第10話 被疑者の少年は悪魔の子??
事務所を出て、3人でランチに向かう。ランチの店は廣田先生の行きつけのちょっと高級なカフェだ。注文を済ませて、待っている間の話題を探す。
「午前中、廣田先生の仕事ぶり、どうだった」
「ええ、今日は廣田先生の仕事というより、単に色々な事件の見学をしてきたんです」
「あれ?そうなの?」
「うん。だって、ぼくも今抱えている案件そんなにないからねぇ。それに、刑事事件に興味があるって言うから。ぼく、今、刑事事件やってないからさ」
「それで、先生が一緒に同行して下さって、法廷で刑事事件の傍聴をしてきたんです」
「ああ、それで裁判所だったんだ。刑事事件の傍聴は誰でもできるからね」
「ぼくも久しぶりに刑事事件を見たね。傍聴席に座るのなんて、50年、半世紀ぶりくらいかな。はっはっは。懐かしかったよぉ」
「どんな事件だったの?」
「ちょっと重たい事件で……殺人事件でした」
「殺人事件!おれもまだ自分の事件としては担当したことないな」
「傍聴した時は、『被害者側の意見陳述』でしたね」
「ああ、それは、被告人側の弁護人としてはちょっと辛いところだね」
「そうですね。弁護人の弁護士は、被告人の立ち位置ですからね。被害者遺族の恨む気もちを聴くと、やるせないですよね」
「そうだね。でも、刑事弁護人としては、被害者の心情に寄り添うのではなく、被告人に寄り添わないといけないからね。『刑事弁護人は、世界中の全ての人がその被告人の敵になったとしても、その被告人の味方をしなければならない』って、刑事弁護人の心得鉄則を習ったよ。あ、もちろん弁護士が逆に『被害者側の弁護士』として法廷に立つこともあるけどね」
「私、刑法とか刑事訴訟法は、科目としては好きなんですけど、刑事弁護を仕事としてできるか、っていうところで考えると、ちょっとまた違う話かもしれませんね」
「そうだね。法律の科目としてどうこうっていうところと、実務はまた違う部分で難しさがあるからね」
しかし、殺人事件の話題はランチタイムには少々重すぎる……
正直、話題を変えたい。
そうだ。せっかくだから、廣田先生にあの相談のことを尋ねてみようか……経験豊富、百戦錬磨の廣田先生なら、もしかして経験があるかも……?
いや、まあ、あるはずないけど、案外話題を変えるにはちょうどいいか。
「そういえば、廣田先生」
「うん?」
「魔族からの相談って受けたことありますか?」
「マゾク?」
「いや、えっと、魔族……『悪魔』って言えばいいですかね。悪魔からの相談です」
城石さんが「何言ってんのこの人」という顔をしている。
まあいいんだ。話題を変えるきっかけだから。
「うん、あるよ」
「いや、やっぱりないですよね……って、あるんですか!!??」
「うん」
「ええ!?」
変な顔をしていた城石さんも驚きの表情に変わる。
「そうだね。あれは、ぼくがまだ薗木くんくらいの年齢のころだったかな。少年事件で担当したよ」
「ホントですか!?『悪魔』ですよ?」
「うん」
自分で質問しておいて、再確認する。予想外の展開になってきた。
「ビックリです!」
城石さんもちょっと食いついてきた。
「その子はね。事件としては、傷害だったかな。いっつも誰かと喧嘩していて、よく人を怪我させていたよ」
「はい」
「何か、火で誰かにやけどさせちゃったみたいなこともあったんだったかな」
「なんと!?」
「火ですか!?」
やっぱり!
おれの六法全書を消し炭にした、あの黒炎魔術とやらを使ったのか!?
すごい、さすが廣田先生だ。
「目つきも悪かったねぇ。会う人みんなにらみつけていたよ」
マリンダさんも、美人だったけど、確かにちょっと目つきはきつかった。
魔族はそういう特徴があるのか?
「顔色なんて、どうでした?」
「顔色もなんかいっつも悪かったねぇ。青白かったっていうのかな」
マリンダさんとそっくりな特徴だ!
それならきっとあるはずだ……
「先生、その子、ツノはありました?ツノは?」
「ツノ?ええっと、ああ、あったよあった」
「え、マジですか??」
これはいよいよ本当に……
「ツノみたいなツンツンした変な髪型だった。あの髪型は面白かったね」
え、髪型?そうなの?
「先生、それ、髪型に見せかけたホンモノのツノじゃなかったです?」
「うん?いや、それはさすがにないんじゃないかな」
「か、確認しました?」
「どうやってそんなの確認するの。なに言ってんの?薗木くん?」
「……」
「その子はね、色んな人と喧嘩をして、バイクを盗んじゃ暴走して、ありとあらゆる『悪さ』をやってたね。だから、地元の周りの人たちから『あの子は悪魔だ』って言われてたんだよ。薗木くん、ホンモノの悪魔だと思ったの?」
「ええ、なんだ、そういうことですか」
「はっはっは!面白いね。薗木くん。薗木くんがそんな反応するの初めてだね」
なるほど、廣田先生が「悪魔」という言葉に少しいたずら心を出しただけだったらしい。まんまと一杯食わされた。
「でもね、その子がそんな悪さをいっぱいしちゃうのには、やっぱり理由があったんだよね。家庭環境がちょっと悪かったんだよ。お父さんはいない。お母さんは夜の仕事でいつもお昼はいないし、仕事のストレスをその子にぶつけていたらしい。いわゆる虐待ってやつだね」
「そうですね。少年事件を起こしてしまう少年って、家庭環境に問題があるところが多いですよね」
インターン生を前に、普通の話になってきたなと思いつつ、先生の経験談を聴くのは、勉強になると思った。
「そうだね。『性善説』と『性悪説』ってあるでしょ。ぼくはね。断然『性善説』派なんだ。だって、子どもが産まれてオギャーって泣いて、『この子が悪者だ』なんて思う人、いないでしょ。悪い環境の中で生きていく、生き抜いていく『術』として、嘘とか、攻撃的な姿勢とか、暴力とか、そういうのがいわゆる処世術として身に付いちゃうんじゃないかと思うんだよ。少年事件なんか担当すると、そういうのを感じちゃったね」
うん。確かにそうだ。この仕事をしていると、たまに「人間とは何だろうか」といった根源的な問題にぶち当たることもある。先生は、今まさにそれを語っている。きっと城石さんと、おれの勉強になると思って語ってくれているんだろう。
その後も、廣田先生は自分の経験談と哲学を、城石さんとおれのために語ってくれた。ランチを食べながら、それは思いのほか、自分の勉強になる時間となった。
「この仕事は誰かの相談を受けるっていう仕事だからね。まずはその人がどんな人なのか、『知る』ところから始まるんだと思うよ。それがたとえどんな人でも。それこそ「悪魔」であってもね」
廣田先生がそう言っていたのが、妙に印象に残った。
それと、最後には、お約束のようにこう言うのだ。
「薗木くんも、そろそろ自分の足で立って自分の事務所を構えないとねぇ。城石さんにお手本を見せてあげないと。もうできるはずだよぉ」
「あ、はい。考えます。頑張ります」
耳が痛いその言葉に反して、今日のランチの会計も廣田先生が結局全部もってくれたのだった。




