第46話 「待て」が解決のヒント??
タンゾウさん、「早く鍛冶屋の『炎』を引き継ぎたいのに、なんで待たないといけないんだ」と言いたげな顔をしている。
「そうですね。たとえば、タンゾウさん、コークスさんが一番最初に鍛冶屋の仕事をしようとした時、いきなりハンマー持たせました?」
「(首を横に振る)」
「いつ、ハンマーを持たせましたか?」
「たぶん、12歳」
「それまで持たせなかったのは、どうしてですか?」
「キケン」
「そうですよね。何事も『適齢期』と言うか『そのことに適した時期』っていうのがあって、その時期が来ない内は、親も含め、周りは待つことしかできない。その時期が来ていないのに、無理やりハンマーを持たせてしまうと、怪我をしてしまうかもしれない」
「……」
「事業承継も、一緒なんじゃないかと思います。譲渡する側と、受け取る側、両方の意思が合致しないと、譲渡できない。法律、私の国の考え方だとそうなっています。これがわかっているのだから、譲渡する側も、受け取る側の意思が育つまで、待つしかない。身体が育つのを待つのも、心が育つのを待つのも、一緒なんじゃないかと思うんです。無理やり渡そうとしても、上手くいかないし、仮に無理やり受け取らせても、その瞬間だけは、いいかもしれませんが、その後、怪我したり、何か問題やトラブルが起きたりしてしまう」
「……」
「実は、私もつい最近、同じような経験をしたんです」
「先生……も?」
「はい。私も、この事務所の所長、まあ、私の師匠ですね。師匠の廣田先生から『そろそろ独立できるよぉ』なんて、ずっと背中を押されていたんです。でも、経済的な不安なんかもあって、なかなか決断できずにいた」
まさか、自分の身につい最近起きた出来事が、異世界法律相談で役に立つとは思っていなかった。本当につい最近のことだから、むしろ「弟子側」の心理も伝えてわかってもらいたいと思った。
「……」
「でも、廣田先生は、私の背中を後押しはするけれど、絶対に勝手に決めることはしなかった。私の決断を、ずっと水面下で色々準備しながら、待っていてくれたんです」
そうだ。顧問先の引継ぎのことや、その他独立に向けた準備など、色々考えてくれていた。でも、おれが決断するまで、ずっと待っていてくれていた。これがきっと、師匠というものなんだ。おれには、そう確信が持てる。もし廣田先生が、たとえ善意や好意からであっても、早くおれを追い出そうとしていたら、もしかしたらおれは廣田先生に何かしらの恨みを抱いていたかもしれない。「どうしてもっと待ってくれないんだ」「どうしておれのこと、もっとわかってくれないんだ」なんて思いながら。
我ながら甘いの一言だけど、何かのトラブルとか紛争っていうのは、そういう些細な感情的もつれから発生したりするものだ。今だから何となく想像できるけれど、廣田先生は、人と人とが争わずに済む「勘所」みたいのを心得ているから、そうしてくれていたんだと思う。
「私が言うのも何ですけど、コークスさん、タンゾウさんから実力は認められていても、色々不安なんだと思います。それこそ、経済的な理由もそうでしょうが、『人間の自分がドワーフの鍛冶屋を引き継いで、認められるかな』とか、目に見えない不安って、色々あるんだと思いますよ」
「……」
「そういうのを、全部乗り越えて、『決断する』って、結構時間がかかるし、エネルギーが必要なんじゃないかと思うんです」
「……」
タンゾウさんは、静かに頷いている。
「……『炎』勝手には引き継げない」
「はい」
「あいつが、もらってくれないと」
「はい」
「待つ……しかない」
「はい。私はそう思います」
「………………………………………………………………………………………………」
「ええっと……」
「………………………………………………………………………………………………」
「ううんと……」
「…………………………………………………………………………………なら、待つ」
おお!
どうやら、タンゾウさんもわかってくれたみたいだ。
これで相談は終わりかと思ったところ、タンゾウさんが、またしても小さくきれいに折りたたまれた手紙を差し出した。最後の最後まで、フォリルさんの手紙はどこまで見通しているのだろう。
「最後、渡せ。言われてた」
「弁護士の先生 様
タンゾウの妻のフォリルです。本日は、夫タンゾウの悩みを聴いて下さり、誠にありがとうございました。
私は、妻として、母として、二人のことを見てきました。夫のタンゾウが早く『炎』を継いでほしい気持ちはわかるのですが、私からすると、コークスが受け入れるのは、もう少し時間があれば大丈夫なんじゃないかと感じています。タンゾウが、ほんの少し『待て』ができればいいだけ……うちのペットのホムラちゃんだって、ご飯を前にして『待て』くらいできるのに、不思議ですね。親になって、子どものこととなると、途端にこんな簡単なことができなくなる。まあ、タンゾウのそんなところも、可愛いんですけどね♡
コークスもコークスで、ちょっと勇気が足りないですよね。案外、やってみたらできるんですからね。飛び込んじゃえばいいのに!って思います。でも、それを決めるのは、本人ですからね。私たち、親の立場で騒いでも仕方ないのでしょうね。
コークスのお陰で、本当の親のような経験をさせてもらっています。私としては、タンゾウにも、コークスにも、本当に感謝しています。早くふたりが仲良くなれることを、先生からも祈っていただけると、幸いです。」
ペットの「ホムラちゃん」というのは、どんな生き物なのだろう。
犬みたいなもんだろうか。
うん。そこはさておき……
ほぼ、答え、出ているじゃないか。
フォリルさん、相変わらずのろけと「♡」の部分は気になるけど、物事がよく見えている。
「(先生)」
「(うん?)」
「(フォリルさん、すごいですね)」
「(うん。そうだね)」
城石さんも感心しているようだ。
「あの、タンゾウさん」
「??」
「この手紙の中身は??」
「(首を横に振る)」
見てないのか……
法律相談に来る前にこれを読んでいたら、そもそもここに来なくてよかったんじゃないか?
最初から何でもフォリルさんに相談すれば解決していたんじゃないだろうか……
「たくさん手紙を書いてくださっている奥さんのフォリルさん。すごくお二人のこと、よく見ていると思うんですよ」
「……」
タンゾウさんは、大きく頷いている。
「だから、フォリルさんとも、今日の話を共有されてみてはいかがでしょうか。『待つ』ということについて、何か意見を下さるかもしれない。それに、コークスさんとふたりで話すと、喧嘩になっちゃうかもしれませんが、間にフォリルさんがいれば、ね。また大風雪魔法とやらで雪だるまにはなりたくないでしょう」
タンゾウさんは、何かを思い出して、青ざめた顔をして激しく頷いている。
うん、フォリルさん、怒らせると相当怖いんだろうな……
もし、今後何かあったとしても、あとはフォリルさんに全て託せば安心な気がする。
「先生……ありがと……」
「はい。フォリルさんにもよろしくお伝えください。本日は、お疲れ様でした」
「ん」
挨拶を済ませると、タンゾウさんは、事務所の玄関の前で、急に相撲の四股のようなものを踏み始めた。
ドシーン!
ドシーン!!
ドシーン!!!
「わわわっ。急にどうしたんですか?」
「これ、帰る、方法」
「え、これが……?」
「ん。おれ、帰る。また……」
3回目の四股を踏み終えて、そう言うと、タンゾウさんは、その場からふっと消えてしまった。
「薗木先生、相談、お疲れ様でした」
「うん。城石さんもお疲れ様。突然の来訪だったね」
「はい。でも、今回は、つい最近あった廣田先生とのやり取りが役立ちましたね」
「そうだね。何か、タンゾウさんに『根性なし』って言われたの、おれが言われているかと思っちゃったよ」
「ははは。そうですね。でも、先生も独立を決断できるかどうかって、際どかったですよね」
「そうだね。もしかしたら、異世界法律相談を受けるようになって、オーランさんからの贈り物がなければ、自分もまだ決断できなくって、業を煮やした廣田先生から『根性なし』って言われる直前だったのかもしれない」
「もしそうだったら、今日みたいなアドバイスはできなかったかもしれませんね」
「ホントだね。おれも『先生』なんて言われているけど、まだまだ何も偉そうに語れないよね」
「いやいや、でも『先生』ですから。『先生』のちょっとした一言を期待して、皆さんいらっしゃってるんじゃないですか」
「そうかな。そうだといいし、誰かの役に立っているといいけどね」
「きっとなっていますよ。独立してからも、そうありたいですね」
「うん。そうだね」
「そうですね。先生、そういうわけで、続きをしないとですね」
「続き?」
「先生、荷づくりの途中だったじゃないですか!私たちも『独立準備』ですよ!」
「あ、そっか……そうだった」
異世界法律相談対応をして少々疲れたところ、自分の独立に向けて、まさに目下準備中だったことを、すっかり忘れているのだった。




