第39話 悩める司法試験受験生
後日、廣田総合法律事務所の近くのカフェで城石さんと待ち合わせをした。
「こんにちは。お久しぶりです」
「ああ、久しぶり。今日はおれが奢るから、好きなの注文していいよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
注文を済ませ、早速本題に入る。
「今日はお時間取って頂き、ありがとうございます。薗木先生」
「いえいえ。試験、残念だったね」
「はい……去年は民事系がダメだったんですが、今年は刑事系がだめでした……ショックでまたお肌がボロボロです……」
城石さん、何かとお肌にダメージを受けちゃうんだな。あんまりそうは見えないけど、やっぱり化粧で上手く隠しているのか?
「そ、そうだね。どこかがよくってもどこかがダメだと、ね」
司法試験は、短答試験と論文試験とに分かれている。論文試験は、公法系2問4時間、民事系3問6時間、刑事系2問4時間、選択科目1問3時間だ。全ての科目で満遍なく「そこそこ」の点数を取るのが合格の近道だと言われている。
「メールに『進路相談』って書いてあったけど」
「はい。私、来年の試験どうしようかなと思って……このまま司法試験に人生賭けるのもどうなのかなぁって」
「え、辞めちゃうの?」
「いや、そこを悩んでいまして」
「悩む理由としては?」
「はい。司法試験受験するには、それなりに勉強しないといけないじゃないですか」
「うん。そうだね」
司法試験を合格しようと思えば、もちろんそれなりに勉強時間を確保しなければならない。しかし、その間何もせず勉強だけに集中できる環境にあるかどうかは、その人だったり、その人の家庭環境による。
「もし東京で暮らしながら司法試験を目指すとなると、かなり『稼ぐ方』を頑張らないといけないと思うんですよ。親からも、もうそろそろ仕送りするのは厳しいよって言われてて……親からの仕送りなしで自分の生計を立てようと思ったら、正社員目指すくらいじゃないと厳しいのかなって。でも、正社員か、それに近い形でしっかりフルタイムで働きながら、司法試験受験に向けた十分な勉強なんて、できるのかなって」
「確かに、普通はなかなかできないよね。廣田先生は、サラリーマンしながら受験勉強して合格したらしいけどね」
「え、そうなんですか?」
「うん。そうらしいよ。しかもおれたちと違って、旧司法試験の合格率数%の時代だからね。考えられないよ。ホント」
「すごすぎますね……」
「うん。でも、そういう人は稀なの、すごくよくわかる」
「ですよね。普通そんなことできないですよね。私、実家は福岡なんですけど、もし司法試験受験に集中しようと思ったら、実家に帰ることになると思うんです。そこで、簡単なアルバイトをしながら受験勉強に専念するというか、それが一番合格への近道だと思うんですよね」
「ああ、きっとそれは間違いないだろうね」
「でも、そうやって実家の方に引きこもって勉強して、それでも全然ダメだったら、どうなるんだろうって……一応ロースクール卒業してから5年間は試験に挑戦できることになっています。でも、5年挑戦してダメだったら、私、もう30歳になっちゃうんですよ。30歳になって司法浪人明けだなんてなったら、どこにも就職口もない気がして……」
「ああ、確かに、最悪を想定すると、そこは考えちゃうよね」
「はい。それに、司法試験合格していても、就職難じゃないですか。何回も受験に失敗している私なんて、入れてくれる事務所もないんじゃないかなって思うんです」
「うーん、司法試験合格後の就職先探しはおれも後発組だったからね……確かに、入れてくれる事務所を探すのは大変だと思う。おれも廣田先生に拾ってもらえなかったらどうなっていたかわからないもん」
そう。司法試験という難関試験を突破した後も就職活動での競争は激しい。大手のエリート事務所なんかは、そもそも東大や京大といったロースクールを出ていなければ履歴書の時点ではじかれるという話だ。その他、一般公募している事務所の募集もかなりの倍率で、最後は、おれみたいに何かしらご縁がある先生等にお願いして「ノキ弁」として置いてもらうか、いわゆる「即独(弁護士資格取得後即独立すること)」といって、いきなりひとりで独立開業して事務所を構えるパターンになる。でも、いきなりひとりで仕事をしていると、それこそ右も左もわからず、どうしていいかもわからない。やはり、どこかで修行して、勉強させてもらって、この仕事がどういうものでどうすればいいのかをわかってから自分で事務所を構える方がいい。それに、即独の弁護士にお客がつくか、という問題もある。
「そういうことを考えると、もう司法試験は諦めて、まだ20代半ばの内に就職した方がいいんじゃないかなって思うんですよ。今ならまだこっちで就職も何とかなるかなって」
「そこは確かに、人生の選択肢としてありだとは思う。でも、そもそも城石さんは、なんで司法試験を目指そうと思ったの?」
「え、私ですか?」
「うん。そこに譲れない何かがあるなら、やっぱり合格目指した方がいいような気がするけど」
「ああ、そうですね……うーん」
「うん」
「そう。そこもあるんですよ。私、そもそも何で司法試験目指したんだっけなって」
「そんなに思い入れはなかったの?」
「思い入れがないわけじゃないんですけど、私、大学選ぶとき、本当は文学部に進学しようと考えていたんですよ。あ、『異世界モノ』が好きっていう話もしたことあると思うんですけど、私、自分で言うのも何だけど、小説とか文学とか、読むのが好きで」
「ああ、そうだったね」
「でも、親からは文系で進むなら法学部を受験しろって言われて。私もあんまり深く考えてなくって、言われたとおり受験したら合格しちゃってたんですよね。それで、法学部に行くことになって」
「じゃあ、全然司法試験なんて考えてなかったんだ」
「そうなんです。でも、法学部に入ると、本気で司法試験目指している人がいて、そんな中のひとりの男の子と付き合うことになって、私も何となく一緒に司法試験目指すことになったんです」
「その彼はどうなったの?」
「2年前に合格して、もうどこかで弁護士していると思いますよ。もう別れたので、よく知りませんが」
「あ、別れたんだ」
「はい。そう考えると、私が司法試験目指す理由って、そんなに深い理由じゃなかったんですよね」
「今聞いた感じだと、そうだね」
「だから、私自身、司法試験に固執する理由もあんまりなくって。今のところ自分では就職先を探す方に気もちが60%くらい傾いている感じです。そこで、ちょっと薗木先生にお尋ねしたかったのが……」
「うん。どうしたの」
「あの後、『異世界相談』、来てます?」
「うん、うぅん???」




