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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第三章
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☆3-10 真面目にそろそろ、出たくない?

2020/01/30 ネタ間違いのための全面改稿 その3。

 この話はあまり変化がないはず。

「まったく、何を考えてるのかしらイーリスったら」

 ずんずんと夕闇を引き釣りながら、シトリはぼやく。

 夕闇が拾い子で、メモリアの教育役を押し付けた、そこはいい。互いに未熟であるなら研鑽しあうだろうし、このかわいらしさであるから文句もなかろう。しかし、である。

 宴会にいきなり放り込んでおいて、しかも酔いつぶれたからと言って放置して挙句に天籟とともに風呂に閉じ込めてきたとか、許しがたい暴挙である。そもそも、天籟の料理はお気に入りなのだ。だから乗船券を融通しただけでなく、自分も訪れた。彼とともに楽しもうと、そう思ってのことだ。なのに天籟の料理が楽しめないなんて。

 そんなことを切々と訴えたら、意外とあっさり白旗が上がったのだ。「用意するから、湯浴みでもしてこい」と。

 願ったり叶ったりである。天籟とは方向性が違う料理だが、それがまたいい。フェネクスが一応は天籟の料理を楽しんだということもあり、矛先を納めることにしたのである。

 収めたのだが――湯浴みの楽しみ方は、また別である。


「湯浴み着もちゃんとあるわね。ふふ、こういうものはやはり、本物を着ないと。ね、夕闇ちゃん。そうは思わない?」

「え、あの。……そう、ですね」

 衝立越しに渡したそれは、温泉で有名な町で見かけたものだ。着方は流石に分かるだろう。面白かったのでいくつか購入し、大浴場がある宿には必ず置くことにしている。術での創造も可能だが、ちょっとした難点がある。人間相手の宿である以上、避けねばならない難点なので買うことにした。まあそれを買いに行くという口実で町に出る仲居たちは楽しいらしいので、このまま進めるつもりである。


「そう言えば、祭で素敵な衣装を着ていたそうね。どうしたの?」

「あれは、町で買わされまして……あれ?」

 そう言えばと夕闇は呟いた。支払いはあの苦労人持ちらしいが、あの衣装は結局どうしたのだろうか。目覚めた時にはもう着ていなかったし、そのことを思い出しもしなかったから聞いたりもしなかった。二度着たいとは思えないものだったから、未練は全くないけれど、ちょっと気になるところである。


「どうしたの?」

「いえ、そう言えばいつ脱いだのかも覚えがなく……ってあの、あのシトリさま!? 危ないですよ!?」

 上から振ってきた声に顔を上げれば、そこから彼女が覗き込んでいた。


「”屏風覗き”よ」

「――って妖怪じゃないですか」

「あら知ってるの?」

 はっとしたかのように、夕闇が視線を反らした。ふうん、とシトリは目を細くする。

 彼女が言ったそれは、古き東の果ての国に伝わる魔物の一種である。屏風や衝立と言った相手を隔てる家具を立てると、その上から覗き込むという覗き魔だ。害はただ覗かれることだけという奇妙な魔物で、追い払うにはそういった道具を使わないようにするしかないという、面倒な存在である。でもそれは、遙か昔、フェネクスに聞いた御伽話だ。いるかどうかも分からない、生き残っているかなんて更に怪しい夢物語の存在である。妖魔の中でもそれを知るのは、自分と彼くらいではないだろうか。もちろん自分と同じように、彼が教えたという可能性もあるけれど。


(私の称号(こと)を知ってたし…ね。たぶん、そういうことでしょうけど)

 ちょっとだけその目が険しくなり、雰囲気も畏怖に流れ掛けたせいで夕闇が一歩を引いた。あらあらと笑って誤魔化して、まずはと一番大きな湯船を目指し――女二人は盛大に溜息をついた。


「……閉じ込めたって……」

「言ってたわね……」

 湯船があるはずの場所は、湯気で覆われていた。濛々(もうもう)として中を覗けないそれを解いてみようとしたシトリだったが、すぐに諦める。干渉を受け流す――検知した妖力を分解・吸収し、結界の維持に充てる方式だと分かったのだ。フェネクスはそう言えば、妖力の消費を嫌うのだったか。

 それでも解除を試みる夕闇を抱え込み、ジタバタと暴れる彼女を意にも介さず、岩山へとつれて上る。どんな仕組みかと説明したら、諦めたようで大人しくなってくれた。ここの湯温は低めだから、まあ彼らは低温蒸し風呂を楽しんでいることだろう。二人きりで話したいことでもあるし、彼らが出てこられないのは都合もいい。


「……あら、お酒?」

「飲みかけ……ですね」

 絶景を楽しめるそこは小さめの湯船で、足こそ伸ばせるけれど二人も入ればいっぱいだ。そんなところでに酒を持ち込む人物など知れていて、二人はまた苦笑した。

 一応はと掛け湯をして、夕闇を見ると同じく掛け湯を知っていた。さてこの辺りは、妖魔の知識にあったかどうか。まあ、在ってもそれを行かせるかという問題もあるから、一概には言えないのだが。シトリが湯船に身を沈めると、同じく隣へと落ち着いた夕闇にはちらりと視線を投げるだけにして、盥に手を伸ばす。一応、礼儀として彼女を見るが、断られた。代わりにと徳利を取り上げられて、お酌をされた。


(悪くないわね。いつかゆっくり、本気で楽しみたいわ)

 まだ冷えているそれだったが残りは少なく、三杯目で空になった。そうなるともう、することはない。なので本題に入ろうかと、かなり緊張しているのが見て取れる夕闇をちょいちょいと呼び寄せた。


「その身体は、恥ずかしい?」

「――え?」

「掛け湯するとき、後ろを向いていたから」

 着替えるときも手早かったし、どうにも身体を見られないようにしているとしか思えなかったから、そんなことを聞いてみた。


「……あの……何のことでしょう……?」

 言葉は分かれど意味がわからず、夕闇は首を傾げた。背を向けた自覚はないのだが、あの湯煙に閉じ込められているアヴィが気になってしまってそちらを見たかもしれない。別に、身体を見られることに抵抗はない。まあ、人間相手であれば気をつけなければとは思うけれど、その程度だ。まして相手は古参の魔王が一人で同性で、湯浴み着も着ているし、どこを気にするかと言えば、まあ自分の身体が珍しいものだということと、この身体である理由を聞かれたどう答えるかとか、そういうところか。そう言えば、アヴィはどう思ったのだろう。あの後、まともに話せていない気がするけれど。


「ああ、そうなの。いい子ね、貴女」

「……はい?」

「ううん、こちらの話」

 実は未だに思考がダダ漏れであることに気づいていない夕闇に、シトリは笑う。アヴィというのが誰かわからないが、まあたぶん、フェネクスが言うところのメモリアであろうと推測は出来た。どういう経緯で裸を見せたのかは知らないが、悪くない反応だったのだろう。それならそれで、と彼女を抱きしめる。


「あの、シトリさま!?」

「ああ、別に欲情してるわけじゃないから、安心して?」

「無理ですぅっ!?」

 夕闇がジタバタするが、シトリは気にしない。背中からとは言え、手を捕らえ、足を絡めて全身で拘束するその様を見られたら、誰がどうみても誤解するだろうが、……まず、誰も見に来ない。来るわけがない。何しろ彼女は魔王であり、ここの楼主なのだから。


「術式を一つ、あげるわ。どこでどう使うかは、貴女の好きにしていいから。大人しく受け入れなさい」

 その言葉を最後に、夕闇は意識を飛ばした。


   ※  ※  ※


「なぁ、そろそろ諦めたらどうだ?」

「やだっ」

 残されたアヴィは、檻を解こうとジタバタしていた。

 お目付役とばかりに置いて行かれた天籟は、風呂を堪能している。

 二人とも、湯船から出られないのである。一応、縁に腰掛けることは出来るので、上せることはなさそうだが。


「ああもうどうなってんだよとっかかりが何処にもないとかっ」

 そりゃなあ、と天籟は横目で彼を見る。敬愛……は横に置くとしても、魔王様の結界である。というか、檻である。そうそう簡単に解けるものではない。というのが彼の認識だ。

 アヴィからすれば、”興図”もそのほかの術も編纂出来たのだから、これも出来てしかるべき。という認識だ。まあ実のところ、発動済みの術なので手の加えようがないのだが、それを彼が知るのはずっと先のことである。


「諦めな。こういうの、フェネクスさまの得意技だから」

「得意って何、得意って!?」

「んー、空間支配が得意なんだってさ」

 何しろ、離れの一棟をまるごと迷宮に仕立ててしまえるのである。それを一点に集中して檻など仕立てられたら、同じ魔王さまたちでも解けないのではなかろうか。どちらの術も、一人で放浪していたころに必要に迫られて考案したとは聞いたが、改良を続けていたらしいと呆れ半分感心半分である。


「しかし相変わらず、頭回るよなぁ……」

 事の元凶はあの爆発音である。その瞬間に檻が張られて彼自身は姿を消したのだから、大した反応速度だ。方角からして大広間に残した彼女に何かあったのだろうとは思うが、確かめにも行けないし、どうやら声も届かないらしく、誰も入ってこない。まあ、妥当な処置だろう……自分がそこに含まれていなければ。女将が動けないところで自分もいないとなると、ちょっとざわつくのだが。


(うーん…たぶん、こいつが暴走しないようにってことなんだろうなぁ)

 昨夜のあれからしても、とてもわかりやすい二人である。あの魔王さまが気づいていないことはないだろう。…気にしてはいないかもしれないが。ああ、うん。女将という実例もあるし、それがあり得るか。――にしては多分彼は、その辺りがどうでもいいのだろう。多分自分がそれに含まれるのは、彼のお守りと言ったところか。その信頼は嬉しいんだが、遣り方とかなんか、あるんじゃないだろうか。それに、彼は自分たちと違って自我もはっきりしているし……と言うか、暴走したときに押さえたり出来るんだろうか、自分に?

 そこまで思考が進んだところで、天籟は視線をあげた。そこには万策尽きたと言った体のアヴィがいる。


「……」

 ふい。目は口ほどにものを言うらしいが、うん。よく分かる。そんなことを思いながらなんとなく、視線を反らした先は入り口だ。早く戻ってきてくれないものかと願いながら。


(……ん、誰か来た?)

 二人分、人影があった。どうやらこの檻、周囲を見えにくくする効果もあるようで、曇り硝子の向こう側を見ているようである。フェネクスがそこまで配慮する理由はない気がするのだが、さて、誰だろうか。彼でないことは、その髪の色から分かる。というか、あれだけはっきりした赤髪と銀髪など、仲居にいただろうか。


「……赤? ってあの娘じゃ……銀? 銀!? シトリ様!? え、なんで!? 来てんの!? てかなんで一緒に居んの!? まさか風呂使う気…だよな、それしかないよな。なんでこっちに…ああそういやあの方大浴場好きだった。ってここ混浴だぞ、あの娘知らないだろ、教えてないよな!?」

「いや俺も聞いてないけど」

 昨夜の記憶から、たぶん気にしないんではなかろうかとアヴィは思う。だが当然、天籟はそんなことを知るはずがない。ちょっとした騒動を予想した天籟が顔を青くするが、幸いにも二人はすぐに立ち去った。


「今のさ、誰?」

「ん? あ、たぶん銀髪のほうが楼主さまだと思うけど。赤髪のほうは、あの娘だろ?」

「――”楼主”。宿の亭主。特に妓楼の主を指すことが多い」

「へ? いや、妓楼じゃねえから、ここ、普通に宿だから! いやまそりゃ紹介制だしその気で相手する奴もいなくはないけどな!?」

「いるのかよ!?」

 あわわわわと天籟は口を押さえた。うっかり、である。ちなみに漏らしたそれは事実ではあるのだが、金は取っていないし、そのつもりでの紹介もない。要は客に見初められた仲居の面々にその気があれば、と言う奴だ。むろん相手もそれは承知しており、丁度いい遊び相手になるらしい。中には気に入られてそのまま旅に同行した者もいる。


「いるのかよ……」

「いるんだよ。まあ、幸せにやってるらしいぞ?」

「へー……」

 それは所謂妾という奴であるからして、幸せの定義が自分とは違うんだろうなと、アヴィは無理矢理納得することにした。


「で、さ」

「ん?」

「真面目にそろそろ、出たくない?」

「あー。出たいな、うん」

 低温蒸し風呂とは言え、熱いのである。

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