2-15 羽目、外していいな?
お祭りはやっぱり、着飾らないと。ね?
2017年9月17日 ちょっぴり伏線追加。気づくと楽しいけど、気づかなくても問題ありません。
やがて粗方のものを食べ終わり、昼も過ぎたしということで、一行案内されるまま、懇意だと言う仕立て屋に連れていかれた。旅人向けの衣服を扱う店で、祭を衣装ごと楽しみたいという物好…失礼、趣味人のために、仕立て上がりの盛装が置いてあるらしい。
「ええ、ええ、お話しは伺っておりますよ。どうぞお任せくださいな、最高のものを用意させていただいておりますから、はい」
どこかで見たような姿と、どこかで聞いたような声の男性とは思えない店主が、とんでもなく浮かれた様子で彼らを出迎えた。
「さあさあどうぞこちらをお試しください♪ お色もまだまだございますが♪ まずは一通りお気に召すものをお選びくださいませ♪」
そのあまりの張り切りように、イーリスのみならずつれて来た当人も引いている。事前にこういう人物だと知らされていなければ、とっとと夕闇ごと店を出ていただろう。
「…ああ、こういう形だから仕立て上がりが出来るのですね」
羽織ってあわせましょうと渡された衣装は、長着と言われる仕立てのもので、前合わせになっており、踝までの長さがある。腰の高い位置で帯を締め、その結びを変えて着飾るのが本来だと説明があった。雪呼祭を始めた民族に伝わる衣装だが、それがさまざまな国を渡り歩くうちに変化して、今ではどれだけの種類があるものか、もう分からないくらいに派生が増えたという話だ。
「一例を申し上げれば、袖の形ですね。本来は布の形そのままに長方形で、袂にはちょっとした小物が入ったりしますし、長さに寄って格が変わるのですが、ご覧の通りですから」
袖は本来、袖口側の下が軽く丸みを帯びているものだと、基本の衣が示される。しかし、確かに並べられた衣の袖は、かなり様々な形をしていた。
袖口から袂まで、ほぼまっすぐに──つまりは三角形の形をしているもの。また、その派生なのか優美な曲線を描くものもある。当然、何かが入る余地などない。
また逆に、袖口側をまっすぐにして、身頃との縫い口までを斜めに切り上げたものもある。
「こちらは筒袖と言います。まあ、子供用ですので、お勧めはいたしませんよ」
普通に着られる衣服の袖に近い形で、つまりは振るような部分のない袖も用意されていた。なるほど、確かにそれは面白味がない。転んだり、引きずったりしないようにと考えるなら、悪くはないけれど。
「長い袖をお勧めいたします。その方が映えますから」
とは言われたものの、夕闇は目移りすると言うより呆れたという風情である。何しろ長さも様々で、どう見ても歩けないだろう長さの袖もあるくらいだ。長い方がと勧められても、美意識に沿わないものを選ぶ気はない。
「十かそこらのお嬢様でしたら、袖口に透かし織りをあしらったものもよいのですが、あれは流石に子供の特権でございますね」
「流石にそれを使おうとは思いませんけれど。……また、よくもこれだけ集めたものですね」
「半分は興味でございますよ。各地へ散る商人仲間に頼みましてね」
それによると、寒い地方では袖が長くなり、暑い地方では薄生地を着るという特徴が出たということだった。しかし、この国は比較的穏やかな気候なのでどちらも利用して、薄生地の振り袖やお引きずりが出来たのだとか。
透けるような薄い布を幾重にも重ね着し、それぞれに描かれた絵が一つとなって物語を紡ぐものには惹かれたけれど、その物語が気に入らないので食指は動かない。
「奥の部屋に、また少し違うものを用意してございます。ご覧になりませんか?」
どれも今一つ、垢抜けない。それが顔に出たのか、店主はそんな提案をしてきた。どうしようかと、夕闇はイーリスを見る。
「行ってこい。私たちもその間に選んでおく」
頷いてみせると、店主は夕闇を伴って部屋を出た。残された二人もまた、別室へと誘導される。
「男性ものは、けっこう単純なんだ?」
「古今東西、着飾るのは女性と決まっておりますからね」
苦労人が頷いた。その説明によると、基本の形は女性と変わらないが、帯は飾るものではなく、あくまで締めるものらしい。生地もさまざまではあるが、女性ものほどの多種多様とはいかないようだ。
「ただまあ、形がほとんどかわらないから、着方次第で女性ものを着ても、大して違和感がないものもあるな。男物は渋さがいいんだが…その分、華やかさがないのが特徴だ」
今度はイーリスが説明しながら、幾つかを組み合わせ、並べて置いて行く。アヴィに好きなものを選ばせようとしたが、見当が付かないと戸惑っているせいだ。
「そうだな。下手に色が派手なものより、無地に手書き模様か、刺繍があるものがいいだろう。それなんかどうだ、袖から背にかけて騎士が描かれている。なかなか映えるぞ」
「や、これはちょっと派手だろ!?」
「祭の衣装だし、これくらいは普通だと思うが…」
「ええ、似合いますよ。若いんですし、もっと派手でもいいくらいですよ」
そういわれても、とアヴィは戸惑いを隠さない。どれもこれも鮮やかで、間違いなく着れば目立つだろうし、祭とあればそれは別にかまわない。しかし隣にいる二人を考えると、目立った上で飲まれそうなので、それならいっそ目立ちたくない、という思考である。
「……奥にもあるみたいだし、自分で探しちゃ駄目?」
「かまわんが、何と合わせるか、わかるか?」
「う……」
だよな、とイーリスは考えた。揃えたものは確かにどれも派手目なので、アヴィの感性がおかしいわけではない。なので好みのものを選ばせてもいいのだが、初めて見る衣装で組み合わせを考えろというのは、流石に敷居が高いだろう。
「…よし、合わせるものは私が選ぼう。好きな柄を持ってくるといい。…どれでもいいんだよな?」
「はい、大丈夫ですよ」
その言葉に安堵して、アヴィは奥へと捜索の旅に出た。
「イーリスさまは…どうされます?」
「……ああ、それなんだが」
と、イーリスはそこで髪を覆う布を外した。角燈の明かりを受けて、虹色の髪が煌めき、苦労人が息を呑む。
そう言えば、外したのは彼が眠っているときだけなので、見ていないかもしれない。
「羽目、外していいな?」
「──はい?」
「いや、だからな?」
呆気にとられていた苦労人は、イーリスの指示を聞いて頭を抱えた。しかし、自由にしていいと言ってしまった以上、拒否も出来ないと、店主へ声を掛けに行く。
その間にイーリスは薄地のものを幾枚も選び、色を合わせた。いくつかの組み合わせを作って、実際に合わせてから決める心づもりだ。好みの色、そうでない色や、柄のあるなしも避けずに合わせ、辺りを埋め尽くしそうになったころに、アヴィが戻ってきた。
「うわ、なにそれ、それ全部着るの!?」
「ん? いや、色を見てるだけだ。どうだ、気に入ったものはあったか?」
「あー…うん、まあ、あったけど」
イーリスの選んだ衣装に比べて単純だからと、アヴィは出し渋る。しかしイーリスは気にすることなく、それを取り上げた。
「へえ、これはまた面白い羽織を選んだな」
「はおり?」
「ああ、羽織だ。長着の上に羽織る──」
「”羽織”──長着の上に着る短めの衣を指す。男性がこれを着用する場合、紐を付けることで風に煽られないようにする必要がある。また、丈を長くすることで、雨具、冬の防寒具としても用いられる。
”長着”──丈の長い着物を指す。帯と呼ばれる布で腰を占めることで着用する。
”着物”──幅の狭い、反物と呼ばれる長方形の布で縫製された衣服を指す。生地に無駄が出ず、畳むことで平面上になるため、収納が容易となる」
意図せずして返された答えに、イーリスは虚を突かれたように押し黙る。それはもうアヴィも同じことであったのだが。
「……久々だなー、この感じ。てか何、着物ってイーリスの台詞に入ってなかったよな?」
「ああ、すっかり忘れていたな。…何というか、先取りされた気分だな」
遮られなければ、その辺りまで説明に加えただろうことは想像に難くない。……後日、夕闇がこっそりとアヴィに指摘したのは、「イーリス様の説明だとややこしいから、先取りする癖がついたんですよ、きっと」である。
「普通は一反の布を丸ごと使うから、左右で柄を変えるものは珍しいんだ。祭の衣装だし、職人が遊び心で作ったんだろう。そうだな、これに合わせるなら……」
イーリスは熟考に入った。
さてこの衣服だが、作り上、どうしても背中側に縫い目が入る。背縫いと呼ばれる部分だが、間違っても表に響いてはならず、また波打ってもならないとされていて、如何に美しく縫い上げるかが職人の技量の見せ所でもあるらしい。
先にイーリスが選んだものは、背縫いを最初から絵柄にしてあるもので、生地職人と裁縫士双方の技量を要求される上級品である。
対してアヴィが選んだものは、その背縫いを利用して左右の布を変えるという、どちらかと言えば色物に分類されてしまうものだろう。しかし、その色合いは派手ではあるものの下品ではなく、祭の晴れ着として着るのであれば悪くないと、イーリスは判断したのだ。
「……まあ、こんなところだろう。袴は二種類あるんだが、好きな方を選ぶといい」
「”袴”──腰から下を覆うようにして着用する衣服。着物の上に穿き、腰部を紐で結ぶことで着用する。股下が二つに分かれたものと分かれないものに大別されるが、それぞれで用途は違っている」
そこまで一気に言い切って、アヴィは憮然とした顔になる。自分の意志ではないものだから、応えようとしたところを乗っ取られているような気分になるのだ。わかってるからというかのように、イーリスはアヴィの頭をポンポンと叩く。これまた子供扱いされた気分になったが、まあいいかと用意されたものを見た。
真っ白の長着。これはいい、羽織の下に着るものだから、実際にはさほど目立たない。問題は。
「…ちょっと派手だったかな、これ」
自分の選んだ羽織を手に、アヴィは苦笑した。こうして合わせて見ると、けっこう派手である。
片側が白地に縦縞、それも幅の違う黒と水色の縞を鮮やかに配置している。もう片側は白地に黒と単純ではあるが、花紋が染め付けられているので華やかさでは劣らない。
用意された袴は銀鼠色で、形が違うものである。あまり迷わずに、股下が二つに分かれているものを選んだ。分かれていない方は、何となく女物のような気がしたからだ。
「決まったなら、着てくるといい。…ああ、化粧はどちらでもいいから、髪だけ整えてやってくれるか?」
「はい、お任せください」
控えていた仕女がアヴィを誘い、彼は戦々恐々と言った風情で連れ出された。どんな様子かと気にならなくもなかったが、自分が選んだものを考えると暇はないので、追いかける気はない。
それに、ちょうど今は誰もいない。着替えるなら今のうちである。
「一の襟、二の襟──五の襟」
まずは下着となる肌襦袢を取り上げて、青く染める。襟は青の濃淡五色の重ね襟に仕立てあげた。襟の順を声に出したのは、色の並びを間違えないようにという警戒である。
次が長着で、よく似た青を素地に振り袖を作る。こちらは重ね襟にはせず、襟元には銀糸で流線の刺繍を入れた。袖にも同じく銀糸の刺繍だが、こちらは花弁が散っている。
羽織は白絽の振袖を見つけたので、それを利用した。着丈の半ば辺りから裾へ、黒絹糸で流線の刺繍を追加する。
袴はアヴィと同じく、股下が分かれたものだが、これは着丈が合わなかったので作ることにしたものだ。襞は広くとり、裾に向けて色が深くなる暈し染めを施した。やはりこれにも、ちょっとした刺繍が加えられたが、色は青で、あまり目立たない。
着替えは一瞬だった。というより、仕立てた肌襦袢を羽織った端から、着ているものを消しただけである。そもそも、それもイーリス自身が魔力で作ったものだったから、簡単だ。
「作るのは簡単だが…アヴィの真似は無理だな、やはり」
同じように羽織を切り替えてみようと考えたが、あれは──そう、成人前後の若者であるから似合うのだろう。人間で言うなら若くて二十後半にしか見えない自分には、微妙に思えた。
襟や背縫いを合わせ、帯を締める。この帯はただ肌蹴るのを避けるためのものなので、ごく簡易なものだ。そこまで術で縛ることもできるのだが、それをやると不自然なところが出来るので、やる気はない。
袴を穿き、一文字に紐を締める。きつくしすぎると皺が寄るし、緩くしすぎると歩いている間に擦り落ちるので、実は慣れが必要である。あまりにも久々に着るものだから、やり直しは避けられなかった。
ようやく納得のいく位置に収まり、羽織に袖を通す気になった。長着の襟元が映えるように着崩して、少し長すぎた袖を調整し、刺繍の位置をうまく収めたころに、ようやく苦労人が戻ってきた。
「イーリスさま、入ってよろしいか?」
「ああ、いいぞ」
入って来た苦労人は、彼の姿を見て呆気にとられていた。そんなに派手だろうかとイーリスは首を傾げつつ、とりあえずは齎された大量の髪飾りを受け取ることにした。そのほとんどは女物で、この全てを使う気はない。
選び出したのは額飾りといくつかの簪である。事前に許可を取ったので、額飾りからは石を外し、そこへ術で作る魔力玉を嵌め込んだ。銀の飾りの色を鈍く光る黒鋼に変えたのは、七色の髪に映えるようにだ。簪もいろいろと手を加え、やがて満足が行ったのか彼を振り向いた。
「…どうした?」
正確には呼びかけようとしたのだが、自身を凝視し微動だにしない彼に、不安になった。
「あ、いえ、その──見たことのない、衣装だと」
「ああ、…作ったからな」
妖魔の特性として、ものを簡単に作り出せるということは知られている。出来不出来はあるので一概には言えないが、それ自体は不思議ではなく、彼もどちらかといえばその意匠にド肝を抜かれたらしい。
「あと、髪結いは苦手なんだが…誰か、呼んで貰えるか?」
「あ、はい、すぐに」
一応ではあるが、術で出来なくはない。なので急ぎ整える必要があるときなどは自分でどうにかするが、これに関しては感性が微妙らしく、出来上がりに納得がいかないと身に染みているイーリスである。
程なくして訪れた髪結師に飾りを見せ、全部任せるから好きにしてくれとイーリスは告げた。
「承りました。…まずは、こちらにお着替えください」
「着替え? どうして?」
「髪の手入れからさせていただきます。これだけの飾りをつけられるのでしたら、多少なりとも化粧が必要かと」
有無を言わせぬ命令であった。クロードからも逆らうなと耳打ちがあり、せっかく整えたのにと寂しく思いながら、指定された長着に着替え、散髪用の椅子に座る。
水の魔法が駆使されて、髪から体から汚れが落ちる。砦にいた間、体を拭いたり髪を洗ったりはしていたので、さほど汚れてはいないはずだったが、どうやらそうでもないらしい。
「妖魔の方々は、本当に無頓着です。人間以上に気を使うべきだと思うんですよ」
「そ、…そうか」
すべての妖魔が皇国に住まうわけではなく、どちらかといえば各地に点在している。旅芸の一座にいたり、商隊に同行したりする者もいるから、きっとこの髪結い師も、そう言った知り合いがいるのだろう。
人間と違い、妖魔は水や食物を必要としない。必然的に汗をかくこともなくなる。人間の体臭は汗によるところも大きいので、それがないだけで臭いは出にくくなる。もちろん、濡れたものを放置すれば臭うように程度問題ではあるが、旅の最中であれば気にせずにいられる程度には、便利な身体だ。故に簡単な水浴びで終わらせてしまうので、石鹸などを使うこともない(まあ、旅の間に石鹸を使えるのかという問題もあるが)。
「せっかく風邪をひかない体をお持ちなのですから、水浴びでもなんでもされればいいんです。ちょっとした風があれば髪は乾きますし、私どもからすればうらやましい限りですのに」
「いや、風邪をひかないだけで寒い冷たいは感じるからな?」
その辺りは何故だろうと、妖魔の中にも考える者がいた。おそらくは火傷などに気づけるようにという危機回避なのだろうと思い至ったと聞く。
今度は風の魔法で、髪の水分が吹き飛ばされる。これはまあイーリス自身でも出来るのだが、任せるといった手前、何もしない。ただし、乾かし方の手順などはしっかりと記憶に焼き付けていて、後日新しい乾燥術を作るのは別の話である。
髪を梳られ、長着を着替えさせられて、ようやく場所が散髪用の椅子へと移動になった。
「旅を続けられるのでしたら、もう少し切ったほうがいいとは思いますけどねー。それはまた改めて、私の店に御出でくださいな」
「その気になったらな」
チャキチャキと鋏が躍る。髪の質自体は悪くないものの、毛先がばらついていて結い上げたときに情けないものになると警告されては、切らないわけにいかなかった。
散髪自体はすぐに終わり、そこからが髪結い師の本領発揮である。
「せっかくですから、髪は下ろしましょうか。夜会ではありませんし」
承諾をとるというより、宣言だった。両側面の髪をそれぞれ三つ編みにし、後頭部で一つに纏める。簡単には解けぬようにと、絹紐で縛られた。鎖のような額飾りを目立たせるため、前髪は軽くあげられた。耳には挟む型の飾りをつけるが、これは下ろした髪に埋もれるようになってしまい、あまり目立たないようだ。
残念ながら、簪は額飾りが生きないからと却下された。どうにか粘って、髪をあげたいときに自分で使うならということで話はついたが。
それとは別に、イーリスが思いつかなかった飾りを施されていた。一抓みの髪を挟んで閉じる宝石のようなもので、それを下ろした髪に大量に付けられたのだ。
「すげー……」
ぼそりとアヴィが感想を漏らす。何がすごいかと言えば、それだけの飾りを施されたのに、イーリスが全く女性に見えないままで男の色気が上がったように思えることだ。
「……やりたいなら、お前の分も仕立てるが?」
「仕立てじゃないだろ、それ。いーよ、おれはこれで十分だから」
げんなりとアヴィが応える。既に彼も、洗濯の洗礼を受けていせいだろう。化粧こそ施されていないがこざっぱりとしているし、なぜかイーリスと揃いの額飾りまで付けている。色を変えただけだから、同じものがあることは十分に考えられるのだが、不思議な感じであった。
「てかさー、俺らでこれってことは、夕闇って……」
「ああ……想像に難くないな」
何せ、女性である。更に言うなら妙齢の美女である。どこぞの領主が嫁にほしがっても不思議はないほどの美女なのである。間違いなく、すみずみまで磨かれてくることだろう。
イーリスの衣装はデザイン画作成中です。
・・・投稿方法がわからない・・・




