33 勇者がよばれるまでの経緯
『26 なつかしい声』の続きになります
ミニテーブルマウンテンでナントカベリーをつまみながらまったりする少女、いや女性が三人。
まさかの異世界電話で家族と久しぶりに話をしたりして、うれしい反面自分たちが確実に死んでいるのも(あちらの世界でね)確認できてしまいなんともいえない感覚というか状況で、なんとはなしに手を伸ばしてナントカベリーを最初に摘んだのは誰だったか。それに釣られるように残りの二人も手を伸ばし三人でもぐもぐしているところ。
しばらく無言で食べていると説明しにくかった心のざわざわが落ち着いてきたような。
「ところで大陸どうだった?」
さすがに三日連続は飽きてきたのか莉子が一番最初に食べるのを中断して小梅に話しかける。
「うーんと、外国?」
「この世界どこでも外国な気がするけどね」
と千花。
「武器はもう作ったの?」
「今作ってもらってるところ。防具も作ってもらってるんだけど、なんかね、濃い濃いおじさんだったわ」
「へぇー」
「とりあえずオストレイのひとは人懐っこいっていうか友好的っていうか、なぜか毎日宴会してるし」
「宴会?!」
「それでいいの???」
「あたしもちょっと心配っていうか、謎っていうか……ねえ!ステラさん!」
小梅は離れたところでセバスチャンと佇んでいるステラに声をかける。
この島のひとはわからないだろうがステラは大陸に住んでいたのだから知っているはず。
「魔物ってほんとにいるんですよね?」
「はい?もちろんですよ」
「どうしたの、小梅ちゃん」
「なんかさ、オストレイは大陸の端っこだからまだ魔物は来てないんだろうけど、それでもなんかこう、あまり大変さを感じないって言ったら言葉は悪いんだけど、あたしが異世界からきた勇者だってわかってもこっちのひとたちの反応がなんていうかなあ、あまり期待されてないっていうか、強くなさそうだからかなあ…」
たった数日だがオストレイ滞在中、工房の人間だけでなく警邏隊や治安部隊、街のひととも知り合いになった。そのひとたちが小梅が勇者だと知った時の反応が小梅が予想していたものとは違っていたのだ。
「それは、ですねえ」
小梅の言葉を聞いていたステラが複雑な笑顔を浮かべた。
この世界で再び魔物が発生したのが二年半前、初期の段階で根絶やしにしようと試みたもののうまくいかず徐々に魔物の数は増えていった。
ノースロンで最初に確認された魔物はどのように移動するのか、大陸の中央付近でも確認されるようになった。そして発足していた世界会議で勇者のことが議題にのぼった。
過去同じように発生した魔物と魔王を滅ぼした勇者を召喚するべきではないかと。今はまだ確認できていないが魔王の誕生も時間の問題かもしれない、もしかしたら既に誕生しているかもしれない。
しかし、そのときひとりの人間の発言で全員が固まってしまった。
「我々にとっては勇者の召喚だが、相手にとっては拉致誘拐となんら変わりないのではないか」
いきなり攫われて縁もゆかりもない世界を救えと命をかけて救ってくれなど虫が良すぎやしないかと。たった今自分が知らない世界に連れて行かれて勇者をしろと言われて「はいわかりました」と出来るのかと。
自分の夫が、息子が、いきなりそうなったときに耐えられるのかと。
今の自分たちのように大切なものを命懸けで守っている最中にいきなり攫われて、関係ない世界を救ってくれと頼まれたら?
勇者として呼ばれるくらいならそれなりに強く優秀な者だろう。大切な家族もいるだろう。
そしてこの話はそのまま立ち消えになってしまったのだが、半年前、魔物の勢いが増し、エルフが森の国を捨てるに至って再び勇者召喚の話が出たのである。
会議は紛糾した。まさに紛糾。
会議は何日間にも及び、東の大陸だけの問題では済まないだろうと西の大陸からも代表者が来たし永世中立国を謳っているハチヤからも領主(つまりコブシの父親)が参加した。
こんな重要なことを密室で決めるべきではないと会議の内容は日に三回号外として市井にも配られた。
そして誰かの発言で再び全員が固まったのである。
「ところで誰か勇者召喚のやり方を知っているんですか?」
「まさか?」
「ええ。そのまさかです。誰も勇者召喚のやり方を知りませんでした。1000年前の勇者召喚については『人間の巫女が夢のお告げの通りにしたら勇者が現れた』程度しか伝わっていなかったのです」
「で、どうしたんですか?」
「困りました。これじゃ誰かの夢にお告げがあるまで無理じゃないかということになりました」
そして勇者召喚はやっぱり無理だ、ここは自分たちでがんばるしかない、という雰囲気になったときにノースロン人がおずおずと手を挙げたのだ。ノースロンのような小国の代表は交代要員がときどき限りなく一般人の場合がある。手を挙げたノースロン人もどう見ても普通の主婦だった。本当は違うのかもしれないが。
「わたしたちの国ではもうちょっと詳しい話として伝わっています」
ノースロンは実は東の大陸で最も古い国のひとつだ。
勇者が魔王を倒したあと、もともと山岳部族だった彼らは再び山に戻った。山のひとである彼らにとっては厳しくても住めば都の高い山だがその他のひとから見ればなぜ好き好んであんなところに、である。
ノースロンの山々には貴重な鉱物が埋まっており掘り出せば価値は高いが、心肺機能が高い彼らだからこそ掘り出せるのであり一般人では掘り出す前に高山病になるのがオチである。
やがて平地では戦国時代が始まったがとりあえず国々は川のそばの平地を求めて戦い、大陸の外れのノースロンは存在自体忘れさられているような状況だった。
気づけば戦国時代は終了し、気質的に外交が得意でないノースロンだがとなりにエルフがきたことで理不尽な搾取なども受けることなくゆるやかに存在を続けた。
とまあこんな感じでノースロンは魔王滅亡直後から一度も滅ぶことなく存在してきた国なのである。
「巫女が夢に見たのは模様です。それを描いて勇者を呼びました。つまり、今風の言葉でいうと魔法陣だと思うのですが…」
ノースロンで読まれている勇者さまの絵本では夢のお告げのシーンで魔法陣が描かれている。ノースロン人なら常識だ。
魔法陣だと!皆の目が一斉にエルフに向いた。魔法といえばエルフである。
全員からものすごい目力で見つめられたレギア(ステラの父、エルフの王様)はぶんぶんと勢いよく首を左右に振った。
「エルフにそのような魔法は伝わっていない。そのような魔法陣は見たことも聞いたこともない!」
「エルフ嘘ツカナイアルヨ!」と王族にあるまじき不審さ全開で言い訳をするものだから余計にまわりは混乱した。「召喚に反対だから黙っているんだ!」「まさかエルフが嘘をつくわけない!」「だったらエルフが拉致誘拐をすると思うのか?!」会議室はピーチクパーチクの大騒ぎになった。
そのとき騒ぎをよそにこそこそと移動する男がひとり。
「もしかしてこんな感じで?」
「ええ、ええ。わたしもきちんとは覚えていませんがこんな感じだったと思います」
「どうしましょうか」
「黙っているのもどうかと思いますが」
「デスヨネー」
会議室の片隅でこんな会話が交わされていたが誰も気づかない。
「あのー」
ピーチクパーチク。
「あのー」
ピーチクパーチク。
「あのー」
ピーチクパー…。
「移動した男というのがハチヤの領主だったわけです」
「コブシちゃんのお父さん?」
「ええ。ノースロンと同じくらい古いのがここハチヤなんです。ノースロンは魔王滅亡後すぐに建国されたのは間違いないんですが、ハチヤについてはいつからこの島にひとが住み始めたのかははっきりはわかっていませんでした。ただ古いのは間違いないんですよね」
「で、どうなったの?」
ノースロンと同じように古い国として知られるハチヤの領主の発言に皆が驚いた。ハチヤにもその魔法陣らしきものは伝わっているというのだ。
そういえばハチヤは勇者さまの別荘地として島の歴史がはじまったとかいう胡散臭い謂れがあったのを皆が思い出した。観光客を呼ぶための嘘、と言っては失礼ですね、方便というやつではなかったのか。あの話はもしかして本当だったのか?会議室がざわめく。
ハチヤの領主によると領主の家に代々伝わる布があるのだという。以前は壁掛けとして飾られていたが長いこと掛けられていたために傷み、今は箱に入れられ普段はしまわれているとのこと。
ただ痛みが激しく布はほつれ魔法陣と思われる柄はすべて判読はできないと思う、とも付け加えられた。
今すぐその魔法陣を調べて勇者召喚を試せばいいという声が上がったりもしたが、やはり勇者は召喚するべきではなく自分たちでどうにかするべきだという意見も根強く、結局その魔法陣についてはハチヤに任せる、ということになった。
ハチヤには代々巫女というものがいて、今の巫女が領主の娘だということも知られている。
だったらまだ若いその巫女に清い心で祈ってもらって、それで勇者が召喚されるなら勇者さまに頭を下げ、召喚されないならされないで構わないだろう、ということに落ち着いたのだ。
なぜなら、魔法陣というものは非常に複雑で繊細なものであるから、一部が破損している魔法陣のその欠けた部分がわかったとしても書き方とか順番とかいろいろな要素がうまく噛み合わないと召喚は成功しない。また、魔力のない人間の巫女が試すのは問題がないと思われるが、下手に魔力の強いものがはっきりしない魔法陣を試すのは非常に危険。例えば大陸一ともいわれているレギアがその魔法陣を試して失敗した場合、最悪東の大陸が吹っ飛ぶことも考えられる。異世界から勇者を連れてきてしまうほどすごい魔法陣なのだから、失敗が発動した場合のダメージは想像がつかない。
このようにレギアに説明され、現状がはっきりするとなんだか皆すっきりとした気分になった。
『勇者召喚とは宝くじを当てるよりずっとずーっと難しいのだ!』
と皆の認識が一致した。
『それでも買わなきゃ当たらないなら買ってみよう!』
「そしてコブシさまが壁掛けの模様を写し、足りない部分を勝手に付け足して祈る、ということがそれ以来毎晩行われていたようです」
「ダメもとで魔法陣を作成すること半年、もはや日課のようになりつつあったその作業をいつもどおりこなし、いつもどおりに確認しにいった朝、まさかの三人ゲーーーット!というのが真相です」
ステラの言葉をそれまで黙って聞いていたセバスチャンが引き継いで勇者召喚の顛末の説明が終わった。




