2-14 何って、席を買いに来たんだが
使者の青年=御者の青年=苦労人、です。
名前、あるんですけど…。
2017年9月17日 本文、一部修正。大筋には影響ありません。
「夕闇ってさ」
屋台を見回しつつ、アヴィが問いかける。
「いつごろ回復しそう?」
「ああ……まあ、ある意味では問題ないんだが……」
夕闇の不調は、単に魔力制御がうまくいかないためである。
そもそも、夕闇自身はまだ、存在が不安定な状態だ。本来なら、自身の魔力で身体が作れるようになるまで保護するべきである。しかし、イーリスのちょっとした思惑に付き合わせるために、強引に身体を与えている。主従契約を結ばないままに与えた身体は、イーリスの魔力そのものでもある。つまり、他人の魔力を自分のものとして制御しなければならず、しかもそれが魔王級の規格外魔力であるために一筋縄でいくはずもなく、結果として夕闇の不調と言う状態に陥っている。
これははっきり言って、イーリスの失策なので、実は責任をとって調整しようとしたが、それは拒否された。曰く、「この程度も出来ないで、あなた方と共に行くことなど出来ません」と。
夕闇自身が有能であることは、砦の一件でわかっている。別に問題はないと思ったけれど、頑なに拒否されるので、仕方なしに出てきたというのが現状である。
「まあ、騒動になりそうなら私が責任を持って押さえるし、演目の幾つかは見られるさ」
口をへの時に曲げながら、イーリスは足を留めた。その視線の先には、大きな掲示板がある。
「なに、これ?」
「何って、円形劇場の演目──ああ、飾り文字はまだ無理か」
本に使われる文字は読めるようになっているが、装飾が施された流れるような文字はまだ教えていない。あれで十分だろうということと、時間がなくなったためだ。改めて教える時間をとることにして、内容を大まかに読み上げた。
昼過ぎに大道芸を交えた演劇、夕方頃に飾り灯籠への点灯式と舞踊奉納、夜にはその明かりの中で舞踊競技会が開かれることになっている。もちろん、それは今夜の話で、まだ前夜祭の扱いらしい。
「あー…なんか、どれも見たい。全部見たい」
ふむ、とイーリスは考えた。時間的には、夕闇を迎えに戻ったとしても余裕がある。せっかくの祭りだし、どうせなら楽しみたいのは彼とて同じである。問題はまあ、確実にアヴィが潰れることだろう。
「いいか、それは別に。アヴィ、行くぞ」
自分が連れて帰るだけのことだし、まあ運が良ければ、馬車が拾えるだろう。
あっさりとそう決めて、イーリスは歩き出す。アヴィが慌てて後を追ってきた。
「行くって、どこに?」
「劇場だよ。席を買わないとな」
「え……いいの、ホントに!?」
「ああ、私も見てみたいしな」
驚きと笑顔が混ざった表情のアヴィが面白くて、イーリスはつい、頭をくしゃくしゃに撫でてみた。慌てて頭を押さえて逃げるアヴィだが、体勢を崩して尻餅をつく。
「……あれ?」
「子供じゃないんだから、尻餅つくなよ」
笑いながら伸ばされた手を素直にとって、アヴィは立ち上がる。……その様に、ある意味では子供だなとイーリスは思い直した。出会ってから、ようやく半月だ。まだまだ、子供だろう。
「俺も疲れてるのかな?」
「そうかもな。…券を手に入れたら、一度戻って休もうか」
イーリスの言に、アヴィは頷いた。
二人は露天の冷やかしを忘れることなく、それでもさくさくと歩いて、街の中央に作られた円形劇場についたころには、籠がかなり埋まっていた。のんびりしすぎたのか、それでも待ちかまえていた人々なのか、窓口の幾つかは開いているし、けっこうな列が出来ている。
「人気あるみたいだね。並ぶ?」
「だな」
一瞬、イーリスの頭には強権発動が過ぎったが、おくびにも出さずに最後尾へと着いた。強権を最初から使う必要もないだろう。三人分の席が手に入らないようならと最終手段に据える。
「なぁ、イーリスは何が見たいんだ?」
「どれも見たいぞ? …ああ、でも武闘演舞はぜひ見たいところだな。楽の音に合わせて、武具で打ち合う演舞なんだ。いろいろな流派があって、武器の扱いの参考にもなるし、何より迫力がある。独演も、それぞれの世界が垣間見えて、飽きることがない。…もちろん、上級者なら、だがな」
「武器? 独演??」
迂闊にも、アヴィが疑問を投げかけた。
元々は、異種格闘技戦のようなものから始まったとも、舞踊団が剣舞を披露したことから始まったとも言われている舞踊競技である。披露される技に点数が付けられて、より高得点の者が頂点に立つ。頂点に立てば一流と認められて、流派を開く、或いは継承する資格を得られることから、挑戦者が後を絶たない。
だが逆に、そのせいで数限りない似たような流派が発生し、しかし門下生を食い合ったあげくに後継者が育たずに消えてゆくなど、なかなかと殺伐としたところもある。
……という話を、実例付きで詳しく説明しているうちに、アヴィの目が死んで来たのだが、…イーリスにやめる気配はない。
「はぁい、お兄さん。ずいぶん武闘演舞に詳しいみたいだけど、うちの国の奴はちょっと違うのよ? あと坊や、調子が悪いみたいだけど、お連れさん? あっちで休んで来たら?」
気軽な様子で話に割り込んできたのは、少々際疾い衣装を羽織もので隠している女性である。その気安さと科を作っている気配から、イーリスには職業の予想がついた。アヴィはと言えば、気が抜けたような顔で女性を見ている。
「ほら、坊や。歩けるうちに休んでらっしゃいな」
アヴィにだけ見えるように片目を瞑って見せる。そこで漸く意図に気づき、アヴィがイーリスを見上げた。
「……ああ、見えるところにいろよ?」
了解と答えつつ、アヴィはふらふらと休憩所らしき辺りに歩いていく。そう言えばさんざん連れ回したなと、イーリスは見当違いの反省をしているが。
「──で、違う、とは?」
乗ってきたイーリスに、女性が笑って答える。
「うちの国のはねぇ、舞踊武闘なの。演舞じゃなくてね、本当に試合するのよ。斬り合いをね」
「それは、──初めて聞く方式だ。新しいのか?」
「んー、あたしが生まれたときからあるから、けっこう有名だと思ったけど…お兄さん、実は遠い国の人? 教皇国からも出場者が来るくらいなんだけど」
うわ、とイーリスは内心で首を竦めた。筆頭魔王を降りてから、他国の情報など集めて来なかったツケが回って来たのだ。元々が現地へ赴いて情勢を肌で感じることが仕事だったせいもあるが、隣国の情報は集めるまでもなかったので全く無関心であった。そう、せいぜいが雪呼祭が盛況らしいから見てみたいな、程度で。
「その格好、砂漠の人みたいだけど…まさか、エレーミア? ……まさかね。隣国だし、知らないはずないわよねぇ」
二重の意味で否定されて、イーリスは苦笑した。さてこの女性、確信があって言っているのか、それともただ、砂漠が緩衝地帯になっているからの思いつきか、どちらだろう、と。
答えに窮している間に女性の番が来て、パタパタと手を振って離れていく。その際に、きっちりと名刺を渡していくあたりは、やはり商売人である。もっとも、……アヴィを連れて行くには少々、刺激が強いかもしれず、夕闇に至っては連れて行っていいものか、悩むような店のようだが。
「……身分証明?」
「はい。もしくは、代理購入依頼書ですね」
窓口まで来たイーリスは、いきなりの要求に面食らっていた。空きがあるようなら最前列の桟敷をと指定したら、身分証明書がなければ買えないという。それはむろん、徽章を捺けばいいのだが、それをすると何か無駄な騒動が、また起きるような気がした。それに、…徽章鑑など、この場で照会可能なのかという疑問もある。
「転売を防ぐためでございます。どうされますか?」
ほかの席も全て同様らしい。…確かに、他国から来たなら旅券を持っているだろうし、この国の者なら仕組みは知っているだろうし、問題にはならないはずだ。
「──では、徽章鑑で照会を頼む。エレーミア皇国だ」
騒動を覚悟して、イーリスは徽章を捺いた。砦の徽章鑑にもついていたし、わざわざ要求するくらいだからここにも常備されているのだろう。
「──かしこまりました」
一瞬の間に、イーリスはため息を吐く。エレーミアの扱いがどんなものかはわからないが、まあ今の反応が全てだろう、と。
どれほど待つことになるかわからないが、とアヴィを振り向いたとき、…見覚えのある人影が目に入った。いや、目があった瞬間にものすごい勢いでこちらへ駆け出したのは、あの苦労人だ。
「な、なにしてらっしゃるんですかこんなとこで!?」
叫んではいるが、小声である。
「何って、席を買いに来たんだが」
「仰って下さい! 特等席を用意します、その位は私で十分出来ますから!」
「……あー……」
正直に言えば、それは予想がついていた。おそらく席料も取らない特別席へ案内されるのだろうとも思ったが、はっきり言って、それは面白くないのだ。
特別席と言えば聞こえはいいが、暴漢からの保護や退屈しのぎなどの特別製で、硝子の向こうに遠く見えるような舞台を見て、何が楽しいのか。それが必要な人物ならともかく、魔王を名乗ったイーリスである。自力で結界を構築したほうが、遙かに強力だ。別に金銭に困るわけでもなし、気兼ねなく楽しめる席の方がいいに決まっている。
それに、と苦労人が耳打ちをする。
「ろくな席がきませんよ。昨日までに、ほぼ売り切れてますから」
「? 今、そんなことは言わなかったぞ?」
「ええ、ぼったくり席が空けてあります。当日に無理を言い出す方々のために」
その言いように、イーリスは思わず吹き出した。よほど腹に据えかねる何かがあるらしい。
「実を言えば、主が楽しむために最前列を確保しておりまして。……如何でしょう?」
「…相席か」
「いえ、残念ながら空席です。断れない方のお誘いを受けたと嘆いてましたから」
「──ちょっと待て。お前の主って、辺境公だよな?」
「はい」
涼しい顔で、苦労人は答えた。
つまり、王族…であっても断れない誘いをかける相手、ということは。
「ぶっちゃけ、母君です。主も劇場にはおりますが、王族用特別席ですね。ということで、席が余ってしまうことが先ほど判明いたしまして…興味がおありなら、と。如何ですか?」
笑顔で問いかけられたそのときに、苦労人が額に汗していることに気がついた。寒くはないが、歩き回った程度で汗ばむような陽気でもない。──だと、すれば。
「町中を馬で駆け回るわけにはいかない、か」
微かに呟いた声を聞き取ったのか、苦労人から目に見えて汗が流れ出す。そのわかりやすさに、イーリスは苦笑して。
「わかった、楽しませてもらおう。ただし、条件がある」
「は……、なんでしょう、か?」
何を予想したのか、玉のような汗が滝へと変化を遂げた。
「私は、舞踊演舞しか知らないんだ。舞踊武闘を解説出来る案内人がほしい。…もちろん、お前でもかまわないが、どうだ?」
※ ※ ※
「まあ、そういうことがあってな。午後はまるっと劇場にいることになった。来るだろう?」
クロードが解説役につくことを承諾させた一連の流れを夕闇に聞かせて、いちおう、意向を確認する。まあ来ないはずがないとは思っていたが。
「はい、お供します」
屋敷に戻って、離れの一室。昼前に戻って来たことで、夕闇は少々面食らっていたがすでに調整は問題ないらしく、土産を楽しげにぱくつきながらの返事である。
「……大丈夫? 夕闇、疲れたりしない?」
「え?」
アヴィが心配そうに声を掛ける。何を言っているのだろうと困惑し、夕闇はイーリスを見上げた。
「…ああ、お前が体調を崩しているからと、ずっと心配しててな」
「……言ってないんですか?」
「心配いらないとは言ってあるんだが」
その答えに、夕闇は嘆息した。皇宮にいたときもそうだったが、どうもこの主は、説明するという意識が足りないようだ。そう言えば、砂漠でもアヴィ自身に答えさせていたりしたし、説明と言うことが苦手なのだろうか。それとも、…説明の必要性を理解していないだけかもしれない。
「あのね、アヴィ。体調が悪いわけではないんですよ。先ほどまで、術が使えない状態だったんです」
まあ、野営地で遊びすぎたのである。羊と違って必要なことだしとつい、張り切りすぎたのだ。イーリスがとりあえずは傍にいるという申し出も魅力的ではあったが、さほど祭り屋台に興味もなかったので、一人で調整するかということにして、二人を送り出したのである。実際、調整はうまく言っていて、実はアヴィの魔力を借りたり、イーリスの魔力を借りたり、いずれも出来るようになっている。
ちなみに実はさほど深刻な状態ではなくて、体調不良は宿を断りそうだったイーリスへの芝居である。
「取り敢えず、これくらいは出来るようになりましたから心配いらないですよ」
己の着る正装を寝間着に、寝間着を異国風の袖の長い衣服に、かと思えば扇状的に、際疾い切り込みが入る夜会服にと次々と変えてみせる。ついでに髪型もそれに合わせて変えるあたり、なかなかと楽しんでいるようだ。
「あ、すごい。…それ、おれも出来るんだっけ」
「どうでしょう。…イーリス様、如何です?」
夕闇がイーリスに振ったのは、これもまた個々の特性だと考えたためだ。
「やめた方がいいな。ああ、夕闇もやめておけ、衣服なら買えばいい」
「え」
「…相当な荷物になりますよ?」
「どれだけ買う気だ!?」
金額に糸目を付ける気はないが、荷物の量は制限することを堅く誓うイーリスである。
アヴィの疑問は、術の練習をしなくていいということか、と言うもの。夕闇はそのまま、おそらく補正具なども考えに入れてのことだろう。
「……一応、他国に入ったらその国の衣服を誂えることにしている。下手に異国の服装で彷徨いてみろ、一騒動だ」
祭りの間は旅人も多いし、実際彼らのような衣服──砂漠の民と思われる者も見かけたから、今のところはさほど目立ってはいない。だから今のうちにこの国の衣服を用意して、祭りの終わりごろには次の町へ行く──というのが、イーリスの目算である。
「この国の一般的な衣服を模倣すればいいんですよね? 出来ますよ?」
「ああ、そこを疑うわけじゃない。今回は、祭り用の衣装だからな」
憮然とした顔で、イーリスが本題を告げた。
「衣装、ですか?」
「ああ。正装ともまた違うそうだが、異国の人間であってもそれを着るのが粋だとかで、懇願された」
「衣装代は領主様持ちにしてくれるってさ。んで、出来るだけ着飾って、目立ってくれって」
「なんですか、それ??」
「いや、要はな?」
ぶくくくくと吹き出して言葉にならないイーリスに代わって、アヴィが告げた。
「母君に頭が上がらない坊やさんに、見せしめなんだってさ。自分が給仕につくから、惚れ込むくらいに着飾って、出来れば愛想振りまいて、叩き落としてくれって」
「……はい?」
何だそれは、と夕闇が半眼になる。つまるところ、惚れさせた挙句に袖にしろと、そういうことを言っているように聞こえて。
「かなり惚れっぽいらしくてな。…そこでお前に母様坊やは要らないと振って貰えば、多少はマシになるだろう、と」
この国の女性は彼の性癖と母君の妄愛を重々承知しており、どんな報酬を用意しても引き受ける女性はいないということだった。
「……そんなに情けない人が、辺境公なんですか、この国は?」
そこまでしなければ覚醒しないであろう人間が、辺境公に任じられていると考えると…聊かではなく、この国の将来が不安である。
「さて、どうだろうな。本人に会ったわけでなし。母君の妄愛は有名で、兄弟ともども苦労しているそうだが」
「二十半ばで、婚約者もいないらしいよ。話し持ち込まれても、全部壊しちゃうんだって。母君が」
「そんな人相手に喧嘩を売らせるんですか!? この国の女王陛下ですよね、それ!?」
おお、とアヴィは感心した。彼自身は、話を聞いても大変な兄弟だな、程度の認識しかなかったのに、しっかりとそこまで把握したのかと。
「まあ、…他国の要人の妾に、無体は出来ないだろうと。迷惑料込みで衣装代はあちらもちだし、祭りが終わったら即効で交易国への飛空艇を出してくれるそうだ。…衣装代はどうでもいいが、飛空艇は有難い。受けて貰えると助かるんだが、どうだ?」
「……それって、厄介払いですよね?」
そうだな、と肯定する。しかし、そうでもしてこの国を逃げ出さないことには、女王の権力で面倒なことになるのは目に見えている。
「正直なところ、渡りに船だ。流石に隣国に長居したくはない。…頼めないか?」
真正面から切り込んだイーリスに、夕闇が溜息を付く。
「どうなっても、守って下さいね? わたしは貴方のお妾さんなんですから」
「ああ、約束しよう」
では、と夕闇がちょいちょいとイーリスを招く。何か内緒話だろうかと顔を近づけたその頬に、夕闇からの口付けが落とされた。
「っ、なっ!?」
「通信術です。…念のため、ですけどね」
にっこりと笑う夕闇に、逆らえる者がいるようには、誰も思えなかった。
アヴィ:あのさ、”妾”でいいわけ?
夕闇:婚約者のほうが通りはいいですね。けどまあ、他人の婚約者に手を出すほどのお間抜けさんはいないでしょうし、仕方ないでしょう。
アヴィ:いいんだ、それで。
夕闇:アヴィは、どうします?
アヴィ:え?
夕闇:わたしの愛玩従者になりませんか?
アヴィ:ご、ごめんなさいっ
裏ではこんなやりとりがあったとかなかったとか。




