2-17 僕には気付いてました?
「先程はありがとうございました。…光る技だとご存じでしたか?」
いや、とイーリスは含み笑いを漏らした。
「同席した奴がそれらしいことを、な」
今思うと、この演目順を考えた人間が酷い目に遭いそうな、なかなか昏い呟きだった。そこまで言うならと試して見ただけではあったが、その甲斐はあったと思う。
「僕には気付いてました?」
「いや、すまない。気付いたのは演目が終わってからだ。──流石にな、見たこともない道化師の素顔を初見で看破は無理だぞ?」
「あはは、そうですよね、やっぱり」
術を使っていればまだしも、と付け加えたフェネクスが以前のままだと、蒼夜は笑う。
「──手放して正解だったな。術、使ってなかっただろ」
「はい。…それでは、解放していただいた意味がありませんから」
蒼夜は笑う。フェネクスが外遊官だったころ、諜報員のようなことをしていた自分を、彼はあっさり手放した。人の技に魅せられて、ただそれだけで契約の破棄を願い出た自分を捨てることなく。
『どうせ、世界各地を廻るんだ。おもしろい情報があったら、皇国宛に寄越してくれればいいさ』
あり得ないと思った。渾沌領域から引き上げられた自分は、彼のものだ。だから、きっと許されず──或いは勘気に触れて消されるかもしれないと、覚悟もしていた。なのにあっさりと解放されてしまって、戸惑ったものだ。
のちのち、気がついたけれど。それが彼の本心であり、自分を縛る意志など一度たりとも見せなかったことに。
「──ただ、道具はそうもいかないんですが」
「あの光る珠か。どういう仕組みだ、あの珠?」
「内部に仕切が作ってあるんですよ。混ざると発光する薬品をそれぞれに入れて、ある程度の速度で仕切が壊れるようになってます。作れる職人が少なくて、時々自分で補充してます。あとは、あの金魚鉢ですね。以前は目の粗い大籠を作ってたんですが、これも旅に出てしまうと修理が出来ないもので──あの金魚鉢は僕が作るんです」
フェネクスに隠し事をする気はなく、彼の性格からしてそれを公にすることはないという信頼で、あっさりと仕掛けを口にする。まあ実際、薬品は液体同士で重心が定まらないし、光らない状態でも残像が見える位の速度でなければ仕切は壊れない。故に未だ、手作業による量産は出来ずにいる代物なので、別に問題もない。
「それくらいは許容範囲だろうさ。そういえば、お前、よく私だと気付いたな?」
「よくって──」
自分が如何に目立つ目印を持っているか、忘れたらしいフェネクスに呆れながら蒼夜は答える。
「フェネクスさま、僕、前に言いましたよね。外出するなら髪を隠すか、色を誤魔化したほうがいいですよって」
「……いつの話だ」
「お仕えしてたころですね。二百年は経たないと思いますが」
いつの話だよ、と再度ぼやいて、フェネクスがその髪に手を触れた。虹色の髪、結われているけれど見紛うはずもない光沢だ。これが目印になると、なぜ思わないのだろう?
「…言っておくが、今回は隠してたぞ?」
「布で覆うとかそんなものでしょう。染めてしまった方が楽ですよ?」
「その気はないな」
あっさりと拒否する彼に、蒼夜は嘆息する。が、それ以上の忠告は諦めた。彼は昔から、そういう性格だ。
「ああ、そういえばおかしな噂を聞きましたよ」
「噂?」
「はい。フェネクスさまが筆頭を降りられたとか」
「…いつの話だと思ってる?」
何時だろうと心に問いかけるが──まったく、記憶にない。つまりは、それだけ昔の話だということなのだが、確かめる機会がなかったから、とても気にはなっていた。
「三代目妖皇の即位で、筆頭を降りたんだよ。もともと私は、二代目と契約しただけだったからな」
「ああ…そのころのお話でしたか」
契約を切って、数十年が過ぎた頃、風の噂に妖皇代替わりを聞いたことがあった。恐らくそのときに、あわせて聞いたのだろうと納得がいく。
「噂は、それだけか?」
自分を見る彼に首を傾げ、…ああと思い至る。火のないところに噂は立たぬ──ごく最近、彼についての噂を聞いたばかりだ。
「──元筆頭魔王が国を出たので、当代には筆頭魔王がおらず、代わりに勇者が補佐についたと」
ふ、とフェネクスが鼻で笑った。
「事実だが、あの勇者に補佐なんぞ勤まらん。…ほかの魔王に優秀な奴もいるから、矢面に立たせているだけだろうよ」
凄い評価だなと蒼夜は苦笑する。気になるのは、フェネクスが国を出たことだ。筆頭魔王の座が空いているのは不思議ではないが、今、フェネクスの──魔王の称号そのものは、どんな扱いなのだろう?
「…貴方は、補佐に立とうと思わなかったんですね」
「そうだな。…また外遊官として戻れというなら、考えないでもないが」
「皇国に居たくない?」
「いや、旅がしたいだけだ。百年も国に籠もってたんだ、もう厭きた」
「……そういう理由でしたか」
確かに、フェネクスは外遊と言い張って各地を旅していた。しかし、言った先々で虐げられていた同胞──時にはそこに人間や幻獣も含まれていたが、それらを国へ連れ帰り、またすぐに旅に出るという暮らしぶりだったはずだ。それも、時には徒歩で寒村を歩き、山で猟をしていたこともあるという。それが仕事だったのだから、今更まっとうな外交官になるなど、無理な話だろう。
「──メモリアは、見つかりましたか?」
ふと、問いかける。自分を見つけたのは、メモリアを探していたからだと言っていた。渾沌領域へ潜る危険を冒すには、あの屋敷が不可欠だったはずだ。
「ああ、見つけた。…あの天幕、私の術をメモリアが改変したと言ったら信じるか?」
「──それ、は」
メモリアの特性は知っている。異世界の知識と、固有の術を持つ特殊な存在であることくらいは。だから、その固有の術が、…フェネクスの術を改変する術だと、想像できなくはないけれど。
「興図も書き換えられた。他にも幾つかな」
それが切っ掛けで、自分の術を作り直したこともあるぞと、フェネクスは楽しげだ。
だが、信じられない。彼を疑う気はないが、如何に特殊体とは言え──そんな、ことが。
「──あの場にいた、女性ですか」
「どうかな?」
蒼夜が苦笑する。ここまで来て、外遊官に戻ったか、と。
「対価に何をご希望ですか?」
今の自分に差し出せるものはないと告げつつ、蒼夜は問いかける。多少の蓄えはあるが、彼がそれを必要とするとは思えない。
「各地の情報と、今後の皇国の動向を」
笑みを消して、フェネクスが告げる。内容を考えて、蒼夜は慎重に回答を口にした。
「──両方は、厳しいですね」
「皇国については、情報が入ったときだけでいい。各地の情報も、今あるだけで──まあ、何か情勢が変わったら、だな。それならどうだ?」
あれ、と拍子抜けする。ずいぶんとあっさり、条件をゆるめたものだ。もう少し、何か行ってくるかと思ったが。
「……まあ、そういうことでしたら可能です。でも今後はどうします? どこかへ落ち着かれるんですか?」
「いや、各地を放浪する予定だ。──そうだな、言伝を送って貰おうか」
イーリスが自分の髪を数本、引き抜いた。一瞬だけ輝きを放ち、それが消えたと同時に一羽、赤く、長い尾を持つ鳥が現れる。
「──火の鳥、ですか」
「一応な。お前も作れるだろう?」
「…作れなくはありませんけど」
苦笑しつつ、蒼夜も同様に鳥を生み出した。こちらは黒い烏──ただし、三本足だ。
不死鳥に八咫烏……いずれも神話の生き物である。互いに沈黙し、…静寂を破ったのは蒼夜だった。
「……で、まさかその派手なのを連れ歩けと?」
かなりな物言いだが、彼に対して遠慮は不要と言われている。普段は敬意を払うけれど、時折彼は、ボケをかますので、そういうときだけ敬意を捨てることにしていた。…昔から。
「旅芸の一座なら隠すなり、見せ物にするなり、難しくないだろう?」
問題はそれを、本気で言っていることだ。魔王筆頭の実力に加えて外交官の地位を持っていたフェネクスと、彼に拾われただけの直属ですらなくなった旅芸人の差を、完全に無視している。
「権力者に見つかったら間違いなく取られますよ!? 不死鳥ですよ!?」
「お前の実力なら何とでもなると思うんだが。それをいうならお前の八咫烏はどうなんだ、神鳥だぞ?」
しばし、二人は睨み合い、やがて。
「鷹にするか」
「そうですね」
フェネクスが譲歩を見せた。
蒼夜の手元からヤタガラスが飛び立ち、火の鳥に並ぶ。二羽が光を放って溶けて──濃い空色の小さな鷹が二羽、現れた。
「……また小さい──鵯かと思いましたよ」
「温帯地域に生息する小型の鷹──雀鷹の雄だな。渡り鳥だが、留まることもある。これなら連れ歩けるか?」
恐る恐る差し出した腕に、一羽が乗った。残る一羽はフェネクスの肩に居場所を定めたようだ。
「……これなら、何とか隠せます」
小さくて、軽い。そのくせ、…間違いのない猛禽類の目だ。
「なら、頼む。餌は魔力でいいし──互いの魔力の元に居場所を探せるから、迷うこともない」
「はい、引き受けましょう」
雀鷹を見る蒼夜の目が優しいことにか、フェネクスが微笑う。
「名前は?」
「では、”瑠璃”と」
「なら、こちらは”白群”だな」
名付けられたと同時に鷹が羽ばたき、了承の意を示した。
「でも、フェネクスさま? 情報って、そんなに必要です?」
行く先々の国がどんな状態か、それは行き交う旅人に聞くことも出来るし、商人たちならもっと詳しいものもいるだろう。旅芸人もそれなりの情報網はあるが、以前とは違う彼の旅に役立つ情報がどれだけ手にはいるかは、未知数だし、行く先が違っていては意味をなさない。
「──手持ちの情報が古すぎてな。舞踊武闘も知らなかったくらいだ、我ながら情けない」
「それは──ああ、それでお名前を聞かなかったんですね」
彼が外遊官となる前の旅人だった頃に修めたのだと聞いたことがある。だから、そのうちに舞踊武闘に出るだろうという思いもあって、何年かおきにこの国へ来ていたいのだが、どうやら無意味だったらしい。いや、こうして出会えたのだから、無意味と言い切る必要もないけれど。
「自奏琴ならありますが…一曲、お相手しましょうか?」
彼の演舞を見て興味を持ち、実は少しだけ習っている。舞台の繋ぎに使える程度には習熟しているからと、冗談混じりに提案してみる。出場するわけでもないし、連れもいるようだから断られるだろうと気楽に考えながら。
「ああ、頼む」
「え」
「少し、身体を動かしたくてな」
冗談のつもりで口にしたのに、と蒼夜はフェネクスを見た。その表情は、…分かっていて、それでも相手をさせるつもりのようだ。であれば、何を言っても無駄だろう。
彼の気が済むまで相手をするしかないと、蒼夜は腹を括った。
「ああ、それからもう一つ、重要なことがあってな」
「はい?」
フェネクスが何でもないことのように、しかし重要だと言ったことに、蒼夜は首を傾げる。
「フェネクスは称号だということを、忘れてないか?」
「──え?」
そう言えば、と思い出す。フェネクスは魔王の称号──それも、歌舞音曲に秀でた不死鳥の意味を持っていたような、と。
「イーリスと呼べ。──”虹”という意味があるそうだ」
それを聞いて、蒼夜は笑う。あまりに安直で、…でも、これ以上はない意味だ。
「かしこまりました、イーリスさま」
名付けたのが誰なのか。それは、聞くまでもないことだった。
どちらかと言うと幕間に近いので、視点がイーリスではない方になってる上に、ちょっと短いです。
たぶんそのうち、各国の情勢とかの手紙をくれるでしょう。
あ、作中で一輪車乗ってる一団も、同じ旅芸の一座です。




