第7話 「何もしない」という正解を知りたくて
「これを見て下さい」
マリンダさんは、手のひらサイズの何かを取り出した。これは、まさかスマホか?
「これ、私たち魔族の間で使われている『マクマホーン』というものなんですけど」
「ま、まくまほー……??」
よく見ると、スマホらしき物体にアンテナのようなツノが生えている。今時のスマホにアンテナなんて、ないよね?
なんだこれは……?
「はい。ホンモノのツノを持ったそれなりの魔力を持った魔族が自分の魔力をここに流すと、遠く離れた誰かとテレパシーのように会話ができたり、その場で起きている出来事を絵に描いたように記録したりできるんですよ。人間たちはこういうのは持っていないみたいですけれど」
「へ、へえぇ。そうなんですね」
うん。スマホじゃないか。
でも、ツノ付き魔族じゃないと使えないということは、「マクマホーン」の「ホーン」は”phone”じゃなくて”horn”の方なのか?
まあ、どっちでもいいけど……
「これです」
そういうと、マリンダさんは、マクマホーンに保存されている動画らしきものを見せてくれた。
「これは、夫が残してくれた勇者たちとの闘いの最後のシーンです」
「え、そんな大事な場面が!」
確かに、損害賠償請求ができるかどうかに関わらず、事件の内容は大事だ。話の流れからして、そんな証拠はないと思っていたけれど、まさかこんなものがあるとは……
動画には、おそらくこれが光の勇者と言われる人物なのだろう。見るからに光輝く金髪のイケメンが、まばゆいばかりの光を放っている。この光は一体なんなんだ?それと相対しているちょっと中年だけど精悍かつ聡明そうな少し青白い顔をした人も映っている。この人がマリンダさんのご主人の混沌のケーオスさんなのだろう。確かにツノが2本生えている。
ふたりの闘いが始まる直前のようだ。
「勇者よ。いざ、尋常に、最後の勝負だ!」
「ケーオス。もう勝負は決している。もういいだろう。降参してくれ」
「そういうわけにいかないことは、お前だってよくわかっているはずだ」
「やはり、闘うしかないのか!」
「そうだ!それ以外、我々の間の決着はない!どちらかが倒れるしかないのだ!」
「ケーオスゥゥウ!!」
「うりゃあああああ!」
勝負は一瞬だった。勇者の仲間、いや、一味と思われるひとりがケーオスさんに対して炎を放っている。それを避けたところに、いかにもパワーファイター系と思われる筋骨隆々の男が斧を振るう。これも華麗に裁くケーオスさんだったが、そこへすかさず今度は別の誰かが風のような力をぶつけている。ちょっとたじろいだケーオスさんに、勇者のまばゆいばかりの光の剣が一閃された。
うん。これはもう……集団暴行だよ。完全に多勢に無勢だよ。勇者たち、ズルくない?
相談者が目の前にいるからだろうか。ついついケーオスさん贔屓でこの動画を見てしまう。いや、でも確かにロールプレイングゲームって、そうか。こっちはパーティで、相手のボスはだいたいひとりだもんね。そういうもんだから仕方ないのか?
「見事だ……勇者よ」
打倒されたケーオスさんに勇者たちが駆け寄っている。
「ケーオス……」
「最後に私の、頼みを……聴いてくれないか」
「なんだ?」
「この城より、東に……少し……離れた洞窟に……私の妻マリンダと、ゴホゴホッ。娘のマリベル。それに……この城で闘った……魔族たちの家族たちが……避難している。彼らはみな……非戦闘員だ……」
「ああ」
「みなの……安全を……確保してやってほしい。ゴホッ、ハア、ハア……勝手な頼み……だということは、わかって……いる」
「ああ」
「だが、この戦いが……魔族と……人間とが……て、手を、と、取り合える……最初のきっかけに……なることを……祈っている」
「ああ」
「あとは……頼んだぞ……勇者よ……」
ケーオスさんの最後の言葉が終わると、動画はプツリと途切れた。ケーオスさんの死によって、魔力が切れたということなのだろうか。
「この戦いの後、帰る場所を失い、居場所を失った私たち親子、それにバレル城の闘いで家族を亡くした遺族たち。みんなが途方に暮れていました。すると、勇者たち一行が私たちの前に現れたのです。そして、この夫のマクマホーンを私に渡すと、人間たちの土地の一部を私たちのために開放しているということを教えてくれました。そして、そこに行けば、勇者たちの取り計らいで、生活に不自由がないよう物資も届くように手配してくれていると教えてもらいました。どうやらこの戦いに臨む前から、そういう段取りをしていたみたいですね」
「そんなことを……」
勇者たち一行、あの動画を見て、マリベルさんの話を聴いていると、悪い奴らなのかもと少し思っていたが、やっぱりいいやつのように感じる。大量の難民が生まれることを見越しての先んじての準備も、見事としか言いようがない。
「もちろん、まだ魔族と人間の確執は続いています。勇者の取り計らいなんて、受け入れることはできないという仲間もいました。でも、マリベルもいるし、夫から聞いていた勇者の言葉も知っていた。それに、最後の戦いと夫の最後の言葉も聞いてしまった。だから、私は勇者の申入れに従いました」
「そうですね。まずは生活ができるということは、ありがたいことですね」
「はい。勇者たちも、いきなり人間と魔族がみんな一緒に暮らすことはできないかもしれないけど『その時がくるまで時期を待ちましょう』って、言ってくれているんです」
「そうでしたか。でも、それじゃあどうして勇者たちに損害賠償請求なんて考えたんですか?」
「そうですね。勇者たちが、夫と同じ考えで、素晴らしいことをしてくれているのはわかっていたんです。理性では。でも、どうしてもやっぱり許しきれない自分もいて。仲間の中にもそういう想いの人たちはたくさんいます。そんなとき、本当に風の声が聞こえたんですよ。『勇者にソンガイバイショウセイキュウできるか相談してみたら?』って。でも、私、ソンガイバイショウセイキュウっていうのが何なのかもわからなくって」
「それで、うちの事務所へ?」
「はい。でも、本当は確認したかっただけなんです。『何もしないのが正解だよ』っていうことを」
「そうでしたか」
「それに、勇者たち以外の人間のことも少し知りたかったのかな。先生、人間でしょう?」
「ええ、ああ、はい」
いつの間にか人間代表として魔族と話していたということか?急に先ほどの相談の回答でよかったのか不安になる……
「先生とお話できて、よかったわ。人間のこと、少し知ることもできたし。魔族の私のために、こんなに真剣になって考えて下さって。それだけでもうれしかったですよ。
「はい。何かのお力になれたかどうかわかりませんが」
「いえいえ。今日はこれで十分です。そろそろ失礼させて頂きますね」
どうやらこれにて一件落着、ということでよいのだろうか。
事務所の玄関までマリンダさんを送る。
「それじゃあ、先生、失礼します」
「はい、お気をつけて」
「こういう相談ができるところがあったことは、私の周りのみなさんにもお伝えしておきますね」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
そもそもマリンダさんが本当に魔族なのかどうか、まだ半信半疑なところがないではないが……今後もこういうお客さんが来ることになるのだろうか……
そんなことを考えた矢先、マリンダさんは、霧の中に人が消えていくように、スッと消えていなくなっていた。
「魔族……やっぱり本当だったのだろうか……」
半信半疑から、信じる気持ちの方が強くなって、不思議な一日は終わった。ちょうど、午前0時を回ったくらいの時刻だった。




