35 キューティクルスマッシュアタック!
千花は疲れていた。主に精神的に。
今までは千花の部屋でしていたが二日前から別の部屋を用意してもらってそこで魔法陣の勉強をしている。大きなテーブルと椅子、休憩用のソファがあるだけのシンプルな部屋だ。
イメージする能力がいまひとつということで神経を使う作業である魔法陣の練習をしている合間に莉子の訪問を受ける。小梅があんなこと言わなければ、と思っても現状はまさに後の祭りの見本である。
そろそろ来る頃だろう。
「ちーかちゃん」
ほら、来た。
となりでステラが肩を揺らしている。他人事だと思って楽しんでいるのが丸分かりだ。お前がそんなんでいいのか!とツッコミたいところだが、千花は「お前」などという乱暴な言葉を実際に口に出したことはないのでそんなことは出来ない。いまどき「マジで?」という言葉も使ったことがない少数派な若者なのだ、千花は。
「新しいの考えてきたよー」
そう、最近の莉子は新しい魔法、とやらに凝っているのである。といっても魔力皆無の莉子が魔法など使えるわけもなく、セバスチャンに魔法の種類などを聞き、それを涼夜に話して二人で新しい魔法を創作しては千花に試せとやってくるのだ。貴重な携帯の電池をそんな相談に使っていいのかと思うのだが、この前の電話の際には千花も同行し(結局ミニテーブルマウンテン以外でつながる場所を見つけられないので電話の度にプチ旅行みたいな感じになる。どんだけ遠い公衆電話なんだ)自分の両親からも魔法魔法と期待されてはどうしようもない。
ちなみに今まで莉子が(涼夜と共同で)考えてきてくれた魔法は、どれも名前も内容も思い出したくない小っ恥ずかしいものばかりだった、とだけ言っておこう。
「名前はねー、『キューティクルスマッシュアタック!』どう?強そうでしょ」
「…」
「千花ちゃんが嫌がるかと思ってかわいさよりもシンプルな感じにしたんだ。でもかわいいのがゼロってわけじゃないんだよ」
どうしてそこで得意げな表情になるのか千花には理解できない。
「莉子ちゃん、『キューティクル』の意味がわかんないんだけど」
「え?キュート<キューティー<キューティクルじゃないの?」
「それ、どんな活用なの…」
口に出しては言わないが、心の中で思う。莉子は時々バカだ。高卒の小梅より人間的な意味ではなく、純粋に学力の面で劣っているところがある。小梅は「キュートキューティーキューティクル」など今までもこれからも口にすることなどないだろう。
ステラがニヤニヤしながら千花の足を自分の足でつんつんして今の莉子のボケを解説しろと無言で訴えてくる。言葉は基本的に自動的に翻訳されているのだが時々外来語やこちらにない固有名詞などは通じないことがあるようだ。
「莉子ちゃん、もうちょっとでキリのいいところだから少しだけ待っててね」
ステラの足を蹴り返しながら千花はにっこりと微笑んだ。
千花は呆然としていた。
魔法が出てしまったのだ。
魔法陣ではなく、イメージの魔法だ。
ゴスロリな変身魔法しか使えなかった自分が次に使えた魔法がこれなんて。
「なんかデジャブ」
「え?」
「千花ちゃん、パンツ見えそう」
orzの姿勢で砦の鍛錬場に両手と両膝をついている千花の後ろにまわりこみ、よそから千花のパンツが見えないように立つ莉子。
海岸まで行かなくてもまあいいか、と砦の鍛錬場でステラが三重に結界を張ってその中で魔法を試したのだ。
魔法は成功し、千花はいつかのように地に這いつくばっているわけである。
「あ、ごめん、ありがと」
棒読みで莉子に礼を言いつつ立ち上がる千花。
たった今『キューティクルスマッシュアタック!』が成功したのだが、なぜか千花の顔色は冴えない。
当たり前だ、なんだ『キューティクルスマッシュアタック!』って。キューティクルといえば髪の角質が層になっているあれだろう?日本人でテレビを見たことがあって人並みの記憶力があれば誰でも知ってる単語じゃないのか、キューティクルは。
今まで散々失敗しすぎているのに、まさか成功するなんて。よもや成功するなんて。まさかとよもやはどちらの方が希少度をあらわすのに向いているのかなーとか千花は少しばかり現実逃避な思考に陥ってみる。
「チカさん、やりましたね」
ステラの純粋な賞賛の眼差しが辛い。誰か『キューティクル』に突っ込んでくれるひとはいないのか。
いません。
唯一突っ込んでくれそうな小梅は海の向こうの東の大陸だ。
大体涼夜はどうしたのだ。莉子と違って涼夜はオタクだけど頭は良い。高校だって進学校だったし大学も現役で国立の某工業大学に入った。あそこの偏差値いくつだったかな。莉子がかわいすぎてアホ過ぎるネーミングもかわいいかわいいでスルーしたのか?
「やりたくありませんでした」
あまりにどんよりとした雰囲気の千花にステラはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「チカ、さん?」
千花が呪文とともに掲げた右手を振り下ろすと上空に光の粒子のカーテンのようなものが現れ、それが波のように緩やかに動いたあと今度は嵐の時のように波が続けざまに起こり、眩しく光るとそこから無数の光の玉が鍛練場にそれこそ流星のように降り注いだのだ。
ステラは変形した球状に結界を貼っておいたので鍛練場がボコボコになるようなことはなかった。
どういう仕組みかはわからないが光は淡い白とでもいえばいいのかやわらかい光で、降り注ぐときのみほうき星の尾のようになる部分に色が付いた。それはたくさんのきれいな色で、いくつもの虹が分解しては無造作に流れ落ちるような不思議な景色だった。
「チカさんが苦手な派手さはなかったと思いますよ。地味ではありませんでしたけど、派手というよりは綺麗な魔法でしたよ」
慰めなど不要なのだ。千花は『キューティクルスマッシュアタック!』と叫んでしまった自分を忘却したいだけなのだ。冷静になればなるほど二度と口にしたくない魔法名である。
そう思うとパンプル~のように無意味な言葉の羅列というのは意外とよいのかもしれない。あれを恥ずかしいと思っていた自分はどれだけ贅沢だったか。
あ!
千花は気付いた。なぜ今まで気付かなかったのか!
「ステラさん!」
「はい」
いきなり大声で名前を呼ばれたステラは返事をしつつ再びぱちぱちと瞬いた。
「無詠唱。わたし詠唱なしで魔法出したいんですけど!」
「えーっと。それは明確なイメージがあってこその無詠唱、なんですが」
「わたし、がんばりますから!」
「ええ。がんばるのは大変結構だと思いますよ」
日暮れまでがんばった千花だが、無詠唱で『キューティクルスマッシュアタック!』が出ることは終ぞなかった。




