第47話 独立開業!薗木異世界総合法律事務所!!
「ふぅ。何とか、形になりましたね」
「うん。ありがとう。お疲れ様」
慣れない引越し作業でかいた汗を拭う。本当に小さくて、必要最低限の物とスペースしかない。でも、事務所開設の準備はそれなりに大変だった。
八王子に借りた事務所スペースに、廣田総合法律事務所から持ち運んだ馴染みの荷物。それに、新しく購入した真新しい机と椅子が並んでいる。おれと事務員の城石さんの執務スペース兼受付と、相談室が1部屋。廣田先生に「キミならもう独立してひとりで立派にやっていけるよぉ」なんて言われてからちょっと時間はかかったけれど、これでおれも晴れて「一国一城の主」というわけだ。
廣田総合法律事務所で最初に執務した日のことが思い出される。あの時は、本当に何もわからなくって、一日中おどおどしていた。でも、今は違う。新しい机や事務用品の匂いが、まだ部屋に残っている。大きく息を吸い込むと、何だか気持ちまで新しくなったような気がする。ここからおれたちの新しい一歩が始まる。
「そういえば先生、看板も今日取付ですね」
「うん。そうだね。たぶん、今、取付作業してくれているよ」
「もう後戻りできませんよ。本当に『あの事務所名』でいくんですね」
「うん。もう、弁護士会への届け出もしちゃったよ」
「ひゃー!私、知りませんよ」
遡ること数週間前、新たに独立して事務所を構えるにあたって、「事務所名をどうするか」について、城石さんと協議をしたんだ。
あの時のやり取りが思い起こされる。
「先生、独立して新しく事務所を構えるにあたって、事務所名を決めないといけないですよね」
「うん。そうだね。まだ特に考えてなかったけど」
「やっぱり、『薗木法律事務所』とか『薗木真人法律事務所』ですか」
「うん。そうだね。オーソドックスにいくなら、それだね」
「先生」
「うん」
「普通過ぎて面白くないです……」
「え!?いや、事務所名なんて、面白くするものでもないでしょ?」
「いや、若手の弁護士さんは、事務所名に『夢』とか『想い』とかのっけてますよ。あと、音の響きとか、格好いい事務所もたくさんあります」
「え、そう?おれ、逆にあんまりそういうの好きじゃないんだけどなぁ」
「先生、今時逆に名前だけなんて、目立たないですよ。やっぱりこういうのは目立った方がお客さんも来てくれるかもしれないですし!」
「ええぇ……そうかなぁ」
「たとえば……『スペルビア法律事務所』とか、どうですか?」
「いや、何その変な名前。何か意味あるの?」
「何か、カッコいい響きで考えました!」
「それ、かっこいいの?」
「それじゃあ……『リーガル・ブレイバー総合法律事務所』!」
「なにその合体ロボットみたいな名前……」
「カッコよくないですか?」
「却下……」
「ええ!じゃあ、ガーデンツリー法律事務所なんてどうです?」
「それ、『薗』と『木』を英語にした?」
「はい」
「いや、何で英語にするのよ」
「漢字よりカッコいいじゃないですか!」
「ええ!いや、どこが……」
「あと、自分の得意分野とか、取扱分野を事務所名に入れるっていうところもありますよね」
「ああ、それは昔からよくあるよね。『〇〇知財法律事務所』とか『〇〇労働法律事務所』とかね」
「はい。あと、地域名を入れるのも多いですよね。『総合』とかって入れているところも多いですから『八王子総合法律事務所』とか?」
「そうだね。『何でも屋』みたいな雰囲気で『総合』って入れているところも多いよね」
「『総合』って入るとちょっとかっこいいですよね。最初は手広くどんな案件でも来るもの拒まずで受けたいですから、『総合』って何か響きがいいから入れておきたくないですか」
「ああ、それはそうかもね」
「ちなみに、先生はどういった得意分野があるんですか?」
「そうだねぇ。実務経験が多かったのは、消費者問題とかかなぁ」
「でも、『〇〇消費者総合法律事務所』って、あんまり聞かないし、何か微妙なとこですね」
「そうだね。あまり事務所名に『消費者』って入れているところは見ない気がするね」
「あとは、『異世界相談』かな(笑)」
「ああ!それはもう、先生にしかない得意分野ですよ!きっと」
「そうかもね……」
「でも、さすがにそれは事務所名に入れられないですよね」
「うーん、そうだねぇ……」
「え、いや、おかしいですよね?さすがに……」
「うーん、いや、案外、それ、ありかな?」
「え、本気ですか、先生」
「いや、何か、意外とありな気もしてくるな……」
「え……ええぇぇ!!!」
そんなことを思い出していると……
コンッコンッ。
「あれ、ノックの音?」
「おかしいですね。今日は事務所開設準備中だから、特に来客予定はないはずだけれど……」
「そもそも、まだ正式にはオープンすらしていない事務所だからね。来客自体あるはずが……」
「あ、まさか!」
城石さんと顔を見合わせる。こういういきなり来客パターンは……
異世界からのご相談者かもしれない!このタイミングで!?
「はーい。今開けますね」
玄関の扉を開けると……
「やあ。準備、はかどってるかなぁ」
「あ、廣田先生!」
異世界法律相談希望者ではなく、廣田先生だった。
「うん。ちょっと見に来てみたよ。あれ、何か、ふたりともちょっとガッカリしてる?疲れてる?」
「あ、いえ、ちょっと拍子抜けしたというか……」
「なんだよぉ。失礼しちゃうなぁ」
「あ、いえ、すみません」
「開業のお祝い、持ってきたよ」
「あ、ありがとうございます」
立派な胡蝶蘭だった。
真新しい受付のテーブルの上に、白い彩りが加わる。
「それと、これ、キミに渡そうと思って。一応、薗木くんは、ぼくの最後のゼミ生でもあるからね」
「あ、これは」
廣田先生が本を手渡してくれた。
「真法の知恵」と書かれている。
「これは、ぼくが弁護士になってからずっと書き溜めていたものなんだ。実は最近ようやく本になってね」
「え!これ、先生が書いた本ですか!?」
「うん。ぼくなりに弁護士をしながら考えていたんだけど、以前、法律も何か物事を解決するための方法、考え方の一つでしかないっていう話をしたの、覚えているかな」
「はい。先生のゼミでも学びましたし、実務に就いてからも、折に触れて、先生の相談対応とかを見ながら、学ばせて頂きました」
「うんうん。優秀優秀。そういった、『法律以外』の物事を解決する方法論みたいのを、なんとなぁく書いていった本なんだ。物事を解決する『真の方法』を書いた本。名付けて『真法の知恵』ってね。『魔法』とちょっと掛けてみたんだ」
「おお!」
「本のタイトルに薗木くんの名前から一文字もらっているからね。魔法みたいに何でも解決できるようになるといいんだけど。役立ててくれると嬉しいなぁ」
「はい!」
これは、異世界法律相談にぴったりの本じゃないか。異世界法律相談は、法律の考え方を用いるときはあるけれど、法律そのものは使えないことも多かった。法律的な考え方以外で、解決や考え方のヒントを導かなければならないことは、今後、増えるかもしれない。そしてそれは、何も異世界からの相談者に限ったことではない。
さしずめ、ロールプレイングゲームで言えば、正に新しい魔法を手に入れたといったところだろうか。
「これから頑張ってね」
廣田先生がおれの手を握る。
ちょっとふくよかで、温かみのある手。そういえば、廣田先生と握手するなんて、最初に廣田総合法律事務所でお世話になると決めて以来だ。
「はい。頑張ります!」
「城石さんも、元気に薗木くんを支えてあげてね」
「はい。ありがとうございます!」
「それじゃあ、まだ準備も忙しそうだから、ぼくはそろそろ帰るね」
「え、あ、もうですか?ちょっとゆっくりされても」
「いや、いいよぉ。本とお祝いの花、渡したかっただけだから」
「そ、そうですか」
先生を見送るため、城石さんと廣田先生と一緒に事務所の外に出る。
「あ、事務所の看板、もう出来てますね」
「あ、ホントだ」
「しかし、薗木くん……何か面白い事務所名にしたね」
「ええ、はい」
「何かふかぁーい意味でも、あるのかな?」
「そ、そうですね。それはおいおいお話させていただきます」
「はっはっは。それは楽しみだねぇ」
「先生、もう後戻りできませんよ」
ここに至るまで、随分時間がかかったような気もする。いや、「そうする」と決めてからの時間は、案外早くて、あっと言う間だった。
3人で見上げると、そこには
「薗木異世界総合法律事務所」
と書かれた立派な真新しい看板が取り付けられていた。看板の先にビルの隙間から見える青空は、いつも通り青かった。でも、ちょっといつもと違う色をしているように感じられるのだった。




