「邪魔?」
「おう、大剣使いで登録するからよ。それしか持ち歩けなくなるぜ?」
「っと、それは待ってくれ……」
大剣なのは、単に見栄えがするからである。後は、他者への威圧感もある。軽々と大剣を振り回す優男が攻めてきたら、よほどの剛のものでなければ気が引ける。しかし、それだけだ。狭いところでは振り回せないし、周りに被害が出やすいし、何より重くて邪魔である。
「忘れてるみたいだけど、イーリス。術の使用は厳禁よ。あなた、その身体で扱えるの?」
む、とイーリスは己の手を見た。いちおう、成人男性くらいの筋力はあるはずだが、確かにあの闘技場での一連を思い出すと、重量物は得策ではない。であれば、と周囲を見回した。
大剣の他は、長剣と短剣。どれも直刀だ。蛇腹剣に細剣もあったが、これは流石に使いにくい。槍や棍、長柄鎌もあった。お遊びとしてはそれもありだが、持ち歩くものとしては不適であるので却下する。偃月刀らしきものもあったが、これは修めるどころかまともに扱えないのでやはり却下する。当時はまだ各国の交流は盛んではなかったから、伝わっていなかったのだ。
「あ」
イーリスは大小二本のそれを――刀を手に取った。鞘から抜き取り、その反りを見て、身体に合わせて長さを確かめる。少々短い気もするが、悪くない。軽く振ってみて、頷いた。
「それにするかい? んじゃそれ持って、あっちな。仕合すっからよ」
「あ、やっぱりやるのか」
「あったりめーよ。”千武一具”も”旋舞千具”も、来る者拒まずでも有名だからな」
そこは変わっていないのかとイーリスは笑った。妖魔であることを隠さなかった彼を受け入れたのは、”千武一具”だけである。もちろん中では、術は使わなかった。まあ、体力回復のそれだけは使っていたが、皆がへばるまで相手をしてもらったことが懐かしい。当時は門下生もさほどいなくて、暇だったのだろう。今はどうなのか、落ち着いたら覗いてみようか。当時の仲間は墓の下だろうけれど。
そんなことを考えている間に準備は整い、闘技場で男と対峙する。
「一応、名乗っとくぜ。”一旋流”の師範代トルベ・ジーノ」
にやりと男が笑った。どうやら舞踊闘舞の一門らしい。どの程度かはわからないが、師範代となれば手加減は不要だろうと、イーリスも同じく名乗りを上げた。
「”旋舞千具”鉄扇筆頭補佐 不知火」
「は? いやちょっとまて、なんで筆頭に補佐があるんだよ!? つか何だよ、シラヌイって!?」
「当時の名前だ。それから、筆頭補佐は私のための段位でね。師範は務まらなくても補佐くらいやれと言われたよ」
「……て、ことは?」
「性能的には”師範”程度、ということだろうな。ま、空白期間が長いから、そこまでは言わないけどな」
別に問題ないだろうとイーリスは嘯く。師範に次ぐ段位とは言え、空白期間があるし、相手を傷つけないことが前提の舞踊である。あちらも師範代ということなら、実力は同じくらいだろうし。
ち、と男は舌を打つ。自分の技量に自信はあるが、何せ相手は見たことのない鉄扇使い、しかも筆頭補佐とかいう変な位だ。刀を使うからと言って、どんな動きをしてくるのか予想が付かない。姐さんは全幅の信頼を置いてる気配だし、本人も臆するところがないし、これが入団試験とか何の冗談だ。そう、声を大にして叫びたい気分だったが、頭を振ることで無理矢理にそれを押さえて、問いかける。
「…で、挑戦者さんよ。何がいい?」
「――では、”月の光”を」
告げられた曲名に、またしても周囲はざわめいた。それは舞踊闘舞の舞士であれば誰しもが知る曲ではあるが、奏鳴曲である。その曲調といい、拍子といい、舞踊闘舞に向くとはとても思われない曲だから、無理はない。しかし、イーリスとしてはそれだけのざわめきが理解出来なかった。何しろ彼にとっては、”鐘の輪舞曲”と同じくらいに慣れ親しんだ曲、程度の意味合いしかないのだ。ただまあ、と少しだけ笑みを浮かべる。ゆったりした曲調のそれは、よほどの者でなければ踊りこなせない。自分と相手の力量を測るのに、ちょうどよいと考えたのだ。
舞手二人が位置につくと、ピアノが曲を奏で始める。静かに響くその旋律に乗りながら、二人は互いの位置を測り、打ち合わずただ、己の舞を披露する。まだこの時点では互いに様子見であり、演奏者の癖合わせでもあった。
変わったのは第二楽章へ入ってから。その軽やかな響きに合わせてステップを踏み、撥ねる音で刃を交える。重みを持つ響きでは互いに振り抜き、やがて第三楽章、一気に変わった旋律と拍子に踊らせるかのように激しい打ち合いが始まった。
だがその時点で、勝敗は誰の目にも明らかだった。イーリスは一瞬たりとも止まることなくステップを踏み続け、打ち合いに相手を誘い込む。トルベ・ジーノは誘いに乗ると見せて切り込んで、イーリスの拍子を崩そうとするけれど、彼は崩れない。並の舞手であればすでに乱されているだろう拍子を保ち続け、逆にトルベ・ジーノを己の舞に引き込んで己と同じステップに変律させる、それはまさに師と呼ぶにふさわしい力量であり、舞いであった。
力強く打ち鳴らされる和音と軽やかさに重みを与える不協和音を己のものとして、鮮やかに周囲を魅了して――相手の武器をはじきあげ、誰もいないところに落として――優雅な一礼で、終曲を迎える。
勝敗はもちろん覆らず、イーリスの圧勝であった。




