3-1.5 10月31日 南瓜と蕪。
本編ではありません。本編は数日中にアップします。
間に合わなかったけど、ハロウィンネタです。
書いてて自分でも怖かったので、ご了承の上でお読み下さい。
出航を見届けて、イーリスは二人をそのまま、食堂へと誘った。身体を維持するには食事をしたほうが楽だし、実はあの魔法のために周囲の魔素はほぼ使い尽くされているので、維持が面倒でもあるのだ。
そして訪れた食堂は、楽しげに飾り付けられていた。
「あれ、何これ。蕪? 南瓜も?」
笑う南瓜が至る所に置かれていて、彼らに視線を送っている。机には蝋燭がなく、蕪をくり貫いたらしきものに明かりが点っている。天井の灯りは、流石に普通のシャンデリアだったが、そこには箒や蜘蛛が飾られている。
「あ、蕪ですね。顔が彫ってあったらジャッコランタンですけど」
「南瓜と違って不気味すぎるから、やめたんじゃないか? たぶん、ハロウィンの飾りだな」
適当なことを言いながら、イーリスは席に着く。
「じゃっこらんたん? ジャックじゃなくて?」
発音が違うだけだろうかと思いつつ、アヴィは問いかける。
「ああ、ジャック・オー・ランターンを知ってるのか。同じものだよ」
「知ってるっていうか……なんか、いろいろあるっぽくてわかんない的な……南瓜頭のジャックのことだよな?」
「南瓜頭、ですか?」
ああ、とイーリスが苦笑した。確かに由来は幾つもあって、わかりにくいかな、と。
「取りあえず、南瓜頭のジャックはあれだ、オズの魔法使いの登場人物だ。たぶん、ジャック・オー・ランターンが元ネタだとは思うがな」
「……あれだっけ、家ごと嵐で飛ばされて、冒険する女の子の物語。え、そんな話あったっけ?」
「扱いとしては続編だな。…妖皇宮の書庫に確か、写しがあったはずだが…ま、そのうちに読ませてやるよ」
あるの、とアヴィが夕闇を見る。
知りませんよ、と夕闇が首を横に振って苦笑を返した。
「ジャック・オー・ランターンか。そうだな…」
そんな彼らを気にすることなく、イーリスが語り出す。
昔々、ジャックと言う名のずる賢く乱暴で嘘つきで酒好きの男が、悪魔に出会いました。
魂を寄越せと言う悪魔に、ジャックは願います。
”魂を渡すかわりに、酒を飲ませてくれ”
悪魔はその願いを聞き入れて、硬貨に化けます。それを酒代に…というつもりであったのに、ジャックは十字架でコインを押さえつけ、自分の財布に悪魔を閉じこめてしまいました。
そして交渉の結果、10年の間はジャックの魂を取らないと約束し、悪魔は解放されます。
約束の十年が過ぎ、悪魔は再びジャックの前に現れました。魂をとろうとする悪魔に、またもジャックは願います。
”最期にあの木のリンゴが食べたい”
悪魔はリンゴを採りに木に登ります。ジャックはその隙に、リンゴの木に十字架を刻みました。ナイフを持っていたのです。
十字架のせいで木を下りられなくなった悪魔は、二度とジャックの魂を取らないと約束し、解放されます。
寿命を向かえたジャックは生前の行いの悪さから、地獄へ堕ちました。しかし、悪魔が言うのです。
”お前の魂を取らないと約束した。だから、地獄に入れることは出来ない”
しかし、当然のごとく天国からの迎えは来ません。
”元いたところに帰るがいい”
悪魔は地獄の炎の残り火をジャックに渡します。
現世に戻ったジャックは、その火が消えないようにランタンを作りました。落ちていた、干からびかけた蕪を使って。
そして今も、この世を彷徨い続けているのです。
語り終えたイーリスが水を飲み、二人を見返しても反応はない。外したかな、と思いつつ、一言を付け加えた。
「ただし、これはキリスト教によって作られた話だ。南瓜になったのも、移民たちの根付いた地では蕪が採れなかったからとされている。…んだが、本来のジャック・オー・ランターンはまた違う話だよ」
「──え?」
「めっちゃ真に迫ってたけど!?」
してやったりと、イーリスが笑う。けっこう、楽しんでいるらしい。
そこへ運ばれて来た料理をつつき、全てが南瓜なのはハロウィンのためか、それとも南瓜頭を作りすぎたのかなどと馬鹿話に興じつつ、朝っぱらからのワインに舌鼓を打つ。
「さっきの話だが、このランタンを持つジャックが、”南瓜頭の男”として現れるという話があるらしい」
「南瓜頭で蕪のランタンを持って彷徨う亡霊……ですか。なんていうか、…怖くないですね、それ」
「だな。で、ここからがややこしいんだが…これを、ウィル・オー・ウィスプと混同しているんじゃないかという説もあってな」
「ウィル・オー・ウィスプ……ですか?」
それに答えて、イーリスはまた、語り出す。
悪行三昧をしでかしていたウィルという男が、遺恨を抱く何者かの手によって殺されました。
聖ペテロに地獄行きを言い渡されそうになったものの、言葉巧みに彼を説得し、もういちど、人間としてやり直す機会を得ます。
しかし、生まれ変わった世界でもまた、悪行三昧の日々を送りました。そしてその人生を終えた彼に、聖ペテロが告げます。
「お前はもはや、天国へ行くことも地獄へ行くこともまかりならん」と。
すでに死者の門へ辿りついていたウィルは、煉獄の炎の中を永遠に彷徨うことになりました。
それを哀れんだ悪魔が、地獄の業火の中から石炭を一つ、ウィルに与えます。その灯りとともに、ウィルは彷徨います。ときおり、地獄へと繋がる墓地や洞窟に迷い出るのですが、その姿は見えず、幽かな炎が揺れるのみです。
だから人々は、その青い火を恐れるのです。ウィル・オー・ウィスプ、種火を持つウィル、と。
「こんなところ、かな。まあ、このウィルという男は、乱暴な鍛冶屋の男という話もあるようだが」
「──イーリスさ、語り部やったら? けっこう、受けると思うんだけど」
「ええ、本当に。面白いと思います」
けっこう本気の目をしている二人である。…が、イーリスはそれを聞き流す。
「ほかには、キリスト教の洗礼を受けずに死んだ子供の魂とか、犯した罪を償うために彷徨っている魂だとか、そんな説もあったな」
鬼火と言われる現象が全てウィル・オー・ウィスプと混同されるようになったせいで、様々な説があるんだろうな。…ああ、ウィリという妖精の話もあったな」
「ウィリ?」
「未婚のまま死んだ娘の魂が成ると言われている死の妖精さ」
話がずれだして、アヴィは少し、気を抜いていた。飲み慣れない酒のせいもあるかもしれない。うとうとしかけた、そんなときに、ふと──寒気を感じた。
「なぁ、なんか…寒くないか?」
寒い。──悪寒が走ったかのような寒気に、アヴィは身を震わせる。
「そうか? …まあ、夏の終わりだし、不思議はないな」
「そうですね。さあアヴィ、せっかくこの日に居合わせたのですから、町へ遊びに行きましょう?」
「この日って…、あ、ハロウィンのこと? え、でも町って…どうやって?」
「……変な発音をしますね。サウィン祭ですよ?」
訝しげな顔をする夕闇に、アヴィが戸惑う。イーリスは気にする様子もなく、フードを被った。
「初めてだから、仕方ないさ。収穫祭だよ。フードを被っていないと、悪霊払いに追われるぞ」
ぽふん、とアヴィもフードを被らされる。かぶり慣れないそれは、手で持っていないとすぐに落ちてしまい、前が見えなくなるか、脱げてしまうかの状態だ。
「……ま、そのほうが人間ぽく見えるから、いいかな」
苦笑するイーリスに、夕闇も頷く。
「では、わたしが先導しますね。アヴィ、声を出しては駄目ですよ? 町の人々が怖がって逃げてしまうから」
…それはたぶん、言葉が通じないのだろうと受け取って、アヴィは頷いた。
気づけば、すでに町の入り口が見えていた。
祭というわりには、通りに人の姿はない。自分の識るハロウィンとはずいぶん違うようだと思いながらも、夕闇の先導についていく。
途中で、イーリスからリンゴが手渡された。すでに彼がかじっていたので、真似をしてみるが──その酸っぱさに一口で音を上げる。それを笑いながら夕闇が受け取って、平気な顔で残りを食べた。
夕闇は不思議な先導をしていた。広い路があっても、リースのようなものがあるとそこを避けるのだ。何かの蔓を円にして、三本の枝を中心で束ねた──車輪の輪のようなそれを、何というのかアヴィは知らない。聞こうとしたら、夕闇がその人差し指で口を塞いだ。仲間内でもしゃべるなと言うことらしい。
代わりとでも言うかのように、祭壇にあった菓子が渡された。甘みはないけれど、たっぷりと乗せられた木苺は悪くなかった。
そのくらいからアヴィもこの不思議な祭りに慣れて、自分から食べ物を手に取るようになった。むろん、彼らのどちらかに確認を取り、許可が出たら、だ。
──時折、夕闇が何かを食べていることに気が付いた。振り向けば、イーリスもまた何かを食べているが──手にしたそれは、菓子ではない。アヴィの視線に気づいても、それを渡すことはなく、ただ、行く先を示すのみ。
何か、おかしい。
アヴィのうちに警鐘が響いたが、その理由がわからないまま、広場に出た。
三人の足が止まり、その陰が大きく揺れる。それほどまでに巨大な炎が、広場の真ん中で揺れていた。音楽が鳴り響き、人々は手に手を取って踊っている。
夕闇がイーリスの手を取り、その輪の中へ進み往く。アヴィも追いかけはしたけれど、すぐに彼らを見失った。
仕方なく広場の一角で、差し出された酒を飲む。すっぱいそれは、恐らくエールと言われるものなのだろう。好みではないはずだったが、祭りの高揚感だろうか、ジョッキを軽く飲み干した。
人々が笑いながら、ジョッキを差し出す。新たなそれをまた飲み干して、飲み干して、飲み干して──意識がとんだことに気づいて、流石に断ろうと顔をあげたそこへ、丸い何かが突きつけられた。
酒に酔い、寝ぼけた頭では理解が追いつかない。いや、彼の目に映るそれは、”丸い何か”でしかなかった。周囲の人間が寄って集って彼を立ち上がらせて、それを手に持たせる。
一言も発さない待ち人に疑問を抱き、彼らを見る。──一様に怯え、震える彼らの視線は、間違いなく自分に向けられていた。
どうしてと問いかけそうになり、ふと、渡されたそれを見る。
赤い、髪。夕暮れを思わせる、艶やかさ──まるで、…まるで?
「──!?」
アヴィは声にならない悲鳴を上げた。それが夕闇の首であると知って。
そこへもう一つ──虹色の風が、去っていく。それが誰なのか──誰の首なのか、考えるまでもない。
我知らず、アヴィは走り出す。引き離さそうになりながら、夕闇の首を抱えながら、必死になって。
どうしてと疑問が頭を擡げるが、考える余裕はない。路が土になり、坂になり、──追いつけると腕を伸ばしたそのとき。
イーリスの首が、宙を舞った。口の端から血を流し、目を閉じたまま、崖の下へと落ちていく。
アヴィは迷わず、崖下に身を踊らせて──……
「アヴィ、起きて下さいってば」
「これほど酒に弱いとは思わなかったな。…近いうちに各種の薬も試した方がいいのか?」
何やら呟いている二人の声が聞こえた。
反射的に起きあがり、目の前の二人が身体ごと、そこにいることを確かめる。
「あの、アヴィ?」
「どうした、何を寝ぼけている?」
首を触られて、手を引かれ、当然ながら二人は戸惑う。
「だって…、二人が、変な町に…首、切られて……」
断片しか言葉にすることが出来ず、しかし二人がいつも通りだと理解して、アヴィは椅子に崩れ落ちた。
「首? …なんだ、聞いてたのか?」
「眠っているとばかり思ってましたが…ああ、変な夢を見たんですね、そのせいで」
「…そういうことか。それは…悪いことをしたな」
夕闇がアヴィを抱きしめ、イーリスは彼の頭をぽんぽんと叩く。
「ジャック・オー・ランターンの大本を話してたんだ。聞いてしまった方がすっきりすると思うが、どうする?」
「……聞く」
離れようとする夕闇にしがみついた姿勢で、アヴィは答えた。
「そもそも、ハロウィンは本来、サウィンと呼ばれる収穫祭だ。ケルト民族の祭だな。夏の終わりである十月三十一日に行われるが、その日は異界との境界が曖昧になり、そこから悪霊や魔物がさまよい出て、目に付いた生者をさらいゆく。だから人々は、蕪を使って人の顔を模した灯りをつくり、悪霊を誘導しようとしたそうだ。──だから、本来は蕪で出来ている。ただし、──これが始まったときには、蕪ではなかった」
蕪の灯りを指すイーリスだが、幸か不幸か人の顔は彫られていない。その言葉を聞いたアヴィが、ぎゅうと夕闇にしがみつく力を強くする。
「…もうわかったみたいですね。聞かなくても大丈夫です?」
無理、と小さくアヴィが答える。夕闇の溜息に苦笑しつつ、イーリスが答えを告げる。
「…当初は、本物の生首を使ったそうだ」
キリスト教のお話も、古代ケルトのお話も、マジでそういう伝承があるみたいです。
遅れたけど、楽しいハロウィン話じゃないから、よかったのかもしれない……。
2017年11月3日 ウィル・オー・ウィスプを追加しました。




