第38話 独・立・宣・言!!
「廣田先生、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様。松井さんから聞いたけど、何かぼくに大事な話があるんだって」
「はい」
「お、なんだろうなんだろう。楽しみだね」
「はい。御察しのことかもしれませんが……」
「うん」
「3か月後を目途に、独立させて頂こうと考えております!」
「おおお!」
パチパチパチパチ。
廣田先生が満面の笑顔で拍手して喜んでくれている。
「いよいよ決断したね。うんうん。そうだよ。もうきみならできるからさ」
「はい。随分お待たせしてしまいましたが、ようやく決断しました」
「それじゃあ、ぼくの引退も、3か月後ってことだね」
「え?」
「いや、ぼくもね、決めていたんだよ。薗木くんが独立したら、ぼくは弁護士を引退しようってね」
「そ、そうなんですか?」
「うん。そうだよ。あと、ぼくの顧問先、薗木くんがうちに来る前にほとんど他の人に引き継いじゃっていたけど、あと3社だけ残っているんだ。不動産業の会社と、建設業の会社、あと広告業の会社だね。ぼくとの付き合いがだいぶ長い会社なんだけど、この3社の顧問先を薗木くんに引き継ぐように、伝えるね」
「え?ほ、本当ですか?」
正直、素直にありがたい話だ。弁護士にとって、顧問先があれば定期収入が得られる。事務所経営の安定にも繋がるのだが、経験の浅い若手弁護士がそう簡単に顧問先なんて見つけられるものではない。今、おれが契約している顧問先は、1社だけだ。知的財産法関係の勉強会に参加した際に、なぜかおれのことを気に入ってくれたシステム開発の会社の社長が顧問契約をしてくれたんだ。顧問先はずっとその1社だけだったところ、一気に3社も増えるのは、ありがたい!
「君が独立するって決めてくれたら、実行しようと思って下準備というか、話しはしていたんだ。何事も決断してくれないとできないサポートもあるからね」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
そうか、廣田先生、おれが独立するって決めた後のことまで考えて、ずっと待って、色々考えて準備してくれていたんだ。何だかちょっと目頭が熱くなってくる。
「もう社長さんは70代くらいだけど、社長さんたちも世代交代を考えているから、顧問弁護士も若返るならその方がいいね、って言ってたよ。でも、本人が独立するって決めるまで、もうちょっと待って下さいって、待たせていたんだ。あんまり遅いと他に逃げられちゃうとこだったよ。はっはっは」
「はい。すみません、お待たせしてしまって」
「いやいや、いいよ。こういうのは、決めたときがちょうど頃合いってことなんだよ。独立開業する場所はどこにするのか、決めたの?」
「はい。このあたりじゃちょっと家賃が高いので、八王子に戻って事務所を構えようと思っています。実は物件ももういくつか探して、目星はつけています」
「ああ、そうか。薗木くんは、八王子出身だったね」
「はい。一応地元なので、友達経由とかでも案件があるかなと思いまして」
「事務員はもう決めたの?」
「いや、そこはまだ見つかっていなくって。最初は事務員、置かなくてもいいかなと思っています」
「へえ。そうなんだ。でも大変じゃない?」
「うーん。確かにそうかもしれませんが、経費のことを考えると……」
「まあ、そうだね」
「ちょっと手伝うくらいなら、私がやってもいいですよ」
「あ、松井さん。ありがとうございます。そういえば、廣田先生が引退するなら、松井さんは?」
「松井くんにも、ずっとそのことは伝えているよ。松井くんは、まあ、それなりにもう稼いでいるし、ご主人の稼ぎもあるからね」
「そうですね。私はもう子育ても終わっているし、廣田先生が引退されるなら、私もこの仕事は引退して夫とちょっとのんびりしようかなって考えていましたよ。でも、薗木先生が、どうしてもっていうなら、週に2日くらいならお手伝いに出てもいいですよ」
「あ、本当ですか。ちょっとそれは本当に考えようかな」
法律事務所の事務員も、一朝一夕で育つものではない。ベテランの事務員さんともなれば、そこら辺の若手弁護士よりも法律実務に精通している人もいる。松井さんもとても優秀な事務員さんだ。もし松井さんが週に2日でも手伝ってくれるなら、それはとても貴重な戦力だ。週に2日くらいの人件費であれば、何とか負担もできるだろう。
「でも、私がもし手伝うとしても、『繋ぎ』として考えて下さいね。若い人は、若い人と一緒に事務所を創り上げていった方がいいですよ」
「うん。ぼくもそれはそうだと思うな」
「はい。最終的には、誰か信頼できそうな人を探します」
「よし。じゃあ、3か月後という目安の時期も決まったことだし、新しい船出に向けて、準備して行こう」
「はい!」
思い切って告げた独立宣言だったが、廣田先生と松井さんは、もうずいぶん前からこの日のための準備と腹積もりをしていたみたいだ。この決断ができた大きな要因のひとつは、オーランさんからの贈り物の「金」なわけだけれど、これはあくまで独立開業に向けた最初の一時的な資金だ。事務所運営にあたっては、その後継続してお金と仕事を回せるかが大事となる。ふたりの後押しで、何となくやれそうな機運が高まってきた。
独立宣言をして、気もちがすっきりするとともに、やらねばならぬという気合も入って来た。自分の執務室に戻り、メールを開いてみると、思わぬ内容のメールが飛び込んできた。
「あ、城石さんから……」
先日廣田総合法律事務所にインターン生としてやってきていた城石さんからのメールだった。内容は次のとおり。
「お世話になっております。
先日は、インターンの際、お世話になりました。
司法試験の結果が出ました。
残念ながら、今年も落ちてしまいました。順位があと200番くらい足りませんでした。」
ええ!!??
なんということだ……
城石さん、今年もダメだったのか……
何と言って返信して、励ませばいいものか……
そんなことに一瞬頭を悩ませたが、メールの続きがある。
「つきましては、今後の『進路相談』をさせていただきたいと考えています。
お時間を作って頂くことは可能でしょうか」
「進路相談」……?
どういうことだろうか。




