34 再び三人
「そういうことだったのかぁー」
ステラの説明に小梅がなるほどなるほどと頷く。
嫌われているわけじゃないと思うけどどこか遠慮がちというかなんというか。勇者様大歓迎!的なノリでもなく、でもいっぱい構ってくれるという謎がなんとなく解けた。
「この世界のひとたちがまともでよかったよ。ってこの言い方だとなんか偉そう?」
「うーん、どうだろ?」
莉子がよくわかんないやと言いながら再びナントカベリーを食べ始める。ナントカベリーはナントカベリーが正式名称ではなくきちんとした名前があるのだが、ナントカの部分がいつも思い出せない。それは莉子だけでなく千花も同じである。
「わたしたちが実は死んでるって言わない方がいいんでしょうか?」
千花がそう言いながらステラとセバスチャンを見た。
質問を受けて思わず顔を見合わせる二人。
「元の世界で死んでるってわかったら…」
千花の言葉はそこまでで先が続かなかった。
所詮一度は終わっている命なら、人生を一度は全うしている命なら、使い捨ててもそんなに罪悪感は生じないのではないか。でも千花はそれを言葉にすることは出来なかった。
「違うよ、ちーちゃん」
「小梅ちゃん…」
「なんか変なこと考えてそうだけど、この世界のひとはそこまで鬼畜じゃないと思うよ。大丈夫。ね」
小梅は「ね」の部分でステラとセバスチャンを見た。ステラはうんうんと首を縦に振り、セバスチャンは大人のダンディースマイルを浮かべた。
「ねえねえ、何が違うの?キチク?何の話???」
ナントカベリーをやめて違う種類の実をもぐもぐやりながら莉子が話に混ざってきた。いつの間に隣にくっついているリオンが莉子の髪についた草を丁寧な仕草で取り除いている。
「……莉子、あんたはどこでも幸せに暮らしていけると思うよ。っていうか、ちーちゃん、何アレ」
「えーと、気づいたらあんな感じというか、なんかお母さんみたいになってた」
「ここもここで大変だったんだ」
「いや、わたしはノータッチだから別に大変じゃなかったけど」
「あ、そう」
ミニテーブルマウンテンになまぬるい風が吹き始めたので砦に帰ることになった。莉子の「え?今日めっちゃ爽やかないい天気じゃない?」という言葉はとりあえず無視された。
せっかくだからと小梅は武器と防具が出来たと連絡があるまでハチヤにとどまることにした。オストレイにいても宴会しているだけなので構わないだろう。
現在三人は砦の庭にある東屋でお茶中。誰とは言わないが執事にはちょっと席を外してもらっている。
「それで、ちーちゃんはどうなの?魔法少しはどうにかなった?」
「それがぱっとしなくて。ちょっと前から魔法陣習ってる」
「魔法陣って魔法陣?ちーちゃんだって魔力すごいから間違えたらドッカーン、じゃないの?」
「そうなんだけどイメージしてもイメージしてもさっぱりなの」
千花が手に持っていたカップを東屋のテーブルに置き、がくりとうなだれた。
本日の執事が用意してくれたのは素焼きっぽい肌触りのやや細身なマグカップ。お揃いの短くした円柱みたいなお皿には甘さ控えめのパイの実みたいな形をしたサクサククッキーが入っている。
「イメージが全くできない人なんていないだろうから、なんかコツというか、きっかけなんだろうね」
「わたしもそう思うっていうか、そうであって欲しいんだけど。魔法陣、結構面倒なんだよ。神経すり減らして描いたものが間違っててドッカンとかシャレにならないよね」
「コピー機とかないのかなあ。成功したの何枚もコピーしとけばいいんだし。お兄ちゃんが集めてたカードくらいの大きさだったらポケットにも入るよ。でもこの世界にコピー機はないよねえ」
「あるかいな!って莉子のその暢気さを少しちーちゃんに分けてあげなよ。で、莉子は?何してんの?」
サクサククッキーを自分の取り皿に三個ほど積み上げていた(お行儀が悪いぞ)莉子が四個目を手にしたまま斜め上に視線をやる。
「…えーと、リオンさんと、……散歩?」
小梅は少し離れたところにある砦を眺めた。砦の一番上、いわゆる屋上部分を眺める。独特なデザインは姿を隠したままでも攻撃は可能、ということか。いざという時はあそこに兵士が、じゃなかった執事が並んで敵に向かって一斉に弓を引くのだろう。ハチヤは永世中立国ということで今までよそと争いになったことはないらしいが、魔物にその理屈は通用しないだろうし。っていうか、魔物は海を越えられるのか?空を飛べる魔物がいるなら可能だろうなあ。
「小梅!ねえ!小梅ってば!」
「ああん?」
自分の名前を五回呼ばれたところで小梅は返事をした。
「どうしたの?朝イチで移動してきて疲れちゃった?」
ああ、疲れたよ、お前にな。とは言わなかった。小梅は四月生まれなのだ。三人のなかで一番年上なのだ。既に二十歳になっている大人なのだ。
莉子のトンチンカンな部分は大体はもとをただせば涼夜だ。あの変態シスコン兄貴のおかげで莉子は少しばかり人とずれたところがある。さっきのリオンを見ていて何かが引っかかったのだが、思い出した。あの過保護ぶり、涼夜だ。
涼夜は実の兄だがリオンは他人、どころか他ドラゴン。あんなにぺたぺた触らせるのもどうかと思うが気づいているようで気づいてないんだろうな。リオンもリオンで好意がどっちなのかいまひとつわかりにくい。男前のくせに母性本能フェロモン振りまいてるし。
っていうか、自分も千花も勇者道を極めるべく精進中なわけで、こんなことをいってはなんだが一番暇そうな莉子の面倒みる必要もないかな、と小梅は短い時間で把握検討結論と自分の中できれいにまとめた。
「あたしが丈夫なのは莉子も知ってるでしょ。それより、これからどうなるかわかんないけど無理はしないようにね」
「何?いきなりどうしたの?」
「いやあ、そろそろ勇者業が本格的に稼働しそうだからさ。そのうち莉子もそうなるかもしれないし」
「あ、それなんだけどね、千花ちゃんが島を出るときにわたしも一緒に、って思ってたんだけど小梅の方が魔物に近いところにいるわけでしょ、だったらわたし小梅と一緒の方がいいんじゃないかな」
「へ?」
「ほら、わたしは『運』だから。小梅の方が危なそうだから小梅と一緒の方がいいかなって」
何?何ですと?!
なぜか笑顔で自分を見ている莉子から不自然にならないように視線をずらして小梅は千花を見た。一秒にも満たないアイコンタクト。幼馴染だからこそ出来る高等な意思疎通。
折れたのは千花だった。
「莉子ちゃん、えーっと、ほら、また電話つながるかもしれないし、もうちょっとここでいいんじゃない?」
「でも電話は危なくないけど小梅は危ないかもよ」
「う。…それを言ったらわたしも危ないかも。魔法陣でドッカーンって…」
「…ちょっと。何か変だよ二人とも。隠し事でもあるんじゃないの?」
まさかバレるとは!莉子なのに!
千花はこっそり眉が寄ってしまったが小梅はアハハと笑った。
「バレたか!」
両手をあげて降参のポーズをとる小梅。
「何なの?」
「いやー、ぶっちゃけ莉子とリオンさんのいちゃこらいちゃこらをそばで始終やられてそれを見なきゃいけないのもぶっちゃけどうかなあ、と。うん。ぶっちゃけぶっちゃけ♪」
「うーん。わたしも時々なんかおかしいかな、って思ってたんだけど、リオンさんってやっぱりちょっとおかしいよね?」
「時々?!?!」
「気づいてたんかい!っていうか、全然『ちょっと』じゃないし!」
四日後、小梅は再びシースと島を離れた。
莉子は島に居残りである。
セバスチャンによると、自分は執事長として島を離れるわけにもいかず、自分の次に優秀な執事であるシースは小梅の護衛、リオンは平執事であるがドラゴンというのは極めて情が深い生き物であり自分が気に入った相手を無理矢理手篭めにする、なんてことは絶対有り得ない、とのこと。双方確実なLOVEにならない限りドラゴンはそういうことをしない超紳士生物なんだと。
残念ながらほかの優秀な執事も所詮は男、万が一があっては困るがシースとリオンに限ってはその心配がないと自信をもって断言できるのでほかの護衛は考えられないと言い切られてしまえばこのままでいるしかない。
肝心のリオンは莉子への好意が異性に対してのものなのか庇護対象に対してのものなのか自分でもよくわからないとのたまいやがりましたよ。
「ドラゴンの情の深さとこの純粋さというか鈍さは昔から大衆演劇や小説の題材になるほど有名でして…」というセバスチャンの言葉に間違いが起きないならそれでよし、命と安全最優先だと千花と小梅が納得して莉子とリオンの関係は現状維持に落ち着いた。
そして、小梅の「散歩ばかりしてないで電話で涼ちゃんに相談するなりして、ちーちゃんの魔法をどうにかする手伝いでもしないさいよ」の言葉に発奮した莉子により千花がありがた迷惑をこうむるのはほんのちょっと先の話である。




