第5話 魔族の夫は就労可能年数383年???
「次に、『生活費控除率』というのを考えてみます。これは、先ほどの逸失利益の計算で、被害者が生存していた場合に消費していた生活費を控除するための割合のことですね」
「なんだかよくわかりませんね」
「うん。まあ、簡単に言うと、亡くなった方が生きていらしたら、年収そのまま全て残るわけではなく、生活のために使っていたはずなので、その使っていた分は、逆に亡くなってしまったことで使わなくなるはず。その分は損害賠償請求の金額から差し引くという考え方です。マリンダさんは、お仕事して収入を得たりしていましたか」
「いえ、私は専業主婦でした。今時珍しいですかね。魔術が使えると、闘いに出たりしないといけないと思われがちですが、私の魔術は主に家の家事で使っていましたね」
「そうなんですね」
そう納得した答えをしつつ、「専業主婦」という言葉が共通用語であることに少々驚く。魔族とやらも共働きのところが多くなっているのだろうか。
「お子さんはまだ小さいということでしょうか」
年齢は聞いていないけど、マリンダさんが若く見えたので、子どもも小さいと予想していた。
「そうですね。まだまだ子どもです」
「わかりました。そうすると、亡くなったご主人が扶養していたのは二人ということになりますので、だいたいここの『生活費控除率』は、30%とするのが一般的です。この数字で考えてみますね」
「はい」
「次に、就労可能年数ですが、だいたい67歳までで考えるのが一般的です。ご主人は年齢おいくつでしたか?」
「ええっと、417歳ですね」
「ん?よんひゃく……!?」
「はい。亡くなった時は417歳でした」
「そ、そうですか?」
そうか。そうきたか……魔族は寿命が長いのか。日本の、いや、人間の常識で考えたら全く通用しないけど、どうしたらいいんだ?
「その67歳というのは、何なのでしょうか」
「ああ、そうですね……だいたい人間……私の国の考え方だと、67歳くらいまでは平均的に仕事ができたはずだと考えるんです。その年齢に至る前に亡くなってしまったので、亡くなった年齢から67歳まで働いて稼げたはずの年収を逸失利益、つまり失った損害と考えるわけなのですが……」
「夫はもうとっくに67歳なんて過ぎてしまっていますね。67歳なんて、私たち魔族からすると、まだまだ子どもで、それこそマリベルが今65歳ですよ」
「ええ!?そ、そうなんですか!?ちなみにマリンダさんは、今おいくつで……」
「私は夫より年下で、今298歳になります」
「そ、そうでしたか……」
マリンダさん、若くてだいぶ年下だと思っていたら……いや、しかし、日本法は通用しなくても、「日本法の考え方」は通用するかもしれない。
「それでは、67歳という考え方はちょっと置いておいて、魔族の方に当てはめて考えていきますね」
「はい」
「魔族の方たちは、だいたい何歳までお仕事されるんですか」
「うーん。だいたい、死ぬまでですね」
「そうですか。そうすると、だいたい魔族の方たちの平均寿命って、どれくらいですか。あ、男性だとすると、ですね」
「ええっと、そうですね。だいたい800歳くらいでしょうか」
「わかりました。そうすると、800歳から417歳を引き算しますので、ご主人はあと383年くらいは、平均寿命までで考えると、生きられたはずということになりますね」
「そうですね」
「そうすると、ライプニッツ係数は……」
相談室の本棚に置かれている弁護士必携「赤い本」を取り出す。この本は、交通事故案件などで使うもので、交通事故以外でも損害の計算などをする際に使う本だ。だいたいどの法律事務所にも置かれている。先ほど導いた年収等の数値にあとは就労可能年数に対応する「ライプニッツ係数」がわかれば損害はある程度算定できるはずだ。赤い本の「就労可能年数とライプニッツ係数表」を見てみる。
「ええっと、383年に対応するライプニッツ係数は、と……ん?」
ガーーン……
そ、そうか!そんなの載っているはずがない……
就労可能年数383年??
普通の人間の一生の4~5人分くらいだろうか。そんなに働くことなんて、いかに弁護士必携の赤い本とて、想定しているはずがない!
「ええっと、ちょっと待ってくださいね……」
仕方がない。自分で計算するしかない……ライプニッツ係数というのは、要するに等比数列の総和の考え方なんだ。高校時代の数学の知識を引っ張り出しながら計算式を作る。まず、等比数列の総和の公式は……
Sn=(a(〖1-r〗^n))/(1-r)
この公式に数字を当てはめていけば計算できるはずだ。
初項a=1で、法定利息は3%だからr=1/1.03になる。そして、n=383となるはずだから、計算すると……
Sn=33.3329
となる。
「計算できました!これを先ほどの年収等に当てはめると……
年収10,000ギロ×(1-生活費控除率0.3)×33.3329=233,330ギロ!
ですね!」
年収を1000万円の人だとすると、2億3000万円くらいということか。
「ありがとうございます」
「これに慰謝料も加えることになります」
「はい」




