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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第二章 
36/64

2-17.5 お手玉ですよ。貴方はいかがです?

 すべての演目が終わってからも、アヴィは夢中で舞台を見つめていた。そんなアヴィに、夕闇が笑って声を掛ける。


「面白かったですか?」

「ああ、すっげぇ面白かった! あれ、魔法とかじゃないんだろ!?」

「ええ、あの舞台には魔法封じがかかってますからね。……鍛錬というのは、凄いですね」

 どこか眩しげに目を細めながら、夕闇は呟く。


「おれ、鍛錬であそこまで出来るようになる気がしないんだけど」

「向き不向きはありますけど…やってみないとわからないと思いますよ?」

 んー、とアヴィは唸り、夕闇の言葉を吟味してみた。しかし。


「いいや、おれ観客のほうがいい」

 アヴィらしい、と夕闇は微笑んだ。まだ一月にもならない付き合いだが、何となくそんな答えだろうと読めていた。そう、妖魔には珍しく、読みやすくて裏表のない性格だ。


「夕闇は? 器用だし、やれない?」

「そうですねぇ」

 無茶振りに笑いながら、籠に積まれた蜜柑を取った。それを一つ、放り投げて次に林檎を。それも投げて芭蕉の実を。四つ目には夏蜜柑を投げて、最初の蜜柑を受け止めて、また放り投げて次の林檎を、と都合四つ、回し始めた。

 げ、とアヴィが固まった。半分冗談で聞いたのだ。それも、笑って否定して終わるだろうという予想で。そう、まさかあんなことまで出来るとか出来ないとか、考えて聞いたわけではない。


「術なしですから、これが限界ですね。アヴィもやってみます?」

 ぽいぽいと小さな蜜柑が放り投げられる。反射的に受け取るが、いくら夕闇の動きを見ても、何が起きているのかわからない。つまり、真似が出来ない。夕闇自身も、説明できるほどにはわかっていないから、教わることも出来なかった。


「何してらっしゃるんですか、お二人とも」

 そこへ声を掛けたのは、苦労人である。


「お手玉ですよ。貴方はいかがです?」

 少々煽り気味に夕闇が芭蕉の実と林檎を投げる。あっさりと片手で両方を受け止めて、その二つを回し始めた。


「え、片手? 片手で出来るの!?」

 アヴィが目を見張り、夕闇が口をへの字に曲げる。


「二つまでですけどね。私の祖母なんかは、片手で四つとか平気でしたよ。…まあ、果物を使ったりはしませんでしたけど」

「え、じゃあさっきのあれみたいな?」

「いえいえ、もっと簡単なものですよ。小さな袋に、豆を包んだだけのものです。ああ、この町なら雑貨屋あたりで売ってますよ」

 アヴィはくぎを刺されたことに気付かず、夕闇も聞き流したので、彼の真意はわからない。


「…あと、夕闇さま、あの方に伝言をお願い出来ますか」

 果物を籠に戻し、苦労人は夕闇の前に片膝をついた。


「主が困る頃合いですから、少し、席を外します。武闘演舞までには戻れるかと思いますが」

「ああ……わかりました、伝えましょう」

「ありがとうございます。では、のちほど」


「…夕闇さ、あの人嫌い?」

「…嫌いではありませんが、どうも胡散臭いというか、掴み所がないというか」

 総じて近づきたくないというのが、夕闇の総評らしいが、アヴィは”面白い人”という感想なので、その辺りは理解できないようである。

 首を傾げる彼に、夕闇は気にするなと笑う。個人の好みもあるし、そこは向こうも承知の上だろうと。


「ああ、ほら…次の演目が始まりますよ。その話は、宿へ戻ってからでもいいでしょう?」

「…それもそっか」

 それからは、時間を忘れて舞台に見入ることになっていった。

 幻影魔法を使った演奏では、曲に合わせて舞台が装いを変え、そこで戯れる精霊や幻獣の群に息を飲み。

 魔法を使わない舞台舞踊は、人間と思えぬ美しさに我を忘れ。

 奇術で取り出された花々の香りを嗅いだときには、思わず椅子から立ち上がった。

 そして揃いの衣裳を着た少女──幼女たちが、わらわらと舞台を埋めるさまに笑みを浮かべる。

 始まった演奏に合わせて披露された群舞は一矢乱れずとまではいかないけれど、綺麗に揃っていて、観客の顔を綻ばせた。

 曲が終わる頃、子供たちが舞台の端へ並び、姿勢を揃えて静止して、その中央に──女王自らが降り立った。特別席から、仕切りを乗り越えての跳躍で。


「なーっ!?」

「またすごい演出ですね……」

 歩いたのでも、浮いたのでもなく、跳躍である。女王陛下その人である。しかし、観客席が沸いたものの、貴賓席に動きはない。とすると、最初から予定されていたのだろう。なるほど、これがあるのでは従者が呼び戻されるのも無理はない。

 女王の両手に火が灯り、子供たちは一人、また一人と灯火を受け取っていく。それぞれが再び同じ位置に戻ったところで、女王が灯を高く掲げた。それがゆっくり、黄昏色の空へと上っていく。

 まだ早いと、夕闇は気がついた。いくつもの演目を見たとは言え、まだ、夕暮れにはならないはずだ、と。


「──あれ、絵じゃないか?」

 アヴィの言に目を凝らし、それが正解であることを知る。いつの間にか屋根で覆われていて、そこに黄昏が描かれていたのだと気づき、愕然となった。余りに精巧で、見分けがつかなかったのだ。

 灯は屋根に触れようというころに、四方へ散った。それを合図に幼女たちが、舞台を囲む燭台に灯を移す。如何なる仕掛けか、灯が走る。舞台と、客席と──その全ての燭台に、灯が入ったのだ。


『待たせたな──これより舞踊武闘の舞台を設える! 舞台が整うまで、しばし休むがよい!』

 それが、舞踊武闘開始の宣言だった。

17話に続き、幕間気味。

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