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魔王が逃げて、何が悪い?  作者: 冬野ゆすら
第二章 
27/64

2-9 ……おまえ、本当に器用だな

「──ったく、興図が使えれば早いのに」

 流石に砦の内部ともなると、興図は使えなかった。正面の扉は魔力で開いたからもしやと思ったが、そこまで甘くはないらしい。

 なので階段を駆け上り、各部屋を虱潰しに調べ、人員を確認する。そんな作業を先ほどから一人でやっているのだが……今のところ、空振りだ。どうやら本気で全ての人員を、あの広間に集めているらしい。


「伝染病の対処としてはまずいんだが…まあ、看病する側は楽だしなぁ」

 本来は患者を隔離するべきである。しかし、ほぼ全ての人員が倒れたあの状態では、下手に個室へ戻すと何が起きるか分からないし、苦肉の策だろう。取りこぼしがないように興図を使いたかったが、流石に砦の内部には通じなかった。正門は開けることができたから、もしやと思ったのだが。

 全ての階を見終わって、イーリスは食堂へ戻った。なにやら先ほどよりは活気があるようなと覗き込んで見れば……いつの間にやらアヴィが戻っていて、兵士たちに給仕をしていた。


「イーリスさま、何処に行っていたんです? 鍋、ふきこぼれるところでしたよ?」

「ああ、悪い、取り残しがいないか探しに行ってたんだ。……ちょっと待て、おまえ、薬はどうした?」

「出来ましたよ。薬包紙もあったので、包んでこちらに」

 見れば、五角形に折られた薬包紙が並んでいた。人数を考えても、三日分はしっかりとあるから、とりあえずは事足りる。


「正直、薬草は足りないですね。一週間ですよね、少なく見積もっても」

「そうだな」

 頷いてからイーリスはアヴィに近づき、耳元へささやくように問いかけた。


「おまえ、夕闇だな。アヴィはどうした?」

「えっと……ちょっと、疲れてしまったみたいで、寝ちゃいまして……」

 いちおう、アヴィの名誉と身体を貸してくれたことを考えに入れて、投げ出したのではなく、眠ったことにしておく。流石にいきなりでは要求が高すぎたという自覚も、なくはない。 

 いい機会だったので、術を教え込んだのだとだけ答えておいた。イーリスは何処まで読みとったのか、軽く頷いただけだった。


「ああ、手を加えてはいませんが、灰汁取りはしましたから」

「……あ」

 実はうっかり完全に灰汁取りのことを忘れていたイーリスである。詫びというわけではなかったが、アヴィ──夕闇がよそう椀を、まだ受け取っていない兵士のところへ配り歩くことにしたらしい。

 一人、多少は元気に見える年輩の男性がいたが、受け取らない。曰く、「部下より先に食うわけにいかないだろ。俺ぁ後でいい」と。

 それは最初に、薬草の場所を教えてくれた男だった。


「──あー、うまい……」

「……あんたたち、どういう食事をしてたんだ?」

 水炊きを口にした国境警備隊隊長以下、全てが病人であり、まともに食べていないことを差し引いても……ちょっと、その表情は普通ではなかった。実を言えば厨房も、イーリスが使った辺り以外は埃を被っていた。釜もあるのに天火が使われた様子はさらになかった。堅焼しかなかったのは、そのあたりに理由がありそうだ。


「いやまあ、普段はまともなんだが…料理番を街へ出したんでな」

「街って…まずいだろう、それ」

 繰り返すが、流感は伝染病であるからこそ”流行性感冒”である。


「いや、大丈夫だ。発症はしてないし、真っ先に医者へ行く手筈になってるからな。あいつが発症してもなんとかなるだろう」

「…それは、いつごろの?」

「今日で三日目…四日目か? 片道で二日、薬を揃えるのに一日として……まあ、明後日か。それで薬が届く」

「当てにしていいんでしょうか。備蓄の薬草、ほぼ使い切りましたけど」

 楽観的な隊長殿に、夕闇が現実を突きつける。


「う……っ、ま、あ、この人数だしなぁ…回復したら総出で取りに行けば、まあ……」

「送られてくる薬が人数分に足りるかという話もあるな。下手をすればここの備蓄を数に入れてくるぞ」

「む……それは…まずい、か? 探せば、なくはないんだが…」

 隊長殿の話に寄ると、あれだけの薬草は全て、周辺で採れるものを訓練がてらに集めて干しておいたものらしい。ただ今回は、薬草そのものの効能が分かっていても、どういう組み合わせにすればいいかを知る者がおらず、放置するしかなかったというのが実状だとか。


「そういう話なら、確実に数に入るな」

「ですね。そうなると…やはり、不足します」

 溜息を吐くイーリスに、夕闇が頷いた。


「何が足りない?」

「何がと言うか、杏仁(きょうにん)以外ですね。ほぼ使い切りましたし」

 それでここにいたのかと、イーリスは納得する。しかし、同時に疑問でもあった。この人数分の薬の分包まで、いったいどうやって終わらせたのだろうと。


「…まあいい、探してこよう。真冬というわけでもないし、何とかなるさ」

「それは構いませんが…食事、どうします? ほぼ、空っぽですけど」

「え?」

 言われて大鍋を見る。…確かに、ほぼ空である。流石に昼までに戻れる保証はない……というか、戻る気はない。


「……仕方ない、作っていくか」

「いや、それは有り難いが……、あんたたち、先は急がないのか?」

「ああ、まったく」

「え。まったくは、不味くないですか?」

「──私相手に、か?」

 気負いのない笑みに、夕闇が苦笑する。二人の会話に付いていけず、隊長殿は目を白黒させた。

 夕闇は追っ手のことを心配し、しかしイーリスは妖皇自らでも来ない限り蹴散らせると答えたのだ。むろんそんなことが、隊長殿に伝わるはずもない。


「隊長殿、同じ食事(もの)が続くと飽きるか?」

「ん? この鍋なら歓迎するが」

 周囲で聞いていたらしき兵士たちも、期待の目で彼を見る。


「なら、火にかけておく。夕方までには戻るから、適当にやってくれ。薬を飲んだら寝ろ。とにかく寝ろ。汗をかくようならすぐに着替えろ。脱いだものは後で洗うから、纏めておいてくれ。あと、茶も掛けておくから、とにかく飲めよ」

 おお、と力強い歓声が上がって、一瞬で消えた。そこかしこに咳が聞こえるので、なにかやらかしたのだろうが…流石にそれを相手にすることはなく、厨房へと場所を変える。


「ああ、食糧は充実してるんですね」

「そうだな。…ああ、薬草を摘むついでに、何か狩るか」

「あ、いいですね。…なら、さっさとすませたいとおもいますが…何を使うんです?」

 そうだな、とイーリスは残った食料を見た。先ほどと同じく、玉菜、白菜、人参、清白、鶏肉。同じものでもいいと、隊長殿は言っていたが。


「…霙鍋、とか」

「ん? 下ろすのか?」

「はい、こんな風に」

 下ろし金と清白が宙に浮き、ザザッと音を立て始めた。見る見るうちに霙のような白い山が積み上がっていく。いくつも…いくつも。


「え…これ、おまえが?」

「はい、わたしです。アヴィの魔力は扱いやすくて──ああ、野菜もわたしがやりますから、イーリスさま、鍋を用意していただけます?」

 言われるままに鍋を用意し、肉と水を入れて火にかけた。大鍋はもう一つあったので、今度はしっかりと食べられる量になるだろう。

 夕闇の宣言通り、包丁が勝手に野菜を一口大に切り分けて、それぞれを皿に積み上げていく。皮もしっかり向いているようだ。先ほどは使わなかったが、馬鈴薯も入っている。霙鍋に使う食材ではないが……まあ、いいか。

 鍋が沸騰したころに、イーリスの手で野菜が投入されて、包丁は水桶へと飛び込んだ。じゃかじゃかと何やら洗われて、布巾で拭かれて空った場所に収まったところで、舞台は終了である。


「……おまえ、本当に器用だな」

「そうですか? イーリスさま、これくらい出来ます…よね?」

「いや、出来ない。複数の作業を同時にやると言うのは苦手でね。…まあ、手元の作業と違う術を使うくらいは、出来なくないが…その程度だ」

「あらー…──」

 イーリスにも出来ると、アヴィを焚きつけてしまったのに…どうしましょう、と夕闇は首を傾げた。


「どうしても、向き不向きはあるからな。…さて、…この霙…どうするかな」

「……ああ、出かけるんでしたね」 


 霙鍋は、具が入った状態で鍋を煮立たせ、そこへ霙を投入して蓋をして再び沸騰するまで待つという食べ方だ。目的が具材ではなく、霙そのものなのである。しかし、…放置していくことになる鍋で、誰がそれをするというのか。


「隊長さんに任せましょうか」

 失敗したところで、大根が煮込まれて水分が増えるだけである。


  ※ ※ ※


「んー…あー…しっかり寝ちまったか」

 日も高くなった頃に隊長殿が目を覚ましたのは、生理的な欲求に従って、である。この場合は、空腹を訴える腹の虫だ。が、とりあえず、用意されていた茶で口を湿らせようとして…ごふごふと盛大に咽せた。

 そのせいで周囲の部下たちを起こしてしまったが、気にするなと合図をすると、ほぼ全員がまた眠りにつく。

 自分が空腹で目覚めたということは、ほぼ全員が空腹になったころだろう。となると、もう鍋の仕上げを摺る頃合いだ。出来たら起こしてやればいい。


(ま、寝てるかどうかはあやしいもんだがな。しかしまあ…お人好しがいたもんだ)

 朝も早くから全員分の鍋を作り、今もまた昼の分を準備して、更に足りない薬草を採ってくると山へ向かった。すぐ近くの山と言っても、猪やら熊やらが出るので、慣れない人間はかなり危ないと警告したが、相当な自信があるようだった。暗くなるまでには戻ってまた食事を用意してくれるそうだが…全く呆れるしかないお人好しだ。


「っと…霙ってこれのことかね。旨いのかねぇ……」

 鍋は旨そうな匂いをさせていて、そのまま食いつきたいほどだった。おお、と思いついて玉杓子を探し、鍋の具を…正確には、その具をすくい上げる。


「腹が減っては戦は出来ぬ…じゃなくて、これは味見。霙でまずくなったら可哀想だしな……あー、旨っ」

 主に自分へのいいわけに呟いて、掬った分だけを腹に納める。それ以上は、流石に自重した。…自重できた、が正しいが。

 腹が落ち着いたので、ようやく作業をする気になった。彼らに聞いたとおりに、薪を追加して火勢をあげる。さほど待つこともなく沸騰してきたので霙を投入しで表面を均し、蓋をする。後はこれがもう一度吹いたら出来上がり、らしい。


「半端に途中で食うと不味いんだったかな」

 たしか、背の高い方がそんなことを言っていた。霙が熱くなるまで待てと言うことらしい。まあ、不味くなるものではないだろう。

 芋が入れてあるから麦焼もいらないだろうと言っていたし、後は待つばかり…となったところで、広間につながる入り口を見て……苦笑した。


「──おう。お前ら、起きたなら入ってこい。もうすぐ食えるぞ」

 群がっていた餓鬼どもがなだれ込んできた。


 ※  ※  ※


「……本当にあるのか、このあたり……」

 隊長殿から預かった地図を元に探しては見たものの、その地図が大雑把すぎてほとんど役に立たず、仕方ないと自力で探すことにしたものの、甘草がどうしても見つからない。

 ちなみに桂枝は肉桂の木の若枝のことで、これはすぐに見つかった。麻黄は砂漠地帯にも生えるくらいで、これもすぐに採ることが出来た。ただ甘草は見つからないというか、草そのものはあるものの若すぎて、採るわけにいかない状態だ。採りすぎて数を減らしたのだろうか。

 作った薬は麻黄湯と言われるもので、流石に麻黄なしで成り立つものではない。


「どうする? もっと奥まで行くか?」

「いや、日当たりのいいところで育つ草だ、山の中に入りすぎても──アヴィ? なんだ、起きたのか」

「ん? …あー、うん、まあ、一応?」

 実を言えば、眠っていたわけではない。交代したのも結構唐突で、「疲れました」と聞こえた瞬間に主導権が自分に戻っていたのが現状だ。


「夕闇が疲れたってさ」

「ああ……まあ、いろいろやってくれたからな」

 知ってる、と内心でアヴィが呟く。とりあえず意識はあったので、全てを見てはいた。


「──アヴィ、少し力を貸してもらえるか?」

「ん? 力って?」

 聞かずとも今朝型のように勝手に使っていいのにとアヴィが訝しむ。 


「私の術を書き換えただろう、あれをやってほしい」

「ああ…あれか。…やり方なんて覚えてないぞ?」

「あのときだって分かってなかっただろう。とりあえず発動させるから、甘草に絞って表示させたいんだ」

 意図は掴めたので、アヴィが頷いた。今回は机ではなく、天板だけが洗われて、空中で固定される。


「──器用だな!?」

「この程度はな。机が置けるような場所じゃないし」

 消えかけた獣道がようやく見つかったと言うだけの山中である。余分に魔力を消費するけれど、仕方のないことだ。


「地形情報と、甘草の位置…出来れば株の大きさも知りたいところだが」

「んー…こう、かな?」

 甘草は実物を見て、しかし小さいと言うことで採らなかった。だから意味は分かる。後はそこへ行くための道を考えるための地形情報か。

 そんなことを考えながら、アヴィが興図に触れる。今回は六角地図のまま、変化はないように見えるが…。


「なんだこれ…立体か?」

 まるで模型を作ったかのように、地形の高度差が反映されていた。水は流れていないものの、川とその源泉まで現れている。それはむろん、砦にあった地図よりも詳細な情報ということだ。


「あー…すごいな、こんな風になるんだ」

 本人が感心しているさまにイーリスは苦笑するが、目的のものがけっこう遠いことがわかる。そしてそこは、どうにも不自然に、開けた場所だ。


「崖崩れかな?」

「そんな感じだな。まあ甘草が育ったなら、何年か経ってるだろう。行ってみるか」

 そうして、二人は歩き出した。


「あれ? 移動しないの?」

「あれは消費が尋常じゃないからな。わざわざ使うほどじゃない」

 イーリスが打ち込んだ目印に沿って歩く中、ふと足が止まった。


「イーリス?」

「狼だ。二…いや、三匹か。魔力にでも惹かれたか?」

 荷を降ろしたイーリスが、弓を構える。つがえられた矢の先に狼がいるのだろうが、アヴィに見えるものではない。


「ただの狼なら、寄って来ないんだがな」

 それはつまり、魔物化した狼か、魔物そのものである狼ということである。でも、とアヴィは不安げな顔になる。砂漠でもずいぶん警戒していた、と。


「砂漠では術が使えないからな。弓一つで相対するのは私でも怖いぞ。夕闇は起きてるか?」

 弓を引き絞りながら、イーリスが問いかける。


「え? あ、うん、起きてるよ」

 特に問いかけられることもなく、しかし眠ったわけでもないことはその気配で分かっていた。


「なら見てろ。曲芸みたいなものだが──な」

 矢が放たれる。幾つもの風切り音が周囲を飛び交い、彼らを包囲していたらしい気配に次々と突き刺さった

 放たれたのは、一本の矢であるはずなのに。


「……何? 今、…なんか空間がおかしくなかった?」

「ほう…どんなふうに?」

「や、そこまではわからんけど」

 イーリスの前方に、まるで何枚もの幕があるかのように、揺らいで見えた──そんな気がした。ほんの一瞬のことで、すぐに消えてしまったけれど。


「あと、夕闇がすごくびっくりしてる。自分には出来ないってさ」

 ふん、とイーリスが笑った。どこか得意げな表情だ。


「標的捕捉魔法の応用だからな。そう簡単には真似も出来ないさ」

「…え、魔法なの?」

「ああ。まあ、全部術で構築しなおしたから、欠片も残ってないがな」

 魔法の研鑽は驚くものがあるぞとイーリスは至極まじめな顔で答えた。

 その後、弓は片づけたイーリスだったが、何故かじっと、アヴィを見る。


「えっと……?」

「いや、いい。今日は急ぐし、私がやろう」

 何かを引っ張るような仕草をした一瞬の後、どさどさとその前に狼……の死骸が積み上げられた。


「え……えと、つまり…解体──」

「血抜きと内蔵だけな。ちょっと待ってろ」

「……そ、か」

 先を急ぐことに加え、結構な数である。肉食である狼の肉は、イーリスの好みではない。だが毛皮は需要もあるし、兵士たちなら自分でなめすか、伝手もあるだろうから、最低限の下処理だけする事にしたのだ。まあ、帰りに拾っていけばいい。

 術で纏めて持ち上げて、木に吊す。逆さに吊して頸動脈を切り、血を流させるが…残念ながら、滴るようにしか落ちてこないので、肉は生臭くなりそうだ。その辺りは食べる人間の好みもあるので、気にはしない。そのまま腹を裂いて内蔵を取り、これは少し離れた場所で埋める。三匹分の処理を終えたところで、アヴィと目が合った。


「……大丈夫か?」

「はい、わたしは平気ですよ。でもちょっと、その臭いはいただけませんね」

 その一言で、イーリスの周囲に霧が立ちこめる。しばしの後、返り血も綺麗に落ちた姿でそこに立っていた。ついでに何かしたらしく、狼が水珠に包まれている。


「──生成か?」

 赤く濁っていくそれは結構不気味なものだが、血抜きと保冷の点で、けっこうな優れ技だ。


「いえ、召還です。すぐ近くに水場がありますし」

「ああ…そうか」

「はい」

 楽しげな声で、夕闇が答える。

 イーリスがそれをしなかったのは、単純に出来ないせいである。小さいものならすぐにつくれるが、この大きさとなるとかなり時間がかかるし、見えないところにあるものを召還する術は、成功した例がない。


「アヴィはどの辺りまで見てた?」

「ちゃんと見てましたよ。あれなら、解体そのものは覚えられるでしょう。ただ、臭いがきついとか」

「臭いか」 

 それは仕方ないかなと呟きながら、イーリスは荷を背負いなおした。まあ、今のところ中身が入っていない籠であるが。


「さて、先を急ごうか」

 既に昼近くになっていたが、特に休憩も不要として二人は駈ける。籠に邪魔をされるので猿のようにとはいかなかったが、山駈けの修行と言われれば信じてしまうような早さだ。むろんというかなんというか、アヴィの身体は夕闇が主導権を握った状態である。 

 予定の地に着いた、その後。


「さっきから静かだが、アヴィはどうしてる?」

「目を回したみたいですよ。止めろと言ったんですが、視界だけ共有してしましたから」

 くすくすと笑いながら、夕闇が答えた。


「酔ったか」

 さもありなん、とイーリスも苦笑する。めまぐるしく動く他人の視界だけを見続ける、そんなことをしたら酔って当たり前である。いっそ身体も同調していれば、多少はマシだっただろうに、と。


「言い返す気力もないみたいです。はやく帰ってあげましょうか」

「まあ、そうだな」

 甘草の採取は、少々こつがいる。若い株の根は細く、薬効も低くて意味を成さないので、四,五年は育ったものを選ぶ必要があるのだ。株の大きさから適当に育ったものを選び、抜く。ある程度たまったところで、夕闇が水珠を作り、土を洗い落としていく。それをしながらも株を引き抜く作業も止めないので、ずいぶんと効率がいい。

 本当に器用だなと、イーリスは呆れ半分でそれを見ていた。


「そろそろいいぞ。これだけあれば、あの人数なら事足りるだろう」

「あ、はい」

 けっこう没頭していたらしい夕闇が顔をあげた。

 引き抜くときに土が跳ねたのだろう、顔やら服やら、けっこう土がついていた。

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