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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第二章 
38/64

2-19 こてんぱんに叩きのめして戴きたい……!

週に一話が限界っぽいですね。

2017年9月15日から第一部の修正を始めました。それ以前に読まれた方、とりあえず本日9月27日で三話まで改稿されていますので、よろしければご一読くださいまし。

「──あれ、何やってるか分かる?」

「……無理ですね、術が切れてます。こんなものまで封じるなんて、とんでもない魔法陣ですよ、あれ」

 術そのものは、イーリスの魔力で保護されるように構成してあると夕闇は言う。魔法陣が封じるのは魔素だけではなく、魔力そのものも封じるようだ。

 イーリスは対戦相手を押さえ込み、審査員に向かって、何事かを申し立てていた。彼が指しているのは砕けた蛇腹剣で、対戦相手は何やら喚いている。

 しばらくして、審査員の一人が血相を変えて席を取びだした。…文字通り、机を飛び出して闘技場に飛び降りて、観客が沸くがそれにはかまわず、壊れた蛇腹剣を取り上げる。丁寧に、丁寧に確認し──残った審査員たちに向かって頷いた。

 喚いていた対戦相手が拘束を逃れようとして暴れるが──ボキリ、と妖しい音が闘技場に響く。


「……何かやった?」

「出来ませんってば」

 静まりかえった場内で、二人が囁き合う。

 完璧に押さえられた状態から暴れたのだから、…まあ、結果自体は不思議ではない。しかし、その音が響くのは如何なる仕様によるものなのか。

 固まっていたイーリスだったが、駆け込む救護員に相手を渡し、自分は審査員席へと近づいた。何事かを交渉していたようだが、やがて全員の承諾が取れたのか、イーリスが一礼し、次いで観客席にも一礼してから、舞台を降りる。


『勝者・フェネクス! ──ただし、試合終了後の暴行と本人の申し出により、出場権をエスパーダに譲るものとする!』


「暴行って、…あれ、自爆だよな?」

「ええ、どうみても自爆です。…そこの、頭を抱えている苦労人さん?」

 声の調子をがらりと変えて、夕闇が問いかけた。


「今の対戦相手、何者です?」

「…教えたら、イーリスさまをここから出さないでいただけますか?」

 情けなさ全開で、苦労人が恨めしげな目を夕闇に向ける。


「出来るわけないじゃないですか。──教えないという選択肢はありませんよ?」

 夕闇が手を広げ、何かを握るような形を作る。

 ひぐ、と息を呑んだ苦労人に、夕闇は妖艶に微笑みかけた。ほんの少し、手に力を入れながら。


「どうみても、相手の自滅です。…どうして、イーリスさまの暴行になるのでしょう。それはもう、相手が身分の高い方であるから──くらいしか、考えられませんけれど?」

 そこに何があるのか、苦労人が自分の首を触りながら顔を青くする。

 夕闇の手の形と、苦労人の顔色。その二つから、アヴィは今、何が起きているかを推測する。あり得るのかという疑問はなくて、ただ夕闇がそれをやるということが信じられなかった。

 だってあの砦では、兵隊たちの際どい誘いやお遊びを、上手に躱していたくらいだ、懐柔も出来るはずなのに。


「夕闇、その辺にしておけ。──あれは第一王女だよ」

 イーリスの声に、夕闇は弾かれたように振り返る。その後ろで、ぐぇ、と何かが潰れたような声がした。


「──は? 王女?」

「王女って…、え、女ですか、あれ!?」

 イーリスと並んでも引けを取らない身長に、…もしかしたらイーリスよりも筋肉質かもしれない身体に、明らかにイーリスよりも男性に見える顔つきである。両名とも、女性であることにまったく気づいていなかったようだ。

 苦労人は自分の首を押さえてじたばたしている。


「詳しく話してやるが、あのな…離してやれ、死ぬぞ?」

「あ」

 慌てて術を解くと、苦労人がその場にへたり込んだ。その場の三人を見て後ずさる姿に、アヴィはちょっと理不尽な気分になる。自分はまったく何もしていないのに、と。


「…イーリスさま。どうして出場権を譲られたんです?」

「体力が続きそうになかったんだよ。あの舞台、面倒だ」

 夕闇が気づいたとおり、魔法陣は魔力までも封じている。彼ら妖魔は体内に魔力を流すことで活力を得ており、その魔力は魔素から練り上げられている。しかし、舞台の上ではそれが出来ず、活力を消費する一方だった。そのつもりであれば備えることは出来るが、そうではないとなると少々、無理な手を使うことになる。

 それはたぶん、この舞台のために研鑽してきただろうほかの出場者に対して非礼もいいところだ。


「それと、…まあ、技量がな」

 どちらが、とは言わずにおいた。その一言に尽きるのだが、流石に部外者がいる席では言葉にしたくない。

 夕闇はすぐに諒解し、アヴィは…苦笑したところを見ると、理解出来たのだろう。部外者の方は、どうだろうか。彼らを警戒の目で見ているが。


「それはわかりました。…で、イーリスさま。対戦相手……、女性なんですか?」

「王女さまって、流石に嘘だろ?」

 ああ、とイーリスは苦笑した。流石の自分も信じられなかったが。


「押さえ込んだときに自分で言ったぞ。──第一王女に暴行を働いてただですむと思うな、とな。審査員も認めた以上は、嘘はあるまい。──ずいぶんと卑怯な王女もいたものだな」

 イーリスがそれに気づいたのは、先の対戦相手が棄権を宣言したときだ。

 蛇腹剣はその作りから、破損すること自体は珍しくない。繋いである糸──通常は鋼糸を使うらしいが、それが傷つけばバラケるし、それを見越して飛び散るように仕掛けることもある。

 だが、それはあくまで──繋いである糸が切れるという意味に於いて、だ。大剣に巻き付いただけの状態で、外すときに欠けた破片が散らばるなど考えられることではない。だから、イーリスは飛び込んだ。


「──剣に仕掛けがあった。考えて見ろ、地面に叩きつけられただけで、どうして、あんな風に刀身が粉々になる?」

 あ、と二人が顔を見合わせる。すでに回収されて次の試合の準備が整えられているようだが、確かにあの剣は、刀身が粉々に砕かれていた。魔法を使えないあの場であれば、何かしらの仕掛けと考えるしかない。


「どうやってそんな仕掛けを施したかはわからん。だが、あのまま出場させれば怪我人が増える。下手をすれば再起不能に陥って、な。だからまあ、…あいつだけは排除しようと思ったのさ」

 その相手がよりによって第一王女だったというわけである。面倒なことになったと思わなくはないが、まあ、王女の仕掛けを考えるなら、この国からの追放程度だろう。苦労人の思惑とは違うかもしれないが、こちらとしての問題はない。

 そう考えたまさにそのとき、──ばたばたっと天幕がばたついた。突然の風である。


「イーリスさま、帰りましょう」

「唐突だな。見物はこれからだぞ?」

「もう、十分に楽しみました。私の魔力制御が効かなくなる前に、早く」


『第六試合 第一王子グランツ──不戦勝!』

 夕闇の声をかき消すほどの宣言が場内に響きわたり、三人とも思わず中央を見た。そこには、はっきりと、彼らを見る男がいる。


「帰りましょう、イーリスさま、嫌な予感がします」

 夕闇の言に否はないと、イーリスは頷いた。アヴィは気になるようだが、否を唱えるほどではないしと彼らに従おうとして、──しかし。


『隣国エレーミア皇国よりの客人、魔王イーリス! 武闘演舞の対戦を申し込む!』

 場内に響きわたるその声に、夕闇は第一王子グランツを睨みつける。

 やりたいことはわかるがな、とイーリスは額を押さえた。先の王女の敵討ちと、王家の威信を回復させる一石二鳥の手段──ということだろう。だがここで、自分が叩きのめされたらどうするつもりか。そして女王は、このバカどもを放置するつもりなのか、と。


「てかさ、無視してなんか問題ある?」

「ないな。…夕闇、動けるか?」

「脱いでよければ」

「わかった、連れて行こう」


「イーリスさま」

 苦労人が彼らを見て呼びかけ、──アヴィに剣を突きつける。


「重ね重ねの非礼と重々承知はしておりますが──お相手をお願いします」

 ふーん、とアヴィが冷めた目でぷるぷる震える切っ先を見る。どう考えても、彼に本気の様子がないので、つい、それをつついてみた。


「そして、こてんぱんに叩きのめして戴きたい……!」

 ぶふふ、とアヴィが吹き出した。イーリスはきょとんとしているし、夕闇に至っては目をまん丸に見開いている。


「てかだったら俺に剣突きつけるとか止めて? ねぇ、何でおれ?」

 それはまあ、とアヴィ以外の心中が一致する。そして同時に何も言うまいとする判断も、ほぼ全員同時に行われた。


「…いいのか?」

「ええ、ええ、是非とも! 王子の実力では決勝まで残れるはずもありませんし他国からの賓客だという意味を理解すらしていませんし何よりも王家が恥をかくことを欠片も考えないあの傲岸不遜を、どうぞご遠慮なく叩き潰してください……!」


『出てこい、魔王! 女には挑めて男からの挑戦は受けぬなどと腑抜けたことを言うつもりか!』


 バカかあれ、とイーリスが呟いた。

 バカでしょう、と夕闇が相づちを打つ。

 バカとしか思えない、とアヴィが空を仰ぎ。

 そろそろ自分のバカさ加減を思い知る時期でしょう、と苦労人が吐き捨てた。

 ついでに言うと、観客席が静まりかえっている。


「今さ、イーリスが出てくと英雄?」

「間違いなく英雄ですね。語り継がれますよ、きっと」

「不正を暴く魔王さま。かっこいいじゃん?」

「あまりかっこいいところを見せつけてしまうと、面倒なことになりそうですが」

 好き勝手にぼそぼそ呟くアヴィと夕闇に、言ってろ。とイーリスが呟く。


「…この試合だけでいいと確約できるか?」

「致しましょう。どうせ、王族特別枠ですし」

 喚く王子を後目(しりめ)に、二人は話を詰める。


「金貨50枚。指南料だ」

 ぷふ、と夕闇が吹き出す。それは確かに指南料だが、相場としては一年分に相当するはずだとアヴィに教える。


「王子の年金から支払いましょう。何でしたら王女からも同じ額を」

「それはどちらもでもいいな。…もう十分に恥はかいただろうしな」

 恥じゃすまないよな、とアヴィは夕闇と視線を合わせて頷いた。


「ことの詳細」

「女王より説明がございます」

 え、と苦労人を見る。その表情は真剣で、…何やら裏があるとは思っていたが、簡単な話ではなさそうだ。まあ、指南料が出るなら、とイーリスは太刀を佩き直そうとして──逆に外した。


「無手ですか?」

「まさか」

 あの酔拳使いならまだしも、とイーリスが苦笑する。魔素を補給できないあの舞台で、如何に妖魔とはいえそこまでの技量があると自惚れる気はない。


「稽古なら、これも面白いだろう?」

 懐から取り出したのは、黒光りする扇──鉄扇である。その長さは一尺、護身武器としては使われているが、王子が構える長剣には比べるまでもない。


「や、あの、イーリスさま、流石にそこそこの実力は」

「だろうな。私の得意はこれだよ」

 焦る苦労人に片手で開いて見せる。その重い音と軽やかな動きに、虚を突かれたかのように黙り込んだ隙にイーリスは闘技場へと躍り出る。遠慮することもないだろうと、思い切り高くから一回転で着地して、王子に対峙した。


「──あれが、得物ですか」

 護身の武器としては隠し持てるし、優秀だと聞いたことはある。しかし、武闘演舞に於いて鉄扇を使う流派など聞いたことがないと苦労人は呟く。


「……アヴィ、ちょっと」

 苦労人から離れろと夕闇が身振りで告げる。そのまま観戦するふりで、念話をしかけた。


(何か、ほかにもたくさん武器の扱い方がわかるんですけど、どうしましょう)

(どうしましょうって……たとえば?)

(棒ですね。けっこう長いです。剣もわかりますし…それから鞭と、…槍も)

(なんで? イーリスって武器狂いなの!?)

(そういう流派じゃないですかね。ほぼ何でも扱うっていう……)

(……あ、なんかイーリス、そういうの好きそう……)

(あ、でもこれ、全部踊るための動きですね。実践には向かないみたいです)

(いやま、…実戦しないっしょ?)

(そうですね)

 今回のような特殊な環境であればともかく、普通は魔素を封じたりしないから、そもそも術が使える。実戦用剣術を覚えても使う機会など、まずなかっただろう。となれば、やはりそれらは舞のための動きということで。


「てか、得意が鉄扇て…事実(マジ)みたいだな」

「長剣を鉄扇で捌くとか、あり得ませんよ…しかも相手が指定した曲ですよ…」


 そのあり得ない技を、イーリスは披露していた。

 曲は『英雄ポロネーズ』、重苦しさのない曲で武闘演舞にも悪くないと思うし、一門の誰かがこれを好んで使っていたような気がするほど、定番の曲だ。

 しかし、と醒めた目で王子を見る。

 振り下ろされた長剣を半歩ずれることで避け、身を捻って一歩を跳んで、王子の背後に背中をあわせる。


「──重い。なぜこの曲を選んだ?」

 自分の知る相手なら、この動きを読んだ上で観客に舞を見せるために誘い込む。これは武闘ではなく舞踊が主体だから、相手もそれに合わせて引くことは心得ている。でなければ剣を手放してでも距離を取る。…しかし、王子はその筋力で振り回すことは出来るものの、足がついてこない。つまりは、ステップが踏めない。


「──鈍い」

 背を合わせたまま、閉じた扇で手首を(はた)く。無論、平面なので──切り傷などは出来ない。ぐ、と王子が呻く声が聞こえた。これもまた、…いや、ほとんどの舞士はこの程度は読んで、庇うなり避けるなり──後は肘撃ちという手もあったか。


「遅い!」

 イーリスが離れたその場所に肘うちが来る。剣を握ったままで放たれたそれは、喰らえばそこそこの衝撃だろう。身体の強度自体は人間と変わらないし、痛みも当然に来る。──が、喰らえばの話で。

 曲調に合わせた胡旋舞で間をつなぎながら、どうしたものかとイーリスは悩んでいた。

 そもそも、この曲はあんな重苦しい両手剣で舞うものではない。長剣であれば二刀流、或いは刺突剣などの素早さを重視出来る武器で舞うのが好ましい。自分が指定しておきながら、相手の動きについてこられないような、そんな舞を見せられる観客が気の毒だ。

 あの苦労人には稽古などと言ったが、取り消して金貨も返上しようか。そんなことが理解出来ない相手に指南できるほど、自分に腕はない。

 そんなことを考えながら、それでも身体は動いている。剣を振りかぶる王子の懐に入り、胸への一撃。──一瞬とはいえ止まった呼吸で、剣が手からこぼれて──落ちる。

 ちょうど曲調が変わり、滑らかに流れ出すそこで王子は剣を諦めたのか、対抗するつもりらしい見事な連続回転で距離を取る。

 悪くないな、とイーリスは微笑う。剣を失ってからのほうが、動きは軽い。これなら稽古を付けられるかと袖を振って挑発し、曲の要所で自分にかかってこられる位置に誘導していく。

 かろうじて武闘演舞であるとの意識は残っているらしく、ガムシャラにならないことは評価出来るかと内心で呟くがそれでもやはり、技量の差は歴然としすぎていた。何しろその本人は、導かれていることに気づいてすらいないのだから。

 再び曲調が変わったところで、細かなステップに切り替える。

 捕まえに来る度に扇で払い、その腕を掴んで一回転させては放り出す。曲に合わせようとすると掴んだままふりまわすことになるが、観客は沸いているのでいいだろう。

 疲労が出てきたころに、滑らかに流れる曲調に変わって息をつく。王子が疲労困憊と言った様子なので放置して、──大跳躍。着いた足で更に跳ぶ連続跳躍で、円形の闘技場を横切って見せる。

 そして曲は主題に戻り、高らかに鳴り響くフィナーレとともに、扇を王子に突きつけた。

   

  ※※※ 


「何者なんですか、あの方……」

 大歓声と拍手の中、その場にいるままだったらし苦労人が、ぼそりと呟く。ちなみにこの大歓声、半分は演技に感動してのものなのだが、半分はうざい王子を叩きのめしたイーリスへのお褒めの言葉のようなものだったりする。


「んー…元筆頭魔王さま?」

「放浪魔王? ですかね?」

 アヴィはともかく、夕闇の知識には、彼がどんな一門で稽古を付けられたかがある。が、その辺りは──イーリスの許可なしに話すものではないだろうと、いろいろと暴露してひれ伏せろとやってみたい気持ちを抑えている。


「あれが、私たちの主ですよ」

 にっこりと笑った夕闇に、苦労人が後ずさる。お前もか夕闇、と呟きつつ、アヴィがその頬をむにむにと摘まんだ。


「なにふるんでふかっ」

「イーリスと一緒で怖いんだってば!」

「そのつもるでやってるんれすからあらりまえれすっ」

「ここで脅してどうすんだよっ」

「いっ」

 うにうにぴっ、と頬を離して苦労人に向き直る。顔色が悪くはなっているが、どうやら無事のようだ。


「んで、俺らはこれからどうすればいい?」

 何やら審議を始めたらしい審査員を後目に、イーリスは何やら王子に語りかけている。もしかしたら本当に稽古をつける気かもしれない。長くなりそうだと思いながら、アヴィが問う。


「──控え室を一つ、準備させます。夕闇さま、今朝方の依頼、まだ継続いただけますか?」

「ああ。…まあ構いませんが…」


『──断る。性欲処理がしたいなら商売女を当たれ』


「…え、今のイーリス?」

「です、ね。え? 何か今、すごいこと言いませんでした?」

 流石に耳にした言葉が信じられず、二人は舞台を凝視する。そこへ女王が飛び降りて、何事か話し出したようだ。


『皆の者──まずは武闘舞踊に横やりを入れたことを、息子に変わって妾から詫びよう! すまなかった!』

 観客席に向かって一礼。威厳ある声が、劇場に響く。実はそういう響きを持って再生されるように、劇場そのものに仕掛けられた魔法であると知るものは少ない。


『息子の非礼にもかかわらず、魔王殿は寛大にもお許しくださるとのこと、まことに忝くおもう!』

 今度はイーリスに一礼。彼は、…苦笑しているようだ。


『さらにはこの場での余興まで引き受けていただいた! この場に居合わせた幸運な民よ、語りつぐがよい! ──出来れば、娘の醜態は忘れてもらえると有り難いがな』

 茶目っ気たっぷりに片目を閉じてみせる女王に、場内の雰囲気が和らぐ。それを狙ったかのように、楽団の演奏が始まった。


「あれ……なんか、今までの曲とずいぶん違うな?」

「…流行歌、ですかね。せっかくですから、夜は酒場に連れて行ってもらいましょうか」

 流行歌、歌謡曲──特に酒場で演奏されるような曲は、どこの楽団でも譜の一つとして修めているものだ。流石に歌手はいないようだが、三拍子の軽快な曲である。

 その曲で──王子は翻弄されていた。


 何が起きているんだろう、とイーリスは内心で首を傾げながら稽古をつけていた。流石に知らない曲なので、華麗に舞うとまではいかないが、拍子に乗って稽古をつけるくらいであれば問題はない。

 しかし、とここまでの経緯を思い返す。

 そもそもは、審議結果を待つ間が暇だったので話しかけてみたのだったか。思いの外、王子は素直だった。しかもまだ二十歳に満たず、王位継承権もないので将来は舞士として身を立てたいのだとか。

 正直に言えば、無理だと思う。女王が反対しているそうだが、それは正解だ。身に合わない長剣を使い続けたせいで、ほかの武器に切り替える余裕がなくなっている。聞けば本来は刺突剣が得物だとか。なるほど、武器なしの方が動きがよかったのはそういう土台があるからかと納得もしたところで──ああ、そうか。

 あり得ない言葉を聞いたのだ。


「なあ、あんたの妾さ、俺に譲ってくれよ」

「…は?」

 突然の言葉に、イーリスが思わず聞き返す。王子は照れくさそうに、言葉を続けた。


「勝ったらそう言うつもりだったんだ。ちょっと情けないな。流石に正妃は無理だけど、第二妃には出来るし。妖魔って子供、出来ないんだよな。王位継承権とかも考えなくていいから楽なんだよな。──ぐっ」

 気づいたときには、王子が呻いていた。何をしたのか自分で把握したのは、握り拳に気づいたときだ。


「──断る。性欲処理がしたいなら商売女を当たれ」

 低い、よく通る声が闘技場に──劇場に響く。まるで、何かの術を使ったかのようだが──この闘技場で、それは不可能なはずだ。


「何…、だよ、悪い話じゃない、だろ? お前、国を出奔したんだってな。追われる身で、二人も足手まとい抱えてるよりマシだろうし、彼女だって逃げる必よっ」

 無言のまま、肩をつかんで立ち上がらせる。指が食い込んで、…声も出せないほど、痛いようだ。


「黙れ。──誰か、この男に刺突剣を。稽古をつけてやる」

 その声に大きな溜息が返されて、──貴賓席から、女性が飛び降りた。


「は、母上──」

「すまぬの、魔王殿。……そのバカの母親にして、この国の女王じゃ。…刺突剣はこれでよいかな。あいにくと、護身用故によく切れるのじゃが」

 かまわないとイーリスは頷く。女王がそれを王子に手渡して、周囲に向けて──詫び始めたのだ。


 回想がようやく現実に追いついて、イーリスは深く息を吐く。

 得物と聞いたはずなのに、まるで精彩に欠く。長剣よりはいい動きをするが、それだけだ。これは剣の腕ではなくて、根本的に舞というものがわかっていない。よほどおかしな師に教わったか──或いは、自学か。

 自国の流行歌ですら満足に踊れぬ身で、半分にも満たない鉄扇ですら躱すことも出来ず、自分にかすりもしないこれで、よくもまあ一門を起こすなどと言ったものだ。

 ──ああ、そうか。師匠がいないから、自分の欠点を見ることが出来ないから、増長しているのか。

 だが、…まあ。

 力を抜いて身体を沈め、王子の懐へ──内側から鉄扇で跳ね上げて、空いた手で受け止める。その切っ先は、王子の首へ。同時に曲が終わり、それが終技と知れただろう。

 抜き身の剣を返そうとして、しかしその鞘は女王が持っていることを思い出した。

 振り向いたのを気に女王が歩み寄り、剣を受け取って鞘に納める。


『余興は終わった! さあ、この後はまた素晴らしき武闘舞踊に酔いしれようではないか!』

 女王の宣言に、観客席はまた、沸いた。

英雄ポロネーズ 音楽の授業で一度は聞く曲です。

作中の流行歌ですが、…うっかりエリーのアトリエののど自慢大会の曲でやっちゃいました。

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