第11話 ミミガー???
「お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ様。今日は勉強になった?」
「そうですね。結局、廣田先生はランチの後、事務所に戻ったらすぐ帰っちゃったので、しばらく自習させてもらっていました」
「ああ、そうだったんだ。廣田先生、最近は仕事量も減らしているみたいだし、いないことも多いし、事務所に来ないことも多いよ」
「そうみたいですね。松井さんも1時間くらい前に帰られたみたいです」
「うん。松井さんも廣田先生の雇っている事務員さんだからね。松井さんがいなくなったら、電話対応とか来客対応とかも全部自分でやらないといけないんだ」
「そうですよね。事務員さん、雇うのも大変ですよね」
「そうなんだよ。弁護士になったらわかると思うけど、経費って結構、ね……」
「その辺の『事務所運営』みたいなところも教えてほしいですね」
「そうだね。おれでよかったらその辺の切実な『お金事情』のところも教えるけど、逆にそこはおれも教えてほしいところだなぁ」
「先生も独立、考えているんですか」
「まあ、廣田先生からそう言われているしね」
「独立してひとりでやっていくのって、大変そうですね」
「うん。なかなかね」
「廣田先生の後を引き継いで、この事務所を受け継ぐっていうのは」
「ああ、それもちょっと考えたけど、ここ、銀座だよ。家賃高いのよ……」
「ああ、なるほど……」
若手弁護士が経験5年くらいで銀座で独立なんて、よっぽどいいお客さんと地縁がないと厳しいだろう。
「もし独立するなら、地元の八王子あたりが現実的かなぁ、ってちょっと考えてる」
「あ、八王子ですか。私の大学、八王子にもキャンパスがあったから、何回か行ったことありますよ」
「あ、そうなんだ。八王子市民は結構八王子好きだからね。最後はそこに帰るのもありかな、と。城石さん、明日はどうするの?」
「廣田先生からは、『明日は薗木先生について行ってみるといいよ』って言われてます。廣田先生、明日は事務所にいらっしゃらないそうです」
「ああ、そうなの?明日ね」
自分のスケジュールを確認してみる。手帳を見ないと、自分が明日何をするのか忘れてしまうことも多くなっている。うちの業界は、結構そういう人が多いように思う。
明日は2件、新件の相談予定があり、夕方からは弁護士会の委員会業務が入っている。相談はインターン生の同席を相談者が了解してくれれば立ち会ってもらえるし、弁護士会の業務はむしろ見てもらうのは大歓迎だろう。
「うん。いいよ。おれでよければ」
「はい。ありがとうございます。それじゃあ、明日はそうさせてもらいます。それと、先生にちょっと尋ねたいことがあって」
「うん、改まってどうしたの?」
「さっきのランチのとき、どうして廣田先生に『悪魔の相談を受けたことありますか』なんて尋ねたんですか?」
「ああ……」
「それに『悪魔』っていう言葉を使う前は『魔族』って言ってましたよね」
「あら、気づいてた?」
「はい。先生からそんなファンタジーな言葉が出てきて、意外でした」
「うーん、何と説明していいか」
「あんなこと尋ねるってことは、逆に、先生が『悪魔』とか『魔族』の相談受けたことがあるのかなって思ったんですけど」
「おお?」
むむ、なかなか鋭いな。城石さん、大人しい子っていう印象だったけど、この話題については珍しく攻めてくるな。
「どうなんですか??」
「妙に食いついてくるね。どうして?」
「いや、ええっと、だって、あんなこと言うの、変じゃないですか?」
ちょっと予防線を張ってみると、城石さんの方が少し引いたように感じられた。
「うーん、そうだね。おれもどこまで話していいのか……」
「守秘義務の関係ですか?」
「え、ああ、うーんと、まあ、そんなとこ」
もちろん守秘義務があり、相談者との相談内容は口外してはならないという弁護士としての義務はある。悩んでいるのはそういうことではないといえばないのだが……
「明日一緒だから、明日までにどこまで話していいかも含めて考えておくよ」
「はい。わかりました。それじゃあ、今日は失礼しますね」
「はい。お疲れ様」
さて、今日も事務所にひとりとなった。明日、城石さんにマリンダさんの相談のことをどう話そうか。マリンダさんが魔族だったという話をするのは……そもそも守秘義務違反になるのか?
いや、城石さんにも守秘義務を課せば大丈夫なのか?というかそんな話を誰が信じるんだ??
てなことをもやもやと考えていると……
ドタドタドタドタドタドタ
急にせわしない足音が聞こえてくる。
バタンッ
扉が開いたかと思うと……
「せ、せせせせ、せせせ、せ、先生!!!」
帰宅したと思った城石さんが猛烈な勢いで戻ってきた。
「ど、どうしたの?落ち着いて!」
「相談者さんが来てます!!!」
「あ、そうなの?ごめんね。ありがとう。案内してくれたの?」
頷く城石さん。しかし、なぜか大慌てて興奮しているように見える。どうしたんだ?
「イ、イイイ、イ、イッッケメンです!!!!」
「え、イケメン……?」
なんだ、近頃の若い女の子はイケメンがいるとこんなに興奮するのか?
そんなすごいイケメンなのか?
司法試験受験生は、どちらかというと知的でインテリな子が多い。ちょっとやそっとのイケメンを見たところでこんなに興奮するようなイメージの子は、今まで自分の周りにはひとりもいなかったし、城石さんもそうだと思っていたのだが……印象違いだったのか、はたまた、そんなおれの中の常識を凌駕する程のイケメンなのか?
「それと……」
「それと?」
「み、みみ、みみみみみ、耳ガー―――!!!」
「え、何?ミミガー……???」
豚の耳の皮を加工した沖縄の郷土料理のことではないことは何となくわかったのだが、「もしかしてまた来たのか?」という予感は……見事に的中するのだった。




