第9話 インターン生「城石ひかり」です
「薗木先生、お久しぶりです」
「え?」
マリンダさんから届いた林檎のことをぐるぐる考えていると、松井さんと入れ替わって聞き覚えのある若い声の眼鏡をかけた女性が入ってきた。
「ああ、キミは……城石ひかりさん、だったっけ?」
「あ、覚えていてくれて嬉しいです」
城石ひかりさんは、昨年廣田先生のインターン生として事務所に一時的に勉強に来ていた20代半ばくらいの女性だ。司法試験受験生でもある。司法試験というのは、試験の日があって、合格発表まで4カ月程度時間がある。その4か月の間はいわば「宙ぶらりん」のような状態となる。その年の受験の手応えにもよるだろうが、この4か月間の過ごし方は難しい。合格して弁護士になる前提で就職活動をする人もいれば、アルバイトをする人もいる。だいたいは試験勉強を継続しながら、「合格しようがしまいがどちらになっても動けるように」活動するのだ。この期間にツテがある人は、城石さんのように「インターン」という形で弁護士先生の日常を体験的に知るという活動をすることもある。城石さんは、残念ながら昨年は試験に不合格だったと聞いていた。
「去年は試験残念だったね。今年もまたインターン生として?」
「はい。また廣田先生に色々教えてもらおうと思っています」
「勉強熱心だね。今年は試験大丈夫そう?」
「はい。択一はたぶん大丈夫なんですけど、論文が……感触としては……五分五分もないかな、ってところです」
司法試験は、「択一試験」というマークシート式の部分と、「論文試験」とに分かれている。択一試験の方で一定の点数が取れないといわゆる「足切り」となり、論文試験は採点すらされず不合格が決まる。択一試験を通過していれば、択一と論文の両方の合計点で合否が決まるのだが、比重は論文の方がだいぶ大きい。受験話をしていると、自分も受験生だったころのことが懐かしく思い出される。
「それだけ感触あれば十分じゃない?おれなんて、絶対落ちたと思ってたもん」
「そうなんですか?」
「刑法を確実にミスってたからね」
「私は今年、民法が怪しいです。あ、刑法もかなぁ……」
「色々ダメだと思っても、意外とそういう時って、みんなできていないこともあるから、希望は持っておいていいと思うよ」
月並みな言葉で励ます。自分もこの時期は誰かにそう言ってもらって励まされていた。
「はい。ありがとうございます。もう試験は終わっちゃったので、今はインターンで勉強できることを勉強したいと思います」
「うん。いいね。廣田先生から学べることは多いと思うよ」
「はい。でも、今年は薗木先生にもついて行ったら?って廣田先生から言われました」
「え、そうなの?おれのこと見ても、勉強になるかなぁ」
「廣田先生からは、『ぼくはもうすぐ引退するから、若い人の仕事ぶりを見ておく方が勉強になるよ』って言われました」
「どうかなぁ。廣田先生の方が絶対見る価値あると思うけど」
「あ、それと『ぼくはもうそんなに仕事していないからねぇ』って言って笑ってました」
「ああ、それはそうかもね」
廣田先生は、もう新しい案件はほとんど受けていない。いよいよ引退に向けた準備を進めているらしい。今の仕事は、ほとんどだいぶ以前から受任していた案件みたいだし、おれが手伝っている事件も多い。廣田先生が単独で担当している事件は、もしかしたら本当に片手で数える程度かもしれない。
「午前中は、廣田先生と一緒に裁判所に行ってきました」
「ああ、先生、相変わらず法廷に行っているもんね。おれは最近ウェブ会議ばっかりだよ」
裁判もここ数年ウェブ化が進んでいる。民事事件や家事事件等、裁判所に行かずとも事務所のパソコンの前に座って済ませられることが増えている。そんな中でも、ベテランの先生たちは、未だに法廷に足を運ぶことが多い。「裁判だって人間がやるものだ。裁判官と顔を突き合わせて議論することに意味がある」という考え方みたいだ。でも、若い裁判官や弁護士の中は、そういう「ひざを突き合わせて議論する」ということ自体、鬱陶しいと感じている人もいるように思う。司法業界も今、時代の変革期にあるように感じる。
「おーい、薗木くん、時間あるかな」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
部屋の外の廣田先生から声がかかる。
「時間あるなら、城石さんも一緒に、お昼食べにいこっか」
「はい。大丈夫です。すぐ行きますね」
時刻はちょうどお昼のランチ時になっていた。




