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31 アニージョのアニはアニキのアニではございま、せん?







 一方、二人が去ったルルル工房では…。


「ふふ…ぐふっ………ふふっふ……」


 上司が愛用の方眼紙ノートを広げて何かを書き込みながらニヤニヤするのを部下その四がちょっとびびりながら眺めていた。


「おい、何やってんだ、行くぞ」


 そんな部下その四に部下その三が声をかける。


「はい、なんでしょう?」

「お前マニュアル読んどけって最初に言っただろ」

「読みましたけど」

「読んだだけで覚えないなら覚えるまで読め!阿呆!」


 しかし部下その四にもう一度マニュアルを読む時間を与えず部下その三はそのまま部下その四をひきずって外に出る。


「先輩どこ行くんですか?でもその前にアニさんの眼鏡おかしかったですよ。物理の法則無視した光り方してましたよ。物理知らないうちの妹でもおかしいって気付きますよ。なんであそこで光るんですか?自家発電なんですか?まさかアニさんの眼鏡って魔道具とか?!」

「その無駄によくまわる口に使われるエネルギーを仕事に使え。お前帰ったらちゃんとマニュアル読みなおせよ。時間ないから説明しちゃうけどアニさんが本気モード入った時は大至急で防具屋のゲンさんに連絡して来てもらうこと。今日は初めてだから俺がついていくけど次回からはお前がするんだから覚えとけよ」


 ルルル工房総務部(スールたちにまかせておけないのでアニージョが勝手に部署を作った)はアニージョをトップに総勢五名。経理担当以外は人事や総務、庶務など兼務のなんでも係である。

 部長はもちろんアニージョ。

 部下その一は狼の獣人で名前はロボ(でも奥さんの名前はブランカではない)、現在ジャイロに納品という名の出張中。

 部下その二は経理担当、人間のおばちゃん。通称おばちゃん。基本は経理だが性質の悪い客や悪質クレーマーが来たときは『謝り倒し』や『聞き流し相槌』や『なんちゃってボケたふり』や『秘儀のらりくらり』あるいは『究極奥義おばちゃんトーク』などで勝率100%を誇るルルル工房の秘密兵器である。

 この三人は工房が移転する前から勤めている古株だ。狭い店舗にそんなに従業員が?という話だが経理のおばちゃんは忙しいとか大口の注文の時だけ手伝いに来てくれるスーパーサブだったのだ。移転を機にフルタイムになったらしい。


 そしてルルル工房を出て昼下がりの工業区を歩いている二人組、先を歩くのが部下その三こと兎の獣人のガスパ(リサもガスパールもウサギじゃないことは知ってるかい)女の子のウサ耳ならともかく野郎のウサ耳なので萌えない。しかも白ウサギではなく黒ウサギなので懐中時計を持たせるコスプレもできない中途半端なウサ耳なのである。

 早足の彼を追いかけるように小走りなのが部下その四こと人間のカロラ。アニージョから部下その三まではさすが天下のルルル工房の従業員であり仕事の出来るやつらでおそらく転職先には困らないのだが、部下その四はなにがどうしてここに就職できたのか謎のごくごく普通の男である。なんなら普通より微妙に下である。数年後に大化けするのだろうか?と飲み込みの悪い後輩を指導するガスパは心配と期待を同時にしている。


 獣人とはもともと西の大陸に住んでいたものたちで獣の耳としっぽを持っている。ルルル工房にはいないが鳥人とよばれる背中に羽をもったひともいる。彼らはエルフたちが東の大陸に戻り始めた頃からぽつぽつと移住してきた。体の部位にやや特徴がある以外は人間とほぼ一緒で、エルフやドワーフとは子を為せないが人間とは子を為せるのでひっくるめて亜人または亜人種と呼ばれている。

 亜人にはもうひとつ、魚人がいる。肌の一部が鱗状になっているためそう呼ばれているが彼らは得てして気管支が弱く移動に向かないため東の大陸にはおらず、西の大陸の水がきれいな土地にのみ住んでいる。


 おまけの話になるが獣人にも鳥人にも魚人にもひとの種類は四種類という神話や伝説があり、十数年前にそのことが東の大陸の大衆向け娯楽新聞に掲載されるとそれをきっかけに西の大陸で謎の亜人を探すというブームが起きた。現在もトレジャーハンター的なひとと学術的探究心をもったひとがごちゃまぜで西の大陸をさすらっているらしい。





 


 二人が辿り着いたのは1ブロック先の防具屋。武器ではルルル工房が一番というのは常識だが、防具については不動の一位というのはない。機能が重要なのはもちろんだが、デザインの部分で贔屓の防具屋があったり流行があったりするのである。デザインの統一ということで武器と防具の両方を扱っているところも多い。

 ここは分類するなら趣味の店、である。工業区とか問屋街といわれるだけあってみな一目で何屋かわかる作りになっているのがほとんどなのにここはなにがなんだかさっぱり。看板はもちろん出ていなくて、道路に面した部分は塀のようなシンプルな外壁に高い扉が一枚ついているだけ。店なのか個人住宅なのかもわからない。カロラはひとりで来ていたら絶対怖くてこの扉は開けられなかっただろうな、と思った。

 ガスパが高い扉を開けて中に入るそのうしろをとことこついていく。


 扉の向こうはもう一回扉でした(byカロラ)


 ただし今度は中が見えた。塀のように見えた外壁は本当に塀で、目の前には白い玉砂利がひかれた中に二人が並んで歩けるくらいの石畳。その先には先ほどのような無機質な感じの扉ではなく、きれいな飴色になった木製の扉があり壁にはかなり大きな一枚ガラスが嵌めこまれて建物の中が見えるようになっている。

 外から丸見えのガラスの向こうの床はカロラには本物か偽物かわからないが白大理石のようで、目に見える範囲にある家具やら大きな鏡などもなんだか高級感を漂わせている。ひとりだったらなんとか一枚目の扉はくぐれてもこの二枚目の扉で脱落だ。


「ガスパさん、ここなんですか?高級ブティック?」

「防具屋だ防具屋。でもある意味高級ブティックなんだろな」


 カロラの問いに答えるとガスパはためらいなく飴色の扉を開ける。


「ごめんくださーい。こんちはー、ルルル工房でーす」


 おまえは三河屋か。

 ガスパがおよそこの店構えには似合ってない声をかける。


「はーい」


 めっちゃ普通の返事が聞こえて、めっちゃ普通じゃないひとが出てきた。


「あ、ガスパ、久しぶり」


 出てきたのは白い兎の獣人。きれいとかわいいどっちでもいける高スペックなおねえさんなのだが


(なんだか顔に針ささってるし!)


 カロラが心の中で悲鳴を上げる。きれいな顔立ちのその顔、左のまゆげの上の皮膚を貫通して金属の端と端が出ているのがわかる。ウサ耳は右と左がチェーンでつながってるし鼻も穴をあけているのか小鼻のところにちいさな銀の星がついている。このひとは人間耳も持つタイプのようで(獣人はけもの耳だけのものと人間とおなじような耳もありけもの耳とあわせて計四つの耳をもつものがいる)人間耳の方には安全ピンがささっている。


(まじで怖いんですけど!)


 おびえるカロラとは対照的にガスパはまったくの普段通りだ。


「おう。相変わらず忙しいからな。ところでゲンさんは?うちのアニさんが本気モード入った」

「え?ほんと?久しぶりだね。今度はどうするんだろ?ねえわたしも見学に行ってもいいかな?」

「うーん、俺の一存じゃ決められないし工房帰って確認とってからでいいか?」

「もちろん!ちょっと待っててね」


 きれいなお姉さんは革製の黒のミニスカのプリーツを翻し、黒のニーハイブーツのほっそいヒールをコツコツいわせて店の奥に消える。

 カロラはおねえさんの正体とかガスパとの関係がめっちゃ気になったがなんとか聞くのを我慢した。

 ほどなくして現れたのは


(もういやだあ……><)


 2mくらいのめっちゃガチムチの女装した濃いー濃いーおじさんと、濃度が高すぎて粘性になってるフェロモンを垂れ流している細身のおしゃれな服を着た男前と、さすがに閉じてるけど室内なのにレースの日傘を持った縦ロールでアンティーク風なドレスを着た(カロラはこっそりオストレイの工業芸術学院を卒業しているので選択授業で取った『服飾の歴史』であのタイプのドレスを見たことがあった。300年程前に流行したタイプだ)もう男でも女でもどっちでもいいや、の三人。

 誰がゲンさんなのか、誰がゲンさんでも無理だ、とカロラは思った。

 おそらく源さんならガチムチ、弦さんならフェロモン、幻さんなら縦ロールと思われるがあいにくこの世界に漢字はなかった。


「お久しぶりです。こいつは新しく入ったカロラです」

「カロラです。よろしくお願いします」


 紹介されてあわてて自分でも名乗り頭を下げる。


「あら」

「ほう」

「かわいいじゃない」


 こわいこわいこわい。怖すぎて頭を上げられないカロラ。っていうか、ゲンさんどれ?


「本人はもう帰られたのですが明日またいらっしゃいます。詳しくはアニさんからということで」

「なんだ、少し待っててもらったらよかったのに」

「明日会えますから。じゃ、行きましょうか。荷物は……っておい、カロラ、いつまで頭下げてんだよ」






 ゲンさんは源さんでした。

 来た道をガスパとガチムチとカロラで帰ります。一番弱そうなカロラが一番大きな荷物をもってよろよろと歩いています。仕方ありません。一番下っ端ですから。


 ゲンさんは工房につくと勝手知ったると奥に入り迷わずスタッフルームの扉を開けた。


「ア・ニ・キ~♪」


 小走りで近寄り、椅子に座っているアニージョを椅子ごと背後から抱き締めすりすりっと頬ずりをする。


「遅い」

「ごめんなさい」


 アニージョの冷たい一言に速攻しゅんとなるガチムチ、じゃなかったゲンさん。


「まあいい。身長は160cm、細めの女の子でスピード型の剣士、将来有望な生まれたての”勇者”だ」

「ずいぶんちいさいのね…って女の子?!?!」

「ああ」

「浮気?」

「アホか。注目するのはそこじゃないだろ」

「あ!勇者!」


 アニージョがゲンさんが見やすいように少しノートをずらす。それを見たとたんゲンさんの様子が変わった。真剣なまなざしになりまとっていた雰囲気が一変する。


 大きな荷物をどこに置いたらよいかわからないカロラは扉のそばで立ち尽くし「アニキって、アニキって、浮気って……」と心の中でめそめそと泣いた。


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