第45話 「待つ」ことで見える道
「先ほども説明しましたが、『所有権』も、一方通行では渡せないんです。誰かに何かを譲渡しようと思ったら、譲渡する側だけでなく、譲渡される側にも、その意思が必要になります。たとえ贈与のような、受け取る側に金銭的負担等がない場合でも、それはそうなっています」
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【参考条文:民法】
(贈与)
第549条 贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。
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「……」
「『事業譲渡』でも一緒です。事業の良し悪しに関わりなく、譲渡しようとする側だけでは成立しません。受け取ろうという人が、受け取るという意思をしっかり固めないと、失敗してしまうんです」
「……」
「そうですね。フォリルさんに書いてもらった手紙、タンゾウさんは全部目を通しているのですか?」
「……(首を横に振る)」
「なるほど。では、ちょっと全部見せて頂いてもいいでしょうか」
タンゾウさんは、小さく丁寧に折りたたまれた紙を、あと30枚程持っていた。
「あ、こんなに。フォリルさん、すごいですね……」
見せてもらった30枚程の手紙にひとつひとつ目を通してみる。
「ええっと、何々、『私がタンゾウのもじゃもじゃのひげが好きなのは……♡』こりゃ関係ないな」
「(先生、何を探しているんですか?)」
「(いや、ちょっと、考えがあってね。たぶんあるんじゃないかと……)」
「ううんと、『タンゾウは、剣を打っている時、すごく真剣な目つきをしているんです。その目つきが可愛くって♡』……関係ない。『タンゾウは、たまに仕事しながらウトウトして、お髭に火が付いちゃうことがあるんです。そんなおっちょこちょいなところも、かわいい♡』……これも関係ないな」
手紙に目を通してみたが、半分くらいはフォリルさんののろけ話だった……
「♡」がやたら目につく。
「あ、これかな」
おれが探していた事情に関連する部分が、ようやく見つかった。
「弁護士の先生 様
タンゾウの妻のフォリルです。あの商人の値切りの一件以来、タンゾウは、ことあるごとに『お前に炎を渡す』と言っています。でも、コークスは頑として受け取ろうとしません。『まだ早い』なんて言っています。
その度に、タンゾウとコークスは大喧嘩です。
『お前ならもうできるのに、何でだ!』
『おれにはまだ早いんだ』
こればっかりです。あんまり喧嘩ばっかりするので、私も頭にきたことがあって、その時は、大風雪魔法を使って、ふたりをコチンコチンの雪だるまにしてやりましたけどね!雪だるまになったタンゾウも、可愛かった♡
ある時、私がコークスに尋ねてみたんです。
『どうして、そんなにタンゾウの炎を受け取りたくないの?』
って。
そうしたら、コークスはこう言っていました。
『おれだって、受け取りたくないわけじゃない。でも、おれもまだまだお金が足りない
し、不安なこともあるんだよ』
うちでは、コークスが作った武器が売れたら、コークスのお金にしていました。そして、コークスは、自分で打った武器が売れた時、少しずつ貯金をしていたみたいです。私たち夫婦が、ずっと生活の面倒を見てきたから、もし鍛冶屋を引き継ぐことになったとしたら、その時は、経済的な面では迷惑をかけたくない。本当に自分だけで経済的にも自立できそうだと思えるまで、そして、自分で自信を持って仕事ができると思えるまで、待ってほしい。そう考えていたみたいです。」
ええっと、大風雪魔法で雪だるまって……
フォリルさん、怒ると怖いんだな……
それはさておき。うん。これがほぼ、答えじゃないかな。
コークスさんの気持ちは、痛いほどよくわかる。わかってしまう。経済的な理由、その他色々な理由で不安は尽きず、二の足を踏んでしまう。うーん。何だかつい最近どこかで聞いたような話だ。身に覚えがありすぎるくらいある話だぞ。
「タンゾウさん、この手紙はご覧になったことは?」
「(首を横に振る)」
「この手紙を見ると、どうやらコークスさんが多少値引きしてでも剣を売ったのは、経済的理由もあったみたいですよ。端的にいうと、お金がほしかった」
「おかね??」
「はい」
タンゾウさんにも、手紙の内容を確認してもらう。
「あいつ、金、ない?」
「金がないというより、経済的な面でまだ不安があるっていうところなんでしょうね。ずっと二人に養ってもらっていたから、事業を引き継ぐなら、お金もしっかり自信が持てる状態になってからがいいと思っているのかもしれません」
「金、あったら、おれの『炎』受け継ぐ?」
「もしかしたら、そうかもしれませんね」
「なら、金、やる」
「え、あ、いや、それはまたちょっと違うと思いますよ」
「???」
「そうですね。それは『器』の問題って言ったらいいでしょうか」
「???」
「はい。以前、ある年配の不動産業をしていた社長さんの話を聞いたことがあるのですが、その方も、事業承継を考えていました。そして、その社長さんは『器が育つのを見ている』なんておっしゃっていましたね」
「?」
「はい。その社長さん、事業承継する相手はもう決めていたみたいなんです。まあ、自分の実の息子さんですね。税金対策とか、そういうことも考えながら株式とか資金とか、少しずつ譲渡していく計画を立てていましたが、それよりも、その社長さんは『器の見極めが大事』って言っていました。『器が見合わないのに、物をいっぱいのっけてしまったら、器からはみ出してしまう。最悪、器はのっけたものの重さに耐えられなくって、壊れる』って」
「……」
「だから、もしお金の援助をしてしまったら、せっかく自分で成長して、器を広げようとしているコークスさんの邪魔をしてしまうと思うんです。そういう手助けは、たぶん、本人のためにならない」
「……」
「それに、コークスさんは、経済的な面でも二人にこれ以上迷惑をかけたくないと思っているようですから、きっと受け取ろうとしないんじゃないでしょうか」
「どうすれば?」
「うーん。そうですね。早く事業を、『炎』を渡したいっていうお気持ちはわかるんですが」
「……」
「ここは、『待つ』というのが正解かもしれません」
「???」




