3-2 私の古傷を抉った代償、安いと思うなよ?
2018年2月20日 誤字修正と、後半の文脈を修正。内容的な変化はない・・・はずです。
ちょっとハロウィンで浮かれてました、ごめんなさい。
予約投稿が17日とか、もう…m(__)m
悪酔いしたらしきアヴィをひとまず寝台に落ち着かせて、二人は客間に居座った。流石にこの状況で酒を飲む気にはならないと、備え付けの茶器でイーリスが香草茶を淹れたところだ。むろん、夕闇がそれを奪おうとしたが、あっさりと躱してのことである。
「……アヴィはあれだ、想像力が豊かすぎると思うんだが」
用意されていた焼き菓子に手を出しながら、イーリスが呟く。
「すごいですね、あの話からあんな夢を見ていたなんて」
夕闇は特に手を出さず、つぶやきに答えた。
生首については、物語形式で語ったわけではなく、ただそう言う風習があったという話をしていただけである。聞き出したような鮮明な物語に作り替えることが出来るなど、一種の才能ではないかと二人は呆れ、感心していた。
まあ、その結果としてまた、彼は寝込んでいるわけだが……悪夢にうなされなければいいがと、こっそり懸念している。
「…何、食べてたんだろうな」
「そもそもそんなに、並べていませんしね……」
南瓜と鶏肉の包み焼きと、南瓜のタルトと、後は酒が載っていただけである。夢の中の二人が、アヴィには食べさせなかったということだったが、机の上のものはそれだけだから、そこになかった何か、ということになる。
自分たちが魔物扱いになるのは──アヴィも含めてなのでいいとしても、そこで食べていたという何かが気にかかる。
「…やめようか、あの話からだといやなものに思い当たりそうだ」
「そう、ですね」
同じ結論に達したらしい夕闇が同意した。まあ、…生首で釣れる魔物が何を食べるか。ということだ。
「……イーリス様、よく食べますね?」
食べる手を休めないイーリスに、夕闇が不思議そうに問いかけた。
「ん? お前は食べないのか?」
「際限ないですから、自重してます」
彼ら妖魔に空腹の概念はない。いや、あるのだが実感としては持ってないというところだろう。食べたいな、と思えばそれが空腹感であるという程度の認識だ。むろん、人間は空腹が過ぎると死ぬことがわかっているから、彼らは砦での調理人を買って出たのだが。
「旅をするときの楽しみは、その地の名物料理だ、賞味せん手はあるまい?」
「賞味の域越えてますって」
篭に山盛りされていた菓子である。夕闇はまだ手を出していないのに、すでに底が見えているなど、はっきり言って食べ過ぎである。
ふむ、とイーリスは菓子に出す手を止めた。
「そうだな、アヴィにも残しておくか」
「それは…どうですかね…?」
あの夢の後で与えられる菓子……それはちょっとした悪夢の続きではないだろうか。続けて手を出すほどには美味しい菓子だったようだし。
「ま、そのうちに作ってやるといい。旅空でも作れる菓子、知ってるだろう?」
「まあ、いくつかは思いつきますが……」
それには幾つかの道具が必要である。作ればいいのだが、術で作る道具には、ちょっとした難点がある。もちろん状況次第では利点になるし、薬を作ったときには利点として作用しているはずだが、実は影響がなかったかもしれない、そんな難点が。
「……え、あの。わたし、そんな話、しました?」
「してないな」
焦る夕闇だが、それがどうしたと、イーリスは気にする様子を見せない。
「……アヴィから、何か……?」
「アヴィから? 特に記憶はないが……」
変わらぬ表情…いや、何を言っているのかと疑問に思っているらしい表情になっただけで、それ以上の違和感はない。
「……お前の知識はほぼ私の知識だと思ったが、違ったか?」
夕闇が驚いたことで、イーリスは笑った。
「そう言えば、言ってなかったか。薬の配合を知っていた時点で、ほぼ確定だったんだが。それがどうかしたか?」
「──……嫌だとは、思わないんですか?」
「別に?」
「貴方の記憶があるかもしれないんですよ!?」
あり得ないと、夕闇は叫ぶ。
知識と記憶は連結する。それが、一般の認識だ。他人の知識を持つといういことは、その人物の記憶そのものを持つことにも繋がるだろう。
思い出したくないこと、知られたくないこと…それは誰にでもある記憶だ。それを引き継いでしまったかもしれないのに、なぜ彼は気にしないと言えるのか。
「…記憶には、二種類があるそうだ」
人間の知識の受け売りだがなと前置きしつつ、イーリスは語る。
「一つが、知識記憶。ま、辞書のようなものだと思えばいいだろう。もう一つが物語記憶。これが、思い出だ。…お前にあるのは知識記憶であって、物語記憶ではない。…だろう?」
「──…はい。ですが…証明は出来ません…」
「いるか、そんなもの」
イーリスは一笑に付した。夕闇の逡巡など吹き飛ばす勢いで。
「それにもしも記憶があったとして──お前ならそれをどう使う? 私を脅す材料にでもするか?」
「しません、そんなこと!」
即答した彼女に、ほら、とイーリスは満足げな笑みを浮かべる。
「なら、何の問題もない。…それだけのことだと、思わないか? あと、お前…その知識、掘り下げてないな?」
「掘り下げて…ですか?」
「辿って見ろ。──私は知っていた、それだけのことさ」
苦笑する彼に、夕闇は目を閉じた。ゆっくりと、知識を辿る。
「──……渾沌の海は、知識の宝庫とも言える。だが、その知識がどこから来たのか、知る術はない。その海に、何かが起きて”凝”が生じる。生じて海に抱かれて、真珠のように殻を纏い──核となり、魂と成る。魂は身体を得ると同時に周囲の知識を収集する。それは恐らく、その場を生き延びる為に必要なことだからだろう。故に渾沌の海ではなく現界で身体を得たものは、その地にある何事かを知識として得ることになり、結果、人型ではなく動物の姿を取ることもある。もしもその妖魔を人型として育てたいのなら、渾沌領域に於いて身体を解かせ、再構築すればいい」
そこまで淀みなく答えてから、夕闇が首を傾げた。重要なことではあるが、ずいぶんと違う気がする、と。
「いや、合ってる。…まあ要は、その渾沌領域の代わりになる領域を作って、そこでお前の身体を構築したということだ。流石に、渾沌泉もないのに出入り出来るほど器用じゃないんでな。なかなか確認する機会がなくて、どうなっているか少々気になってはいたが」
「──少々…ですか」
「ああ。成功しているのは間違いなかったし、…自我が危うくなる様子もなかったから、心配はしていない。ただ本質に合わせたら女になっていたから、そこだけ気になっていた」
「…そこ、ですか? え、それって……そこなんですか!?」
もっと他に気にするべきところがあるだろうと夕闇は思わず叫んだ。
「砂漠ではずっと男だったからな。てっきり男が本質だと思っていたんだ、驚くさ。…今更かもしれないが、身体に不自由はないか? ──ちゃんとした女になっているか?」
「──…」
夕闇は考えた。今のところ問題はないし、魔力の混成による暴走も制御出来た。何れは自分の魔力のみに置き換わって、何の問題もなくなるだろう。だが、ちゃんとした女とは……。
「──…知りません、そんなこと」
真っ赤な顔になり、夕闇は目を反らした。イーリスも敢えて目を合わせようとはせず、ただ香草茶を煎れなおす。
「……まあ、だから…私は説明が下手なんだよ」
同じく注がれた自分の茶碗を手に取り、夕闇が顔を上げる。だがイーリスの視線は、手元の茶碗に注がれたままだ。
「核になった妖魔を、何人も見てきた。渾沌領域へ連れて行き、構築の手助けをしたこともある。だが誰一人として、記憶は引き継がなかった。知識は生前の魂のものに偏っていたがな。──お前を渾沌領域で構築しなおせば、そう出来た。私の落ち度だな──すまなかった」
やらなかった理由は、先に告げた。だが方法があることを彼女に言わず、そのときを待たなかったのは、イーリスの都合なのだ。
「──彼らは別人になった、と。そう解釈してよろしいですか?」
「ああ、それで合ってる。誰一人、気にする様子はなかったけどな」
「……では、感謝しなければなりませんね。わたしは、わたしですから」
「だが、そうすればお前に何があったか、わかったかもしれない」
「だからといって、わたしと同じ判断をするかどうか、わからないじゃないですか」
そうだな、とイーリスはそれを認めた。その答えが予想出来たから、暴挙に出たのだ。それは傲慢というか、…おそらくは甘えだと思うけれど。
「ところで、イーリス様。拾い上げた残──迷子を捨てる…なんてことは、なさいませんよね?」
その逡巡をきっちりと見抜き、夕闇はにっこりと笑いかける。
「──…わざわざ子供を育てなくても、別に、配下は十分にいるんだが?」
隠された真意に気づき、イーリスは渋面を作った。
「あら、アヴィは配下として十分なんですか?」
「…………」
妖魔としての教育が必要なアーヴェントが、配下として十分なわけがない。
だがそもそも、アヴィを配下として必要としたわけではないから、それは論外でいいはずだ。夕闇が配下に足るかと言えば、…足るような気はするがほぼ確実に、絶対的に、まず間違いなく、騒動の元になる。
復活させた以上はその責を負うことに異議はないが、別にそれは、配下だからということはないわけで、互いに束縛されない現状で何の問題があるのか、しかし確かに拠り所となる記憶が自分のものである以上、そこから逃げるというのは倫理的にどうだろう、いやそもそも妖魔に倫理なんてものがあるのか?
「”飼い殺し”を、よしとされるのですか?」
「──っ」
その声の冷たさに、イーリスは息を詰めた。庇護下に置いて守ること。ただそれでいいと、それだけでいいと思っていたことを否定されて。
「アヴィと盟約を交わしたのは、飼い殺しを防ぐためではないのですか?」
「──…私の知識があるんだったな」
そのことに思い至り、ようやく短い息を吐く。彼女を飼い殺すつもりはなかったが、…盟約もなしに手元に置けば、それは飼い殺しと同義だろう。
「あれと同じ──か。そう、だな」
「わたしは、あの子たちとは違いますよ?」
にっこり笑う彼女に、イーリスは苦笑で返す。
”あの子たち”。自我を持てず、或いは幼い子供にしかなれないと判断されて、生涯を妖皇宮で過ごすことになるメモリアたちだ。時折その知識を利用されることを考えれば、それはもう、飼い殺し以外の何だと言うのか。
「イーリス様」
夕闇は彼の前に跪き、頭を垂れた。
「どうぞ私を、貴方の配下に加えて下さい。私は貴方に仕えたい」
ち、とイーリスは唇を噛みしめた。こうもはっきり宣言されては、ごまかしが効かない。受け入れるか、拒絶するか──だが、拒絶するくらいなら、最初から身体を与えるはずもなく。
「アヴィの教育者。それ以上の役割を与えることはないが、構わないな?」
はい、と答えが返る。諦めたかのように再度溜息をつく。
それを機に、夕闇は填めていた指輪を差し出した。この中に彼女の核があり、彼ら二人の魔力で守られていた。これからは、自分で守らなければならない。けれど、それは全ての妖魔に言えること。
受け取った指輪をイーリスが握る。開いたときにはそこに、赤く揺蕩う水珠が現れていた。
「飲み込めばいい。…たぶんな」
ずいぶんと怪しい言葉が付いてきたが、夕闇はそれを受け取り、迷わずに飲み込んだ。全身に広がる魔力を感じ、身を任せようとするが──すぐにそれが、収束していくことに気づく。人間で言う、心臓に。
「あの…、これは……?」
「アヴィの仕業だよ。完全に書き換えられたみたいだな。…あいつと契約したときに、盟約術を書き換えられたんだ」
その時限りかと思っていたが、どうやら今後、全ての盟約がこの術で行われるようだと、もう何度目かもわからない溜息を吐く。
「まったく──全ての契約者に同等を求めるとか、欲張りな奴だ」
「え、でも、あの…これ…心臓同士……」
「ああ、そうなるな。盟約の破棄は双方の同意がいるぞ」
「いえ、あの、わたしは別に、そう言う……いえその前に、無理でしょう!?」
盟約術に置いて、主従は魔力の強さで決まる。その前提を壊した契約に悲鳴のような声を上げるが、イーリスは遠い目でそれを否定する。
「アヴィの規格外の発露だ、諦めろ」
「──……」
拳を握りしめて暴れないように自制する夕闇は、……普段、澄ました顔をしているだけに、けっこうな見物であった。
「…類は友を呼ぶ、という言葉……ご存じですか」
低い、唸るような声で夕闇が静かに問いかける。
「妖魔なんて存在に、規格はないんだよ。お前はその中でも前例すらないことをやってのけた自覚はあるか?」
やさぐれた笑顔でイーリスが切り返す。
「誰もやらなかっただけでしょう。…出来ますよ、誰にでも」
うわ、とイーリスが怯む。それだけの迫力が、その言葉にあった。事実として突きつけてやりたいが、それを躊躇わせる程度には。
だから、話題を変えることにする。
「思い出したいか?」
「はい」
「アヴィ以外の想い人がいたらどうする?」
「そのときに考えます」
何れも即答であることが、その思いの強さを物語る。
だが、渾沌領域で再構成したところで、その記憶は戻らない。彼の地にあるのは知識であって、思い出ではないのだから。
「雲を掴むような話だ」
それは不可能という意味ではなくて、奇跡を己で起こすという可能性。関わりのある地を巡り、その核に刻み込まれた思い出を呼び起こせれば。
「……お前は、渾沌領域のことを知っていた。故に、メモリアではない」
まだ話すつもりのなかったそれを、イーリスは呟いた。
渾沌領域に時間の概念がない以上、夕闇が──その核がどれほどの時間を漂っていたのか、わからないから、まだ…先のことにするはずだったこと。
「その性質と、魔力の操作に長けていることから、個として完成している。故に、魔王に匹敵する妖魔であったと推測が成る」
生まれつきに知識を持っていることと、それを自在に操ることは別である。イーリス自身も、魔力を自在に操れるようになるまでには、相応の時間が必要だったのだ。
「そんな妖魔が消滅し、残滓となってでも生にしがみつく。そんな出来事が、どこかで起きたはずだ。報せを待て」
え、と弾かれたように夕闇が顔を上げる。イーリスは軽く笑って、その頭をぽん、と叩いた。
「調べさせている。だから、報せを待て。いつとは言えないが、必ず──探し出してやる」
今、言える言葉はそれだけだ。…いや、もう一つ、とイーリスは意地の悪い笑みを浮かべた。
「飼い殺しについては、少々思うところがあってな。私の古傷を抉った代償、安いと思うなよ?」
「はい。存分に、お使い下さい」
内心の恐怖を綺麗に隠せるあたり、実は魔王の一人ではなかろうか。盟約の鎖を通して伝わる恐怖を感じて、そんな疑問を抱くイーリスであった。




