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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第二章 
39/64

2-20 お前、自分が何やったか分かってるか?

2017.10.7 全面改正後、再度一部改正。

 ラストシーンをひっこめました。第2章完了後に、閑話として公開します。

 不足した文字数を補うわけではありませんが、その分ちょっとだけ、過去ネタを追加。500字程度。

 熱狂醒めやらぬ中、夕闇はその視線に気が付いて、水を差されたと顔を顰める。

 この熱狂を引き起こしたのは自分たちの主であって、自分たちもその熱狂の中にいたいと思って当たり前なのに、そこから引きずり出されてしまった。主の好意(と少しの打算)で彼の言うとおりの茶番劇を演じているのに、何のつもりか、と。

 だが、とも思う。値踏みのようなその視線の主は苦労人だが、…彼がそんな目で自分たちを見ただろうかと訝しみ、アヴィを見る。視線が同じ方を見たことで、彼もまた気づいていることを知る。

 その憤りが怒りに変わろうとしたころ、何を察知したのか苦労人は天幕を出て行った。数瞬を置いて、アヴィが後を追う。待ってて、と唇だけで囁いて。


(──イーリスさまなら、待っててもいいんですけどね)

 夕闇が苦笑する。アヴィの様子で憤りは霧散したが、それと彼を放って置くことは別だ。彼にはまだ、この世界の知識がほとんどないのだから。

 天幕の向こうで、「あれ?」という間抜けな声が聞こえたのを気に、追いかけることにする。衣装がかなり重いけれど、それ自体は気にならない。ただ、裾を引くし嵩が増えるしで狭い通路をゆくのは少々不便である。この衣装そのものは気に入ったけれど、もう着ることはないだろうなどと考えつつ、声のした方へと進み、アヴィを見つけた。同時に、苦労人とそれにそっくりな何者か、も。


「ああ、だからアヴィが驚いていたのですね」

 双子──であれば話は早いのだが、服の皺や汚れまでが同じになるはずはないから、違うだろうと判断する。


(見た目を一致させる……理屈としてはわかりますが、妖魔(わたしたち)に気づかせないような魔法がある…ということでしょうか。確かにイーリスさまがそんなことを仰っていた気はしますが…この程度の輩に?)

 夕闇は、イーリスの言は、達人がいるという意味合いのものだと受け止めている。経験というものがバカにならないのは知っているから、それなら納得はするのだけれど…目の前の二人に、そこまで高度な術があるようには思えない。


「──あ、そっか」

 夕闇の逡巡を知ってか知らずか、アヴィが手を伸ばす。その意図を警戒してか、片方が一歩を下がる。だが彼の目当てはどちらでもよかったから、近くに残った方に手を触れた。

 同時に魔素が渦巻き、一瞬にして霧散する。その後で、…アヴィは見知らぬ男に手を触れていた。


「──お前、何をした……!?」

 見知らぬ男の驚愕の声とともに、剣が抜かれる。それがアヴィに向くと気づいた夕闇が盾となり、その切っ先を捕まえた。まあ、苦労人がその男を押さえているから、届きはしなかっただろうけれど。


「わ、すごい、夕闇ってそんなこと出来るんだ?」

「能力的には貴方にも出来ますけどね」

 全く様子の変わらないアヴィに微笑んで、見知らぬ青年のことなど歯牙にもかけず剣の切っ先を曲げてみせる。自分たちが何者か、思い出せるために。


「他人に剣を向けるのですから、剣が駄目になるくらいは、覚悟の上ですよね」

 折り曲げた剣先を掴み、夕闇はほんの少しだけ力を入れた。吹き跳びこそしなかったが、二人は豪快に尻餅をつく。見知らぬ男は信じられないと言った顔をしているが、苦労人は溜息をつくだけだ。


「ダメですよ、お二方。アヴィはこう言うの、慣れていないんですから」

 少しだけ威圧をこめて、二人を見る。その衣装から、相当な身分のものであると見当はついたが、知ったことではない。


「そちらが、あなたの主?」

 その問いに、苦労人は目に見えての冷や汗を流す。主と目された男は、ただ夕闇を睨みつけた。


「あの、こ、この方は」

「いい、自分で名乗る。──王弟ヴァゴルだ。皆には辺境公と呼ばれている」

「ああ、では貴方がこの茶番劇の仕掛け人ですか」

「茶番劇?」

 何のことだと苦労人を振り返る。違うのかと意外な気がして、あわわわと冷や汗を倍増させた苦労人に問いかけようとしたそのとき、アヴィがふらりと揺れた。


「アヴィ?」

 振り返った夕闇の声に口を開きかけた彼だったが、叶わずに膝を着いた。そのまま自分にもたれ掛かる彼の体の軽さに、夕闇が目を見張る。

 妖魔の身体は人間の模倣であり、その体重も、基本的には人間と変わらないものとなる。魔力を肉体として現界させることで体重を作り出しているのだが、それが軽くなったということはつまり、身体を構成する魔力が失われつつあることを示している。

 あり得ない。アヴィは魔力生成型だ。今、制御できるようになったとは言え無限に等しい魔力を生み出せる彼が、なぜ魔力を失いつつあるのか。


(駄目、これ以上は危ない)

 流出ならばと、自分の魔力で彼を覆う膜を発生させた。寄ってきた王弟を撥ね退け、アヴィの状態に意識を集中する。出来たのはあくまで応急処置で、回復には至らない。原因を調べなければ、と。


(魔力生成機関は沈静化していました。アヴィの意志ではまだ、自在には動かないはず。けれどどう見ても暴走しているし、…身体を構成する現界分まで流れるのは不自然です。あの二人にアヴィをどうにか出来るほどの腕はありませんし…だとすれば、罠か何か……?)

 意識を切り替え、魔力の流れを見る。探すまでもなく、それは彼が手にした何か──仮面のようなものに流れ込んでいる。これだけ際限なく魔力を流し込めば、普通は崩壊するはずなのに。


(待って……わたしはこれを知っている…どこで…いつ──?)

 倒れたアヴィが、別の人影に重なる。そう、その額に刺の冠をつけられたイーリスの姿が。あのとき、夕闇に出来たのは朝顔の動きを読んで警告を出すことだけだった。


「──妖皇の罠──…そんな」

 何故ここにと叫びたい。けれどそんな暇はない。それに、魔力生成機関が暴走している理由もわかった。あのときのイーリスと同じく、魔力を注いで内側から破壊しようとしているのだ。

 けれど、…間に合うのかと疑問が浮かぶ。あのとき、イーリスが半分以上を無効にして、それでもアヴィが意識を失うだけの魔力を必要としたはずだ。


(私の魔力を…いえ、足りるはずがありません)

 イーリスの魔力とアヴィの魔力、双方を自分の魔力として受け取っただけの身体である。どうにか自分でも魔力を練ることは出来ているけれど、魔王とそれを越えるメモリアの魔力量に、その程度で間に合うはずがない。

 ではどうするか。

 決まっている。


「イーリスさま」

 彼を呼ぶしかない。自分になど遙かに及ばぬ彼に助けを求めればいい。彼になら、きっと出来るから。

 通信術を使えば場所は伝わる。…ああ、でも間に合わないかもしれない。間に合って、どうか、…どうか、すぐにここへ来て!


「イーリスさま!」

 叫んだその背後で何かが聞こえた気がするが、そんなことを気にかける余裕はないし、その必要もない。何故なら。


「──何が起きた?」

 喚んだ主が、きっと助けてくれるだろうから。

 そんな風に思いながら、──夕闇は、意識を手放した。


「ちょっと待ておい、夕闇!?」

 主の声が常と違って慌てているのが、少しおかしいなと微笑みながら。


  ※ ※ ※


 この闘技場の控え室には、舞台の様子が分かるように魔法具がおいてある。生中継でそれを見ていたから、魔王が客席を後にすることに気づけた。

 いても立ってもいられずに与えられた控え室を飛び出した青年は、魔王から出場権を譲られた、あの大剣使いである。

 通路は一本道だから、必ず行き逢う。…ただ、何のために飛び出したのかは自分でもよくわかっていない。ただ、これを逃せば二度と逢う機会はない、それだけは確実だった。

 だから、だろう。彼を通路の先に見つけても、声をかけることを躊躇ったのは。すぐ目の前まで来た彼が立ち止まり、こちらを見ても、あの、とか。貴方は、とか。しどろもどろになることしか出来なかったのも。


「──目は治ったか?」

 何も言えずにいる青年に、魔王が問いかける。

 その問いに、はいともいいえとも、彼は答えることが出来ない。何故なら、…いずれは視力を失うと警告されているから。


「……舞に支障はありません」

 そんな言葉で誤魔化した彼にか、魔王は溜息をつき──閉じたままの鉄扇を、青年に突きつけた。


「──っ」

 思わず息を呑む。その扇の先は、痛めた目の先にあった。けれど──そこにあるはずのそれが、ぼやけて見える。

 ちっ、と舌を打つ音が聞こえた気がした。

 まさか、と青年はそれを否定する。魔王については噂しか聞かないが、礼儀正しいと聞く。まさか人前で舌打ちなどするはずがない、と。


「お前、魔法は使えるのか?」

「魔法、ですか?」

 前触れなく問いかけられて、青年は困惑する。魔法は、…簡単なものなら、誰でも使えるものだ。実際、彼自身も明かりの魔法は修めている。


「簡単なものでいい…いや、魔力が練り上げられるならそれで十分だが」

「あ、それなら…はい。夜中に練習するために、明かりの魔法だけはなんとか使えるようになりましたから」

 意図が分からないまま答える彼に、魔王が頷く。


「なら一つ、術をかけてやる」

 魔王に促されるまま、青年は控え室へと戻った。彼について入った魔王は、これからやろうとすることを告げた。


「──疑似視力、ですか」

 そうだと魔王が頷く。

 妖魔の身体は人と違い再生するが、即時というわけではない。怪我の程度次第では修復が追いつかず、危険になることもある。そのために術を使い、修復を早める──時には修復を越えて、新たに作り出すための術があるという。


「はっきり言おう、おまえの目を治すことは出来ない。だから、その代わりだ。眼球ごと駄目になっていれば話は早かったんだが」

 恐ろしいことを平気で口にする彼はやはり魔王なのかと、青年が怯む。魔王は苦笑し、改めてその意を告げなおした。


「魔力を集中させて、疑似的な視力を得る術だ。本来は、修復を待つ間がないときに応急策として使うんだがな。ただし、発動している間は魔力を消費し続けるから、魔法は使えなくなる。…それでよければ、だ」

 それは極端な話、目を潰されても見えるままになるということらしい。

 そんなことが出来るなら、と青年は呟く。

 武闘舞踊は、真剣勝負故に怪我が耐えない。全身全霊をかけて挑み、どうにか勝利できるようなその舞台に、視力を失ったままで立ち続けることがどれだけ危険かは、知っている。


「ああ、体内で魔力を循環させるから、よほどのことがなければ他人には気づかれないし、この舞台の仕掛け程度には引っかからないから安心しろ。…いいか、それで?」

 はい、と青年は頷いた。そして魔王に促されるまま、椅子に腰掛ける。施術のためだろうか、意識がぼやけていく。


「覚えておけ。魔法はもう、使えないと」

 それだけが意識に残り、──次に、目を覚ましたとき。

 そこには誰もいなかった。

 それが、魔王を召喚する猛者がいたせいだと、彼は知らない。


   ※※※


 イーリスさま、と呼びかける声が聞こえた。

 そんなことが出来るのは夕闇だと分かっていたが、答えを返すよりも早く召喚されるなど、思っても見なかった。施術が終わっていなかったら、どうなっていたことか。

 それに加えて、…その場の全員が意識を失っているなど、誰が思うか。


「お前、自分が何やったか分かってるか?」

 目が合うなり意識を飛ばした夕闇に呼びかけるが、当たり前ながら応答はない。周囲を見回して状況の把握に努めるしかないが、いったい何が起きているのか。

 一番危険なのはアヴィか、と見当をつける。存在が浅くなっているのを、夕闇がつなぎ止めている。

 次に危険なのは夕闇で、存在にまでの影響はないようだが、魔力を放出した気配がある。

 残る二人は──片方は見たことのない男だが、昏倒している。その窶れ具合から、生気を奪われたようだと見当をつける。とはいえ、命に別状はないと判断して放置することにした。


(…アヴィが何かやらかして、夕闇がそれを保護…私を召喚するために周囲の魔素では足りず、生気も根刮ぎにした、と…言うところか。ったく、一言呼べば済むものを)

 転移術を扱う妖魔は少ないが、イーリスもその一人である。一度だけではあるが使ってみせたから、彼らは知っているはずなのだがと溜息をつく。まさか、それでは遅いと判断されての召還だとは、夢にも思わない。


(というか、そうか…生気も扱えるのか、夕闇は。気を付けないと不味いな)

 念の為言っておくと、人間の生気と魔素は全くの別物である。ただ不思議な事に、どちらも自分の魔力の素として扱える妖魔、魔法使いは、少数ではあるが存在している。この場合は、おそらく夕闇がそれにあたるのだろう。…吸われた彼らにとっては不幸なことだが。

 いずれにしても、このまま放置するわけにはいかない。ひとまずはあの離れに戻るかとアヴィたちを連れ出そうとするが、…触れてみて何かおかしな流れに気が付いた。


(──アヴィの魔力生成が暴走しているな。夕闇はそれを安定させようとして結界を──いや、違う…って夕闇を守るための暴走か、これ!?)

 アヴィから夕闇へ、際限なく魔力が流れ込んでいる。翻って夕闇からも、アヴィへと魔力が流されていて──要は二人の間で、魔力が循環しているのだ。命の危険はないが、これでは下手に離せない。

 原因がわからないのに無理やり分離させるわけにもいかないと、と二人を術で括り、目眩ましをかけて宙に浮かせた。幸い、ここは特別席用の通路で、さほど人の往来はない。このまま馬車へ連れて行くくらいは出来るだろう。


「──館に戻る」

 ちらりと視線をやって、目を開いた苦労人に告げ、イーリスは馬車へ向かった。二人を寝かせたらとって返すつもりはあったが、途中で人とすれ違ったからたぶん、任せて問題はないだろうと放置を決め込むことにする。

 幸い、来るときに乗ってきた馬車が、まだそこに控えていた。あろうことか、御者と親しげに離している蒼夜まで。


「ああ、イーリスさま。もうお帰り…ですよね」

 流石にこの程度の目眩ましは効かないらしく、蒼夜が苦笑した。ああと短く応え、馬車に乗り込むついでに蒼夜も引きずり込む。はいはいと慌てもしないあたり、慣れたものだ。


「…私があの馬車で来たと、知っていたのか」

 走り出してすぐ、イーリスが問いかける。蒼夜は笑って否定した。


「流石にそれはありませんよ。…衣装が目立ちますよね。それを着た人を連れてきた馬車を探したんです」

「なるほどな」

 派手に揃えた衣装は、こんなところでも役に立ったらしいとイーリスは溜息を吐く。


「…その方々が、今の従者ですか?」

「男の方は、な。もう一人は、…保護してるだけだ」

 その言いように蒼夜が笑う。


「夕闇さま、でしたか。名前を付けておいて従者ではないって、通じませんよ?」

「契約は交わしてない。…てお前、どこで名前を知った?」

 教えた覚えはないぞと睨むイーリスに向けて、口の前で人差し指を振る。


「それは、秘密です」

 懐かしい仕草を見せられてイーリスは苦笑した。そう言えば、そういう奴だったなと。そもそもが諜報を任せていたのだから、今でもある程度、伝手はあるのだろうということにしておく。


「安定はしてるみたいですね。…他人の魔力同士で、よくもここまで安定させられますね」

「そういや、お前は出来ないんだったか」

 敢えて彼に言う気はないが、…人間の生気まで自分の魔力に出来ると言ったら、どんな反応をするだろうと思いつつ確認してみる。


「無理だと思いますよ、今でも。まあ、必要もないので練習もやめちゃいましたけど」

「出来て損はないんだが…試すのも厳しいか」

 ええ、と蒼夜は頷く。

 実際、それが最初から出来る妖魔というのは少数派である。イーリスが出来るようになったのは、2代目妖皇と契約した後、必要に応じてのことだ。


「…死ぬのとどっちが楽かと思ったこともあるからな…」

 幾度も聞かされたその話に、蒼夜は苦笑する。

 彼の使う興図の術は、二代目から継承されたものらしい。めちゃくちゃに魔力を消費するそれを継承させたのは、二代目の魔力では碌に発動しないからだと説得されたが実際には違っていて、単純に術の複雑さを嫌ってのことだったらしい。

 憶えた術を明け渡す「継承」であったために、二代目は興図を失った。が、そのためにイーリスは呼び出され、彼を運ぶために興図を発動させることもあったのだとか。時にはそれを連発させられるので魔力が尽きて、そうすると二代目が魔力を叩き込んで強制的に回復させる。魔力をイーリスに合わせるなどの配慮があったものの、生の魔力を一気に流し込まれたときには死にかけたとか。

 少量ずつであれば変換出来るだろうと考えが変わったからマシだったものの、相手が妖皇だということも、契約で配下になったということも忘れて叩きつぶしたいと思った事が、一度や二度ではないのだと聞かされている。

 …それを自分に習得させようとする彼も大概だと、思わなくもないのだが。


「……さて、どうするかな」

 心の声が聞こえたのか、イーリスが視線を反らした。

 馬車は間もなく、館に戻る。

 初代さん、何やってたんですかね?

 もうちょっと落ち着いたら、そちらもアップする予定です。具体的には、2章が書き上がったら。

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