2-13 ”外遊官”な。国相手に交渉したことはない。
2017年9月15日 12話に合わせて御者(使者)さんの生きていた理由を修正。ほぼ本筋には影響ありません。
後書きの説明文、アヴィたちの会話に書き換えました。
「放っとかれても困るんだけどなあ……」
眠ってしまった主従に、アヴィは顰めっ面で文句を言ってみた。当然ながら返答はない。それに、二人がそれぞれに何をやったか考えれば、まあ仕方がないという気もするのだ。
幸いというか何というか、自分にさほど眠気がないことに気づき、火の番を買って出ることにした。この面々で盗賊や野獣の危険というのは考えられないから、まあ本当に火が消えないようにするだけで十分だろう。──彼のためにも。
焚き火の向こう側で眠る青年を見て、ほとんど話せていないことを思い出す。夕闇も名前は聞いておらず、イーリスは苦労人と呼んでいた。本人はそれを知らないため、どんな反応をするか気になるところだ。
取り敢えず、鍋の下の火勢を弱めておく。荷に入る大きさではないから、たぶん夕闇が作ったのだろう。きっちりと蓋もあるし、朝まで煮込み続けるととろとろになるらしい。これは、砦の隊長どのから聞いていて、試したいと思っている調理法だ。
「……眠くはないんだよなー……」
特にやることもなく、薪を時折、炎にくべるだけ。ひたすら、暇である。苦労人の様子を時々見ているが、目覚める気配もない。身なりのいい青年だし、こんなところで眠る生活になれているとは思えないが、熟睡しているところを見ると、夕闇が何かやったのだろうか。
どうしようか、取り敢えずまあ疲れた気はするしと目を閉じる。眩しいほどではない火の明るさと、熱いほどではない炎の温もりが心地よいと感じた。そして薪を足そうと目を開けたとき──夜が、明けていた。
※ ※ ※
「おかしい……おれ絶対、寝てないのに……」
街道を歩きながらアヴィがぶつぶつと呟いている。…自覚があるかどうかは別として。
「まだ言ってますね」
「言ってるな」
「……彼は、旅慣れていないのでしたか」
そんな彼を横目に見ながら、三者それぞれの感想である。何しろ明け方、出立のために起こしたときからあの状態だ。時折、鳥や花に目を向けて笑っているので、周囲は見えているようだが会話には入って来ないし、流石に鬱陶しくなりつつある。
もっとも、アヴィからしてみれば、知らない国ばかりである。それを地図もなく会話だけで情勢を説明されてもまったく理解が追いつかないので、そこはイーリス達の配慮不足とも言えた。
「──でも、意外です。外交官だと伺っていましたから、付き人の方もそう言った情勢にはお詳しいものかと」
ああ、とイーリスは夕闇と顔を見合わせた。特殊な生まれの二人は、そう言った情報がないし、引きこもっていたイーリス自身、他国の情勢など気にもしていない。というか。
「外遊官な。国相手に交渉したことはない」
今更ながら、イーリスが訂正する。ちなみにこの外遊官という役職、彼だけである。二代目は最初、”放浪魔王”と名付けるつもりだったらしいが、だれぞの反論に遭い、諦めたという経緯がある。
「情勢に疎いのは、あのころからだな。きな臭い噂を聞いたらそこへ出向くと言うやり方だったし」
「世直し旅ですか」
青年の言いようにイーリスが笑う。元々が放浪癖を持つイーリスなので、よほど興味を惹かれなければ、一所に居着くことは出来なかった。興図の術があったので不定期に戻ってはいたが、報告書だけ置いてまた旅に出るという有様で、当時の他の魔王との交流も殆どない。二代目妖皇としては、国が実在することさえ明言されればいいという考えだったので、それで十分だったのだ。
「世直しをするつもりはなかったが、まあ私が国に入ると騒ぎが収まることは多かったな」
「エレーミア皇国と懇意に出来れば、国内での権力は思いのままでしょうねぇ」
ふんとイーリスは鼻で笑う。誤解されるままにしておいたが、エレーミア皇国に武力侵攻の計画はない。建国の理由を鑑みれば当然だ。
しかし、ほぼ再現の不可能な術といい、不老の身体といい、何より食料が無くても問題にならないその生態は、敵対したときに間違いなく脅威となる。故に勧誘はひっきりなしであった。
もっとも、エレーミア皇国にはどこか特定の国を贔屓にするという感覚がない。そもそも、外遊は弱い妖魔たちをエレーミアに連れて行くための捜索の旅だった。結果として世直しもどきに成ったこともあるが、それを目的にしたことはない。
「──では、今回の旅の目的は何か、お聞かせいただけますか?」
あくまでやわらかい物腰のまま、青年が問いかける。さてね、とイーリスは答えた。
「目的はないな。もう魔王の座は下りてきたし」
あっさりと明かすイーリスに、夕闇が苦笑する。まったく外交官には向いていない性格だ。外遊官とはよく言ったものだ、と。
「その上で聞くが、なぜ私を呼び出した?」
「──」
青年が棒立ちになる。イーリス自身も、夕闇から見ても、それは本当にただの疑問に過ぎないのだが……。
「イーリス」
ぷにっと、イーリスの頬が引っ張られた。イーリスは視線だけ向けて、無言でその仕掛け人を見た。
「……」
「アヴィ!?」
「怖いよ、今の」
夕闇の制止は聞こえないふりで、アヴィが答えた。更に反対側の頬も摘まみ、うにうにぐりぐりと揉みくちゃにする。わかったわかったとイーリスが降参を示したところで、手を離した。
「怖かったか?」
「俺は別に。けど、初対面の相手じゃ怖いと思うよ?」
戸惑いを隠せないまま、イーリスは青年を振り返った。
「……怖かったか?」
もう一度、今度は青年に対して問いかける。と、彼は苦笑して。
「……迫力がありました」
上擦ったような声にイーリスは目を逸らし、夕闇は微笑んで、アヴィがにやりと笑う。
「そっかー、今の天然かー」
「魔王に任じられるような方ですから迫力は当然ですね」
「すまない、脅すつもりはなかったんだが」
からかう二人を無視して、イーリスは青年に詫びる。大丈夫ですよ、と青年は笑った。
「いい経験をさせていただきました。それから、ご質問の答えですが、私も聞かされていないんです。ただ、何が何でも招待しろと、そう言われております」
「……にしては、ちょっと不用意でしたね?」
「──お恥ずかしいかぎりです。身内のものでしたから、油断しました」
夕闇の一言に、青年が頬を掻く。気がついたら、馬車はどこにもいなかった。その後で歩かされて、あの戦闘となったらしい。
そこから推測するに、彼以外の全ての一団が買収されていたのだろうとは、イーリスの言だ。
「辺境公に不審を持たせるつもりだったか、それとも自陣へ取り込むつもりか──どちらかはわからんがな」
「最終的には両方でしょうね。まあ不審をもって国を去るならよし、程度で」
甘く見られたものだとイーリスは鼻で笑う。後ろ暗いところがありますと明言するような行為を見抜けないと、本気で考えたのだろうかと。
「…でもさ。それって……御者さんが生きてたら、すぐばれるよな?」
「ばれますね」
「死ぬ予定だったんだろうな。狼か何かに食われたことにして」
イーリスたちが助けに出向かなければ、死なないまでも重傷を負い、森を彷徨うことになっただろう。結果として、獣や魔物の餌食となり、死体も残らないかもしれない。詰めが甘くて助かったようなものだが…この場合は、御者の力量を誉めるべきだろうか。
「重ね重ね、失礼とは存じますが」
不意に青年が立ち止まり、頭を下げた。
「この件につきましては、どうか極秘でお願いいたします。ここから先は人目もありますし、この場までということで、お納め下さい」
「まさかと思いますが……温情ではありませんよね?」
承諾しそうなイーリスを制して、雰囲気を察し、夕闇が問いかける。
「ご安心を。きっちりと落とし前はつけさせます」
顔を上げた青年の浮かべる満面の笑みで、アヴィまでがその意図を悟る。つまりは、そういうことなのだろう。
「では皆様、改めまして──ようこそ、キオーンへ。我が国最大の祭り、雪呼祭をどうぞご堪能ください」
大仰な仕草で青年が腰を折る。同時、鐘が高らかに鳴り渡った。夕闇、アヴィ、イーリスまでもが耳を覆うほどの音で、カランコロンと鳴り響く。ちなみに青年は、ちゃっかりと耳を覆っていた。街の四方にある門の開かれる合図だと知ってはいたけれど、とんでもなく大きな音である。
鐘が鳴り終えてから、青年に促されて漸く歩き出す。検問を受ける人々は大勢いたが、貴人用らしき豪奢な門へと案内されて、質問もなく通り抜けることになった。
※ ※ ※
「──という割には、まだ早いのか」
いくつもの屋台が並ぶ通りではあるが、まだ人がいないか、いても仕込みの最中かという風情で、まだ店は開いていない。それに、人影もまばらで、祭りの最中という雰囲気もないようだが、夜明けから半時が過ぎた程度だし、それも不思議ではない。
「この時間は、屋台の仕込みや仕入れですね。どちらかと言えば店を出す人向けのものなので、お勧めは出来ませんね。美味しいのはこの先の通りですよ。……まだ開いてませんからね?」
駆け出しそうなアヴィに、青年が釘を刺す。先ほどの鐘が街門を開く合図で、次に鐘が鳴るときに屋台も店を開店することになるとの説明で、目に見えてしょぼくれる。
「円形劇場周辺に美味しい屋台やお店がそろっていますから、そちらがお勧めですよ」
「劇場? 闘技場ではなく?」
そう問いかけたのはイーリスだ。劇場があるのは王都か交易の盛んな街──要は人口の多い街、そう認識している。この街は、隣国との国境に近いけれどそれだけで、劇場が成り立つような環境にあると思えないのだ。例外的に、貴族が劇団の後援者を努める場合は当てはまらないが。
「はい。以前は闘技場だったんですが、えー……ちょっと一騒動あったときに壊れまして」
まるでその現状を見ていたかのような言い回しに、アヴィが半眼になる。
「それ、ちょっと一騒動って話じゃないよな?」
「元々、老朽化してましたから」
涼しい顔で青年が受け流すのを見て、夕闇が微笑った。イーリスも何か心当たりがあるような顔をしている。
「一夜で闘技場を更地にした公爵の噂は聞いたが、この街だったか」
イーリスの言葉にも、青年は表情を崩さないが、否定もしなかった。アヴィもそれで何となく見当がついたので、よしとすることにした。夕闇は、……特に反応がない。
そう言えば、とアヴィは夕闇のドレスを思い出した。脱いだと言っていたあれは、どうしたのだろう?
「ああ、あれは──後で、な」
答えようとしたイーリスが口を濁す。理由は簡単で、目的地に着いたからである。アヴィもその程度の見当はつくので、頷いた。
「こちらは祭りの時にだけ利用する別邸なので、あまり広くはありませんが、部屋は十分にございます。……よろしければ、離れを提供させていただきますが」
あれ、とアヴィがイーリスを見る。案の定、渋い顔をしていた。
「宿を取るつもりでいたんだが」
「当家がお招きしたお客様を市井の宿へ放り出すわけには参りません。…それに、この時期はもう空いている部屋もありませんよ?」
む、とイーリスは言葉に詰まる。確かに、王国屈指の祭りの最中、飛び入りの旅客など簡単には宿を取れない。格式高いところは紹介状がいるだろうし、旅慣れぬ二人をいきなり安宿にというのは、躊躇われた。
そんなイーリスに、アヴィがちょいちょいと呼びかけた。
「俺、泊まってみたい」
「だが」
「領主様って王族なんでしょ? どんな世界なのか、ちょっと気になるし」
「世界ねぇ」
イーリスの感覚からすれば、自分の屋敷の方がよほどの出来だという自負がある。妖皇宮は更にその上を行く。……ただまあ、アヴィがあの屋敷にいた時間など数日だし、意識もなかったしということ考えると、それを言っても仕方がないような気も、しなくもない。
「イーリスさま。…出来れば、わたしも……」
恥ずかしげに目を伏せて、夕闇が希望を告げる。こちらは更に理由がわからない──と考えかけて、気がついた。この身体は、イーリスが強引に与えたものだ。本調子でなくなったとき、市井の宿にいてはどんな騒動になるか。身体を失って消えるくらいなら誤魔化しようはあるが、魔力の暴走などが起きたら。
「……判った、世話になろう」
イーリスは諦め顔で頷いた。不本意ではあったが、自分が蒔いた種である。少しでも被害者は減らさなければならない。
「ありがとうございます。──お呼びのとき以外は近づかぬよう申しつけますので、どうぞお好きなようにお過ごし下さい。湯浴みの方も何時でも用意いたします」
「……ああ」
芝居が効いているようで、何よりである。
※ ※ ※
「……なんてーか、さ」
街の雑踏の中、アヴィは呟いた。イーリスは視線を向けるが、口を挟む様子はない。
結局あの後、休みたいと言う夕闇を置いて、二人で街に出ている。アヴィとしては気が引けたが、魔力の調整には手助け不要で、逆に本来の持ち主がいては邪魔になると告げられては残るわけにいかなかった。
「祭りって言ってもさ、ごく普通の食べ物とか、雑貨とか、そんなんばっかなんだな」
「──ああ、まだ早いからな。それに主会場からも離れている。この辺りは住民向けだろうな」
「そうなのか、親父さん?」
出来上がった品を受け取りながら、アヴィが問いかける。支払いは当然ながらイーリスだ。
「ああ、そうだよ。後はまあ、芸人とか、武芸大会の出場者とかな。あんた方は、応援の場所取りかい?」
以外と気さくな親父に聞かれて、アヴィはイーリスを見た。が、彼も知らないらしく、首を傾げる。
「今朝方、街に入ったばかりでね。何も知らないんだが、何があるのか教えて貰えるか? …あ、アヴィ、食べてていいぞ」
ほかほかの薄焼きに興味津々だったアヴィに笑いながら、親父殿が話し出す。
「円形劇場があることくらいは知ってるよな?」
「ああ、聞いた。闘技場を作り直したとか」
「それがおもしろい作りでなあ。舞台の床、取っ払うと闘技場になるんだよ。天気がよかったら天井も開いて、昔ながらの闘技場みたいになるのさ」
「なんだそれ、すごいじゃないか」
すごいだろ、と親父殿は自慢げだ。たしかに、己の住む町にそんなものがあったら自慢したくもなるだろう。
「でさ、魔術競技とか剣技とか、いろいろ開かれるわけよ。ほとんどの競技は飛び入り歓迎でさ、参加賞も用意されてんだ。怪我したってすぐに直してくれるし、あと、初心者向けの講習会も開かれてるくらいだ。どうだい、参加してみたら。いい記念になるぜ?」
「面白そうだな。どこかへ申し込むのか?」
興味を示したイーリスに親父殿は笑った。
「だから、”飛び入り”だよ。決着が付いたその場で、審判が呼びかけるのさ。『勝敗に納得のいかないものは名乗り出ろ』ってな」
「はは、確かに”飛び入り”だな。いいな、面白い」
「面白そうだけど、イーリスって何か……やるの?」
「お前今、出来るのかって言い掛け……おい、アヴィ」
問いつめようとしたイーリスだったが、アヴィの腕にある籠の中身が目に入り、絶句する。
昼には一度戻って、様子次第で夕闇を連れ出すことにしている。出られなくては寂しいだろうから、昼食代わりにと屋台と品々を集めてあったのだが……先に買った挟み焼きはあるのに、今し方かったばかりの包み焼きが、一つしか残っていない。イーリス自身も一つ、確かに食べたのだが。
「あ、や、その…なんか、止まんなくて」
「お前なぁ……親父どの、すまん、同じだけ頼む」
ぶははと爆笑しながら、親父殿は手早く用意してくれた。
「どうだい、坊主、旨かったか?」
そのときに、イーリスが内心でぎくりとする。むろん、表には出さないけれど。
アヴィは一瞬、きょとんとして──にかっと笑った。
「ああ、旨かったよ!」
「そーかそーか、いい子だな。なあ、兄ちゃん?」
「そうだな。…もう少し世間慣れしないと、危なっかしくて一人に出来ないけどな」
斯くしてイーリスが代金を支払い、更に摘まもうとしたアヴィの手を叩いたところで、アヴィがふと、彼を見上げる。
「……なんだ?」
「作れる?」
「……挟み焼きで我慢してくれ」
そのやりとりに親父殿が爆笑し、一つだけ教えてくれた。
「よく聞かれるんだがよ、材料が判って薄焼きまでは出来てもよぉ、巻けねえからやめときな。こういうもんは、屋台で食べるもんだと思っといて、売り上げに協力してくれや」
「この街にいる間はそれでもいいんだけどさあ……」
そう言われてしまえば、イーリスは苦笑するしかない。旅に出ることが前提で、次の街で同じものが食べられるかと言えば、それはもう、運次第だ。
「なんだ、あんたたち旅人かい。じゃあもう一つ教えとくけどさ、夏場にやろうとするなよ。腹、壊すからな?」
「──ああ。覚えておこう」
「ま、あれだ。判っても広めないでくれよ。商売上がったりになっちまうからな」
「ああ、こっそり自分たちで楽しむだけにするさ。あと小銭が心許ないんだ。これでいいか?」
代金分よりちょっとだけ価値のある貴石を示す。旅人の多くは重い硬貨を嫌うから、換金の手数料を鑑みて代金よりちょっと多く支払うのが慣例だ。
「んー、ちっと多いな。後三つ、どうだい?」
それが情報料と気づいてか知らずにか、正直な親父殿である。
「なら、具なしで三つ。後で果物でも巻いて食べるさ」
「あいよっ」
これまた延ばされたアヴィの手を叩き、イーリスが受け取ってから、二人は屋台を後にした。
アヴィ:包み焼きっていう割にさ、焼いてない気がするの、おれだけ?
夕闇:ああ、クレープですね。確かに、焼いた皮で包んでるだけですねぇ。
アヴィ:はさみ焼きはまあ、焼いてる気がするけどさ。
夕闇:これはホットサンドですからね。




