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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第三章
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3-7 「なんだ、まだ宴会は続いてるのか?」

一部、改稿しました。すっきりしましたが、本編には影響のない範囲です。

「なんだ、まだ宴会は続いてるのか?」

「いや、流石に終わってるよ。てかあの二人、寝ちゃったから…あー、そっか、迷宮になったから部屋に戻せないな。んじゃ、なんか適当に布団でも敷いて」

「なんだ、あいつら、酔い潰れたのか」

「いやまあ潰れたっていうか――え? あ? フェネクスさま!?」

 振り向けば、迷宮に閉じこもったはずのフェネクスがそこにいた。

 なんで? 女将から逃げるために閉じこもったはずなのにそこにいるって、どうやって?


「自分の創った迷宮から抜け出せないような馬鹿ではないぞ?」

「え。あ。いやそうですけどそうじゃなくてですね!?」

 それはいい、この際それはよしとしよう、魔王さまだし。だがそうなると、たぶんそこにいるであろう女将はどうしたのだろう、いくら仕事がないからと言ってもいつまで彷徨わせるつもりなのか、あれでも一応女将なので、まとめ役なのだが?


「一応、朝日と共に解けるようにはしたが」

 答えながら、さっさと厨房に入り込む。積まれた材料を物色し、選び出したのは(しじみ)蕃茄(ばんか)枸櫞(くえん)の三種類だ。蕃茄はかなり大きめのものを二つ、枸櫞は一つだが、その程度が無くなっても別に困らないので、彼が料理を嗜むことを知る天籟が、それを止めることはない。


「いちおう、蜆は二日ほど砂抜きしてありますが」

「ああ、助かる」

 一応半日程度でもある程度の砂は吐くけれど、ほぼ確実に残る。身を食べなければいいかと思うかもしれないが、調理中に砂を吐き出すので、砂とともに料理を食べることになるのだ。まあ気にしない者はまったく気にもしないのだが、そこを疎かにしてはならない。なので、術を使って砂を吐き出せることも出来たりはする。

 天籟を傍らに、手際良く湯が沸かされる。さくっと術を遣うあたり、手慣れたものだ。面白いのはそれだけしかやらないことだろう。昆布が数秒湯掻いただけで取り出され、蜆が入れられた。


(そう言えば、蜆が二日酔いに効くとか言われてたか。あれ、鰹節でもいいはずだけどな?)

 人間の国にいた頃、そんな話あを聞いたことを天籟は思い出す。

 ちなみに昆布なのは単に彼の好みである。ついでに言うと、過去、鰹出汁の匂いすらも拒否した二日酔いの蒼夜という実例があるのは、当人たちだけの知るところである。


「悪い、水はあるか?」

「え? あ、その板、踏んで下さい」

「踏む?」

 足下の踏み板を幾度か踏むと、外にある井戸から汲み上げてくる仕掛けだ。術にしない理由は簡単で、仲居たちの妖力差があるためである。崖下の井戸になるものだから、全員が汲み上げることが出来る方法ということで選ばれたのだ。

 流れてきた水にフェネクスが手を触れると、飛沫が凍っていく。何が起きたかと瞠目した天籟だったが、笊にコロコロと集められたことでふと思い出した。そういえば、この魔王さまは氷系の術を好んで使うのだった、と。


(面白いよなあ。温度変化じゃなくて凍結だもんなぁ)

 彼ほどの緻密な作業は出来ないが、天籟は凍結も解凍――温度を上げることも、どちらも出来る。料理で必要になるのでいろいろと試した結果だ。同じく料理を趣味とするはずの魔王さまは、凍結以外に手を出さない。本人曰く、「凍らせているだけだからな。別に、溶かすのは放置でもいいし」らしい。まあ確かに、凍らせた魚などはそのまま焼くなり煮るなりで調理することもあるし、必要ではないのだが、不思議な考え方である。更に言うと今、細かな氷が桶に受けられて、冷水が作り出されている。これは確か、冷やしすぎて凍るからと聞いた気がしなくもない。それと氷、漉された蕃茄を混ぜたところへ、枸櫞が一つ、まるごと絞られた。


「へ!? これでできあがりですか!?」

「ああ、これだけだ。混成酒(カクテル)よりこれのほうが好きでね」

 玻璃杯(グラス)に注がれた赤い液体は、蕃茄の赤そのままで悪くない。そう言えば、麦酒に蕃茄を混ぜたカクテルが――あれは赤い瞳だったか。確か苦みが強くて、好みが分かれたはずだ。だがうん、悪くはなかった。だからたぶん、これも……でも、枸櫞だし。

 そう、枸櫞なのだ。めちゃくちゃ酸っぱい枸櫞なのだ。砂糖漬けとか蜜漬けにすると美味い果物だ。こんな風に蕃茄と混ぜる、なんて。

 躊躇する天籟を横目に、フェネクスがそれを飲み干す。無理をしている様子などなくて、満足げな彼に釣られてええい。と天籟がそれを呷った。


「あ。美味い」

「二日酔いに効くぞ、これ」

「え。……あ、そういうことですか」

「これもな。ま、こっちは温め直してもいいんだが」

 先ほどの蜆は赤味噌汁として出来上がった。普段が鰹節だから、ちょっと風味が変わってこれも悪くない。いや、匂いが鰹節ほど強くない分、二日酔いの彼らには飲みやすいかもしれない。蜆はまだあるし作り直すということにして、二人でそれを飲み干した。


「ま、朝にでも出してやってくれ。目が覚めたらな」

 一応は様子見をと言い出したフェネクスについて出る。気を利かせた誰かがいたらしく、二人で布団に収まっていた。しかしこれはやはり部屋を別で用意すべきではないか。しっかりとお互いを抱き合って眠っているし。

 そんな意味を込めてフェネクスを見るが、しらっとした視線が返された。


「抱き枕だろう、どうみても」

「……あれを見ててそう言いますか」

「信用してるからな」

 誰をどう? それは言わずもがな、である。ただやはり心配はしているのか、天籟が言い出すより先に酒精を抜き出して、顔を顰める。


「なんだ、この量?」

 視線を向けられて一瞬、天籟は顔を反らした。が、そのまま無言で問い詰めてくる彼に敵うはずもなく、何をしたか白状させられる。


「……一応、女なんだが?」

 妖魔であり、ちょっと性格に難はあるようだが、女性である。才覚一つでさまざまな国を相手取ってきたフェネクスにとって、他人を当てにして女性を酔い潰すというその判断は、容認出来るものではなかったらしい。が、天籟とて、そんなことは百も承知であって。


「酒乱に男も女もありませんからっ」

「ただの絡み酒だろう」

「それですみそうになかったんですよ!?」

「別に、かまわないんだが」

「俺らがかまいますって!? それにまずいでしょう、毎度あんなふうに絡んでたらまともに活動できませんよね!?」

 天籟の必死の叫びに、フェネクスの手が止まる。ふむ、と何事か考えているようだ。

 よかった通じた、と天籟は内心で胸を撫で下ろす。いや、実際のところ自分はそれに問題があるとは思わないのだ。単にそれを見た誰かがどう出るか、それが怖かっただけで。とりあえず内心に二人ほど、何かやらかしそうな女たちの顔がちらついていた。


「……まあ確かに、酒乱は面倒だな。少し、自覚させるか。二日酔いの酷いやつなら、流石に自重出来るだろう」

「はい?」

 絡み酒程度は、問題にもならないとフェネクスは一蹴した。だが問題は、酒乱であるという自覚以上に、どれだけなら飲んでも問題ないか、その限界を本人が知らないらしいということだろうと、結論を出したらしい。

 どうするのかと興味半分不安半分で見ている彼に説明されたのは、とりあえず意識混濁が起こらない程度まで酒精を抜き取り、後は本人の治癒能力に任せるという手法だった。そんな器用なことが出来るのかと驚いた天籟だったが、その通り、普通は出来ない。彼女の身体を作った本人だからこそ出来る真似だが、それを説明するつもりはなく、二日酔いの酷いやつで済むだろうとだけ教えておく。とばっちりらしいアヴィについては、いちおうすべての酒精を抜いてやった。妖魔の自覚がない坊やには、少々荷が重かっただろうとの判断だ。


「ま、落ち着けば自分で抜けるさ」

 よくよく考えて見れば、彼女はフェネクスの術をすべて持っている。術自体は複雑だが、さほど妖力を食うものではないし、意識が戻りさえすれば。そしてそのことに思い至れば、自分でどうにかするだろう。今後の手としては、飲む端から本人が酒精を抜いていくという無茶な手段もとれなくはない。ああ、そうだ。酒乱の気があることさえ自覚して、酔いすぎないように手を打ってくれればそれでいいのだ。

 そんなことを話されて、天籟は一つ、ため息をついた。


「何者なんです、彼女?」

「さあ、な。蒼夜が調べている、何かそのうちにわかるだろうさ。で、天籟。暇か?」

「はい?」

 フェネクスの手が触れて、その直後。


「せっかくだ、そこで待ってろ」

 ざばん、と派手な水柱が、露天風呂から立ち上がった。


「ちょっとぉっ!? 朝の仕込みとかあるんですけどっ!?」

 抗議の声は、夜空に消えた。


   ※ ※ ※


「いやまあ、いいんですけどねぇ……」

 盥に氷を入れた冷酒をちびちびとやりつつ、用意された摘みを口に運ぶ。閉じ込められていた彼に出来るはずはなく、当然すべて、フェネクスが用意したものである。本人はというとなかなかご満悦の表情だ。

 まあ実際、客は彼らだけなのである。本来ならしっかりとした朝食を用意するのだが、少なくとも夕闇嬢には先の味噌汁と混成液以外を出しても無駄だろうし、あの坊やも酒は初めてらしいから、あまりがっつりとした朝食を出すのは憚られる。例外がフェネクスだが、当人が誘ってきた以上、やはり朝食はいらないという意思表示と考えられるし、と散々悩んだ結果が、彼の誘いに乗る=風呂を楽しむ、であった。

 そして、正解だったなと思う。料理の腕に自信のある天籟だが、実はこういう簡単なつまみは作らない。酒だけを楽しむという感覚がないためだ。もちろん、客に求められれば作るけれど、それにしたって前菜の応用だとかそんなものなので、もうちょっと豪華なそれになる。何より、見た目が重要だ。そう、少なくとも――蜂の子は、使わない。


「……てかフェネクスさま、蜂の子食べるんですね」

「ん? ああ、塩炒りならな。佃煮は食わんよ」

「え、そうなんですか?」

「美味いとは思うがな」

 単純に、佃煮を好まない。それだけの話である。見た目でもなく、味でもなく……と言いたいが、おそらくは味が全般的に好みではないのだろうと本人は思っている。不味いものだとは思っていないし、美味いと思うものもあるのだが、二度、食べたいとは思わない。そんな感覚だ。なので、冷凍されただけの蜂の子を見つけたときには喜んだ。佃煮にされていないそれは滅多に見かけないものなのだ。

 ということあっさりと、塩炒りであった。ついでに零余子(むかご)も見つけたので、同じく塩で炒ってみた。どちらもあっさりしていて米の酒にも合い、なかなか楽しいひとときである。

 ちなみになぜ蜂の子があったかというと、そこが山の中だから、である。妖魔と言えど刺されれば痛いし、死にはしないが毒も効く。故に定期的に駆除されていて、実はけっこう大量に溜め込まれている食材である。一応は麓の村などで喜ばれるので取引の材料にもなるが、それでは追いつかないほどしっかり取れるのだ。

 それがまさか、こんなところで役に立つとは。というか、見つけて使おうと思うとか、本当にこの魔王さまは何者だろうか。そんなことを、湯船に浸かりつつ、天籟は思う。だがやがて、どうでもいいかと酒にもその手が延びだした。


「満足か?」

「ええ、この上なく。……たまにはこういうの、やりたいですね」

「そうか、それはよかった」

 にこり、とイーリスが笑った。が。

 その笑みを見た天籟は何故か、悪寒を感じた。それも、全身で。何が何がと彼を見直すと、その笑みが怖い。


「満足したところで、聞きたいことがあるんだ」

「は、いっ?」

 ひっくり返った声にも、イーリスは反応しない。ちびちびと、空になった天籟の杯に注ぎつつも呑む手が止まらない。


「私を泣かせたと、喜んでいたな。あれは、どういうことだ?」

「っ!!」

 やべ、やべ、やば、誰がそんなことってオレが自分で言ったのかうわどうしようそんな有り得ないだろうからって賭けてたとか願掛けだとかそんなこと言っていいものなのかどうなんだいやこの人ならきっと怒ったりはしないだろうけどっていやまて今どう見ても怒ってるよな!?

 そんな天籟の胸中を知ってか知らずか、イーリスは醒めた目で彼を見ている。

 醒めた? いや、そんなはずはないだろう。ああ、そうだ。あれは据わったという表現が一番近い。そう、つまり彼もまた、目一杯酔っている。しかし正気でもあるようだしここはやはり素直に吐くべきかいやそれをやると他の奴らの恨みをきっと。

 まあそんなふうに考える彼自身もそこそこ酔っているわけだが、そこはもう酔っ払い同士なので考えが回らない。ので、あっさりと白状することにした。

 つまりは、他にもある隠れ宿の仲間たちと、フェネクスにどんな反応をさせられるか、という賭けをしていたのだと。


「……反応?」

「ええ。笑わせるとか、何でもいいんですけど。まあ、泣かせるのがいちばん難しいかなって。あ、別に景品とかないですよ、ほんとに唯のお遊びなんで」

 そもそもが、彼が訪れるかどうかすらも賭けになるくらいの<いつか>の話だったのだと天籟は笑う。その頬を伝う見えない冷や汗を、イーリスは見抜くことが出来ただろうか。


「あの、他の宿にも行ってやってください。みんな、ほんとに待ってるんで」

「他の宿ねぇ……」

 聞けば、無人島やら湖の中の小島やらにもあるらしい。変り種では洞窟そのものを宿にしたところもあるのだとかで、確かに興味はそそられる。どうせ世界を巡ることになるだろうし、行ってもいいかと思うくらいには。だが、こいつらはと視線が遠くなる。主面をする気はなかったし、今もないから、まあ別にどういう扱いをされようが構わない。いや、十分な持て成しだし、文句をいうことではないからそこはいい。だが、賭け事の対象にされたのだ。しかも人の感情を玩具のように。それは主相手に……いや、恩人とも呼べる相手にする態度だろうか?

 どこか矛盾している考えに気づくことなく、イーリスは無関心を装った。一応は外遊官として各国の輩とやりあうこともあったので、腹芸はまあ、習得している。習熟するところまでいけていれば中々に面白いのだろうけれど、そこまでは行かないし面倒でやらなかったのが現実だが、さて天籟はどうやらそれを見抜けない程度にはまっさららしく、ぺこぺこと頭を下げまくり、聞いていない情報を吐き出した。

 皆がフェネクスに会うことを切望しており、同時に「ぜったい泣かせちゃる」とばかりに気合が入っているのだ、と。

 そんな中、自分たちだけが会えてしかも泣かせたしついでに自分は風呂まで入ったとか知られたらと半ば本気で泣きかけていたが、イーリスはどこ吹く風で受け流し続けた。流石にその程度の意趣返しは許されるだろう。

 やがて静かになってふと顔を上げた頃には、周囲が薄明るくなっていた。山裾が朝焼けに染まる風景を十分に堪能してから、天籟を見る。……正確には、そこにいたはずの場所を、だ。出て行く気配はなかったし、あの状態で動いた彼を見逃すとは思えないがまさかとその辺りに手を突っ込んでみる。

 彼の手が掴み取ったのは、完全に酔いつぶれた天籟であった。


「……ブルータス、お前もか」

 ぼそりと呟いた彼の言葉を聞いた者はない。

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