第21話 星雲透視魔法(ネビュラエックスレイビジョン)??
「弁護士 薗木真人 先生
見習い シロイシヒカリ 様
先日は、夫のオーランが、お世話になりました。お陰様で、私たち夫婦の離婚の危機は回避されました。思えば、私もまだまだ未熟だったのだと思います。王であるお父様と喧嘩までして、私を救ってくれたオーランの助けとなろうと誓って故郷を離れたにも関わらず、日々、小さなことで頭を悩ませる。オーランは、私を救ってくれたあの日から、変わらず私と、そして子どもたちのために、そして、困っている人々のため、命を懸けて冒険者として闘ってくれている。そのことは、わかっていたはずなのに。ほんの少しの寂しさを分かち合いたいなんて思ってしまうのは、私のわがままと、弱さですね。他のエルフの女性たちのように、私も強くならねばと思って日々を過ごしていたのです。でも、今思い返すと、「あなたのいびきがうるさい」と言って、オーランに離婚を告げたあの日は、強くなろうとする気持ちに限界が来てしまっていた日だったのかもしれません。「王から迎えが来る」なんて、あるはずもない嘘をついて困らせようとしてしまったのも、オーランに、少しでも私の方に振り向いてほしかったという想いから、ふいに飛び出してしまったものです。本当に幼稚だったと反省しています。
あの喧嘩があって以来、オーランも、「自分が変わる」ということを約束してくれました。私も変わらないといけません。また、夫婦ふたりで、どんな困難も乗り越えられるよう、助け合っていきたいと思います。時には背中を預け合って、時には互いに向き合って。
それと、オーランが先生の所に相談に訪れた時、見習いのシロイシヒカリ様から、『私が寂しがっているのではないか』と言われたとうかがいました。私の心の中をまるで覗き込んでいるかのように、的確に私の心情を察して頂きました。とても感謝しております。実際私と会ったわけでもないのに……まさか、天から万物を見通すかのように全てのことがわかるという伝説の秘伝魔法『星雲透視魔法』をお修めなのでしょうか。お若い方で、しかも見習いとうかがっておりますが、世界は広いですね。私も、シロイシ様に負けないよう、ひとりの冒険者の妻として、オーランの妻として、強くなっていきたいと思います。本当に、感謝申し上げます。
レイナ」
「城石さん、なんかすごい人ってことになってるね。『星雲透視魔法』だって(笑)」
「え、いや、そ、そんなぁ。照れますねぇ」
「よかったね。魔法使いの仲間入りじゃん」
「先生、茶化さないでくださいよ!」
「ははは、でもよかったじゃん。こんなに相談者の『相手側』から感謝されたり、手紙もらうことなんて、滅多にないよ」
「そうですよね。素直に、嬉しいです」
「それに、おれも結構あれは感心したんだよ」
「え、何がですか?」
「いや、どうしてそんなに的確にレイナさんの気持ちがわかったのかなって。おれは何となく廣田先生と一緒に同席して相談受けていたときの経験とか、自分で受けた相談者の話とかから経験上推測したんだけど、城石さん、まだそんな経験ないのに。法律相談中にいきなり自分の意見を言えることだけでも大したものだしね。それが『星雲透視魔法』だったかどうかはさておき、結構現場でびっくりしたよ」
「だから茶化さないでくださいよ!」
「ああ、ごめんごめん」
「あれは、何というか、私の経験からちょっとそうかなって思ったんです」
「自分の経験?魔法じゃなくって?」
「先生、あんまりくどいとツマラナイですよ……」
「え、ああ、続きをどうぞ……」
「私、実は福岡のちょっと田舎の直方っていうところから出てきているんです」
「あ、そうだったの?全然気づかなかった。てっきり東京の、この辺の出身だと思っていた」
「そうですよね。でも、私、大学からこっちに出てきていて、最初はすごく寂しくって、結構よく泣いていたんです」
「ああ、そうなんだ」
「だって、友達はいないし、初めてお父さんとお母さんとも離れて暮らすことになって。一緒に暮らしていたときは、全然何とも思っていなかったのに、お父さんとお母さんと、それに弟と、地元の友達と離れると、こんなに寂しいんだって」
「東京になじめなかったの?」
「はい。最初は全然。自分で決めて東京の大学に行くって決めて、自分で独り暮らしを始めたのに……1年生のころは、いつも親に電話してました」
「そうなんだ」
「言葉も標準語にしないといけないと思ってて。変に方言が出ちゃうとバカにされるかと思って」
「そうなの?別におれは大学の友達が方言使ってても気にならなかったけどなぁ」
「はい。今でこそ、そんなところ隠さなくていいってわかるんですけど、当時は思わず『私もそがん思っとっとぉ』とかってつい出ちゃうと、思わず言い直してましたね」
「へえ。福岡の方言って、そんななんだ」
「はい。『なんしよーと』とか、『と』はよく使いますね。『そげんこつわざわざせんだっちゃよかろうもん』とか『もん』も使ってたかな」
「なにそれ、今の?」
「ああ、『そげんこつわざわざせんだっちゃよかろうもん』ですか?『そんなことわざわざしなくてもいいでしょう』ですね」
「面白いね」
「男性は『なになにばい』とかも使うかな」
「へぇ。新鮮」
「そう。方言も意外と東京の人は面白がってくれるし、これも個性だって思えるようになるまで少し時間がかかりましたよ」
「なるほどね。それで、ちょっとレイナさんの心情が想像できたわけだ」
「はい。そうなんです。私なんて、福岡から東京で、同じ国で、しかも同じ人種のいる町から都会に引っ越したっていうだけです。でも、レイナさんの場合、一国の人間の国の王女から、他種族のエルフの村へ、ですもんね。城のお姫様から、ひとりの冒険者の妻として、全然生活環境も違う場所へ来ちゃったら、そりゃあ、私の寂しさの比じゃないだろうし、人間の世界である国際結婚よりもはるかに大変だろうなって、何となく想像できたんです。昔話とかファンタジーの世界で『身分を超えて結ばれる』っていう話、私も色々な小説とか物語とか映画とかで読んだり観たりして、疑似体験していましたけど、いざ本当にそうなったらと考えると、その後は大変ですよね」
「なるほど、それが『星雲透視魔法』の正体というわけだ」
「先生……」
「え、ああ、ごめんごめん。うん。確かに。離婚相談を色々受けていると、ただでさえ、同じ日本人で、同じ環境で出逢って結ばれた夫婦だって、わかり合うのは大変だと思うよ。小さなことで、すれ違って、それがだんだん広がって、離婚相談になるからね」
ドンガラガッシャーン!!
パリーンッ
「え!?」
「な、なになになに!?何ですか?」
城石さんとふたり、オーランさん夫婦からの手紙を読んで、「誰かの役に立てたようだ」という実感に浸っていると、突然大きな物音がした。
「せ、先生?」
「え、ああ。何だろうね。あの物音は。ちょっと行ってみようか」
音は、おそらく事務所の中のどこからか鳴り響いていた。
「え!大丈夫ですか?泥棒とかが侵入してきたんじゃ……ここに金もありますから、もしかして狙われているんじゃ」
「いや、そんな今届いたばかりでしょ、これ。何でこれがここにあるってわかるのさ」
「え、えっと、魔法とかで」
「あ、そこは魔法なのね」
「いや、だって、先生の周りって何が起きるかわからないじゃないですか」
「うん、まあ、確かに、最近はね……」
妙な相談が入るようになったのは、本当にここ数週間のことだ。でも、さっきの音は明らかに物理的に何かが起きた音だし、そんな不思議な現象とはあまり結びつかない。音の感じからして、おおかた、事務所に置いてあるお皿が何かの拍子に落ちて割れたくらいのことだと思うのだが……
「この建物、それなりにセキュリティしっかりしているからね。それに、法律事務所に盗みに入るって事件は、あんまり聞いたことないよ」
「そうですかぁ?」
廣田総合法律事務所は、銀座の雑居ビルの中に入居している。そんなに広いわけではないけれど、廣田先生の執務室、おれの執務室、事務員の松井さんの執務スペース兼受付、相談部屋が2つ、それに冷蔵庫等の置いてある炊事部屋がある。トイレは、事務所内ではなく、同じフロアの共有スペースにある。入口は事務所の入り口玄関しかない。窓はあるけれど、ここは10階だ。侵入するにしたって、窓からはだいぶ難しい、というか無理だと思う。
「音は炊事部屋の方からしたよね。ちょっと行ってくるね」
「こ、怖いのでひとりにしないでください!」
「え、じゃあ、一緒においでよ」
「はい……」
炊事部屋に入ると、案の定、おそらく1~2枚程度のお皿が床に落ちて割れて散乱していた。
「ああ、やっぱり、お皿が落っこちた音か」
「掃除しないといけませんね」
「そうだね。でも、何で落ちたんだろうね」
不思議に思いながらも、炊事部屋に保管されている掃除機と塵取りとほうきを準備する。
「おれがほうきでお皿集めるから、城石さんは、掃除機をお願いできるかな」
「はい。いいですよ」
城石さんも、侵入者がいるわけではなさそうだということがわかり、落ち着いている。
ほうきで床に散らばった割れたお皿をかき集めていると……
ガシャン!
「ひぃ!!」
「ん!?」
また音がする。すぐ近くだ。
ゴッ!
「な、なに!?」
あたりを見回すと……
「バ、バケツ……?」
ひっくり返ったバケツがなぜか動いている!
「え、ええ!!??」
城石さんは、びっくりして固まっている。
「……ょ。ぷにゅ?」
「ん……?」
バケツから何か聞こえる……
「あの。こ、ここは……ホーリツジムショで、ベンゴシっていう人がいるところ………ぷにゅ??」
「バ、バ、バケツがしゃべったぁぁああああ!!!???」




