第40話 事務員見習い城石ひかりさん
異世界相談、そうか。プニョンさんの相談の後どうなったか、城石さんは知らないか。何でそこに興味があるのかな。もしかして、またああいう相談を一緒に受けてみたいっていうことなのかな。
「そうだね。実はまたあの後ひとりいらっしゃったよ」
「え、ホントですか?どんな相談でした?」
「うん、まあ、交通事故みたいな話かな……ドラゴンの……」
「ええ!ドラゴンの!!」
「うん。今回はまあ、普通の交通事故の相談に近いと言えば近かったかな。でも、何で異世界相談にそんなに興味が?」
まあ、そもそも珍しい経験だから、興味が湧くのも当然か。よく考えれば、ドラゴンの交通事故相談を受けたよ、なんて言って信じてくれるのは、城石さんくらいしかいないかもしれないな。
「あ、いえ。その。私、こないだのオーランさんの相談を一緒に入らせて頂いて、人生で初めて、誰かの役に立てた気がしたんです」
「そうだね。オーランさんとレイナさんの手紙に、城石さんのことが書いてあったもんね。すごく感謝されてた。あ、そういえば、秘伝魔法『星雲透視魔法』が使えるんだったね。城石さん」
「先生、またそこいじってきますぅ??」
「いやいや、はっはっは。すごい、大魔法使いみたいだからね」
「ええ、まあ、それはそれとして。真面目なお話をします。あの経験、自分の中ではすごくうれしかったんです。異世界相談っていうだけで面白いっていうのもあったんですけど、もし、ああいう相談だったら、私でも役に立てるのかなって。もし司法試験を諦めて、何かしら就職活動をするにしても、何だかよくわからない企業に向けて無理矢理あるのかないのかわからない志望動機を考えて入社するより、何かしら自分の興味があって、やってみたいと思える仕事を選びたいって思ったんです」
「それはそうだね」
「はい。それで、もし、先生がああいう相談を引き続き受けていらっしゃるなら、先生の事務員として雇っていただくことは、お願いできないのかなって、思っちゃったんです。図々しいとは思ったのですが……」
「え、それって、もしかして、『進路相談』って……」
「はい。進路相談って言うより、『就職希望』ですかね。ごめんなさい、図々しかったですよね」
「いや、実は、すごくタイムリーというか……おれもつい最近、廣田先生に独立宣言したばかりだったんだ」
「え!?」
「こないだのインターンお疲れ様会の時にも、廣田先生から『もうひとりでやれると思うよ』みたいなこと言われていたと思うけど、そろそろ頃合いかなって思って。それに、ちょうどオーランさんからもらった金がホンモノみたいでさ。独立資金の目途も立ったから」
「そうだったんですか!」
「そう。だから、ちょうど事務員も探さないといけないなぁって思って、廣田先生にも相談していたとこだったんだよ」
そう。城石さんが事務員として来てくれるなら、申し分ない。インターン中の会話から、法的な知識等も申し分ないと感じていた。試験に合格できなかったのは残念だけれども、試験の合否には、運不運もある。ロースクールを卒業しているわけだし、しっかりと経験を積めば、事務員というよりもパラリーガル(一般事務を超える専門的な法律事務を担当する職種)として活躍できるかもしれない。それに、城石さんの言うように、今後も「異世界相談」を受けるのであれば、そんな話を一緒にすんなりと共有してくれる人は、今のところ城石さんくらいしか思い当たらない。松井さんが手伝ってくれるなら、事務員としてはものすごい心強い戦力だが、異世界相談を共有できるかというと少々疑問がないではない。
しかし、城石さんが事務員として来てくれるとなると、逆に大きな問題が浮上する。
「城石さんがもし新しく独立したおれの事務所の事務員をしてくれるなら、とてもありがたいと思うんだけど……」
「え、何か問題が……?」
「うん。フルタイムで働くってなると、おれ、最初そんなにお給料出せないよ……」
格好悪いことに、今のところの試算だと、人件費にそれだけお金を回す余裕がない。独立した途端赤字経営では、さすがに先行き心配になってしまう。でも、格好つけたところでそこの数字はどうにもならない。雇用条件は、幻想ではなく、現実に考える必要があるし、法律的にも予め合意しなければならない。
「先生、そんなお給料なんて、正直いくらでもいいです!足りなければ別のアルバイトして、ダブルワークしますよ!」
「え、そうなの?でも、しっかりとした働き口を見つけるために司法試験諦めるんじゃ……」
「もちろん、いいお給料もらえるなら、その方がいいですよ。でも、自分がやりたいって思えることなら、多少給料なんて安くたっていいって思えるんです。それに、異世界小説とか色々読んで蓄えた私の知識も、もしかしてどこかで役立てられるかもしれないですし!」
「そうだね。そこまで言ってくれるなら……いや、おれだってちゃんと働いてもらえるなら最低賃金以上はちゃんとするよ。ええっと、ちょっと1回廣田先生にも相談してみようか」
「はい!お願いします!」
思いがけず、事務員の雇用問題にも光明が見えてきた。
早速、廣田総合法律事務所に戻って、廣田先生にここまでの顛末をお伝えする。
「城石さん、試験の結果は残念だったね」
「はい」
「でも、薗木くんと一緒に新しい事務所をする。これはすごくいいことなんじゃないかな。ロースクールの経験は、何も弁護士になることが全てじゃないと思うよ。ロースクール設立の趣旨は、多様な人材が法律関係の仕事に就けるようすそ野を広げることにあったんだからね。ロースクール出身で、司法試験には合格していないけど、パラリーガルとか、企業の法務部とかで活躍しているって話、ぼくもきいたことあるよ」
「はい。廣田先生にそう言って頂けると、背中を押されるような気分です」
「うんうん。いいじゃないか。それに、薗木くんもしっかり城石さんに給料出せるようにならないといけないからね。それくらい背負うものがあった方が、張り合いがあっていいでしょう」
「先生、そこプレッシャーかけないでくださいよぉ」
「はっはっは。プレッシャーは感じてこそだよ。そうだね。もしその方向性で進むなら、薗木くんの独立までの3カ月の間、城石さんは、うちの事務所の事務員をしたらいいんじゃないかな」
「え!?」
「その間、松井さんから色々事務員としての仕事の仕方なんかを教わってごらんよ」
「はい。私から城石さんに色々お伝えさせてもらうわ。よろしくね」
「はい!よろしくお願いします」
「もちろん、薗木くんが独立するまで、城石さんのお給料は、ぼくが出すよ。一応ぼくが引退するまでは、ぼくが雇用していることになるからね」
「え、そこまで……」
「うん。ぼくも引退するまでの最後の3カ月だし、後輩の育成のため、最後にできることをさせてもらうよ。あ、でも、3か月後は、当然薗木くんが頑張ってね」
「はい!何から何まで、ありがとうございます!」
「それに、独立した後も、当然だけど、何か困りごとがあったら言ってね。お金を貸したりはしないけど、ぼくの知恵とか経験が何か役に立ちそうだったら、手を貸すよ」
「はい!ありがとうございます!」
独立宣言をしてから、色々とトントン拍子に事が運んでいるように感じる。「決めると現実が動き出す」というのは、こういうことだろうか。




